カノンさんの策略家ー!!
乾杯直後巻き起こった大爆笑の渦のなか、叫ぶの声を背に、カノンはひらひら手を振って、呆れきった横顔がかろうじて見えるバノッサの傍らに並んでふたり、その場から姿を消してしまった。
きっと、ふたりで静かに、ここの喧騒を遠く聞きながら酒を交わしたりするんだろう。たぶんカノンは甘酒だが。
「カノンもしたたかになったなあ……」
よほど、今のやりとりがおかしかったのだろう。
まだ目じりに涙を残したまま、これまた珍しくクスクス笑いながら、キールがそうつぶやいていた。ナツミも隣で笑ってる。
「本当だな」云うのはソル。「前はもっと、影みたいに控えてる感じがしたものだが」
な、“”?
「ううう、まだ云いますか」
「当然。一生根に持って恩に着るつもりだ」
「やめろ要らねェ負の感情寄越せどうせなら」
楽しげな空気の大量発生はやはりクるものがあるのだろうか。うんざりした顔で、先のふたりと同じようにどこぞへ――別方向だが――去ろうというのか。あらぬ方向へと宙を進んでいたバルレルが、ぽつりとそんなことを云って行く。
今となっちゃそれはちょっと難しいぜ、と、“まーちゃん”の背中に声をかけて脱力させた後、ソルは改めて、をしげしげと眺め見る。
「――しかし……女って、本当に変わるな」
「どういう意味ですか、ソル」
「え? ああ違う、ちょっと弄るだけで別人みたいだなってことだ」
いったいどういう意味にとったのやら。ちょっとむくれて突っつくアヤに応じるソルの表情は、うん、たしかに楽しそうだ。ちょっとやそっとじゃ負の感情なんて、たしかに出しようがないってくらいに。
ちょっと離れた所では、こちらの会話が聞こえてたらしいハヤトやトウヤの「だよな」って独り言めいた同意を聞きとがめた、セルボルトさんちの女性ふたりから、やっぱりどこか楽しそうに詰め寄られていたりして。
それこそ、ちょっと時間をおいただけで、人って変われば変わるものだなあって感じである。にしてみれば。
そんなことを考えたのが伝わったのか、ちらりとこちらを見たソルが、「な?」と口の端を持ち上げた。
思えばそれは、憧れに近く、羨望に近く。
「ほら主賓手ずからのお酌です。飲め」
「……おまえ、ほんっと――に図太くなったな」
真顔でだばだば甘酒を注ぐを見るリューグの目は、呆れの強く出た半眼だ。
せっかく、あのミスミという鬼姫によって綺麗に仕立ててもらっているというのに、云ってることもやってることも、普段そのまま。
闘技場で奮戦してたり、レルム村の復興に携わってたり、と、そんな事情もあるものだから、そう頻繁に逢うわけでもなかったが。――遠い、とも云いきれぬあの頃。記憶戻って開き直って、驀進してた姿は今も、まだ鮮やかだ。
「リューグもロッカも着飾れば良かったのよ。そしたら平等だったのにー」
「そうよね」
青い幅広の絹で結わえた髪をさらり、揺らしてアメルが同意を示す。
「男の子のも、ハオリハカマってあったらしいのよ。ふたりとも、着ればよかったのに」
「……そういう柄じゃないよ」
綺麗な恰好は女性の特権だし。
ね? と同意を求めるロッカの視線に、ミニスがちょっと頬を赤らめて頷いた。女性として扱ってもらったのが嬉しかったのか、はたまた別の感情込みか。
そんなミニスの恰好はというと、うん、たしかに綺麗。彼女の金髪が流れる肩口は、濃い目の紫色。が、下へ行くにつれてあけぼのめいた淡さ。ちりばめられた白は、きっと雲や風。サプレスの召喚術を操るマーン家の色――ミニス自身はメイトルパのそれを得意とするのだけれど、夜の装いにはちょっと明るすぎるということで、こちらの着物になったのだ。
色合いも手伝ってか、の目から見ても、今日のミニスは普段の数割大人っぽい。
「あ、レイムさん。写真お願い出来ますか?」
のほほん、と。視線をめぐらせたアメルが、のんびりとレイムに声をかけた。
「……」
「……」
かつて死闘を演じた相手に、かなりあれこれ変わったとはいえ、なんつーか、なんつーフレンドリーなお願いを。
ビミョーな表情で顔を見合わせる一行、当然そこに含まれているミニスを、アメルがいたずらっぽく笑って振り返った。
「ファミィさんに、ミニスちゃんの綺麗な姿、見せてあげましょう?」
「えー」
と、このブーイングはミニスではない。
「私のキャメラは彼女とさんの予約オンリーなんですけど――……」
「もう何十枚も撮ったでしょ?」
ぶちぶち云いながらやってくるレイムの傍らで、彼女がくすくす笑っていた。
「いいじゃないですか。私もほしいわ、この楽しさの思い出」
「……」やれやれ、とレイムは微笑んだ。「貴女がそう云うのなら」
ロッカとリューグは、ふと顔を見合わせる。
あの頃、かつて、の裡で眠っていた女性。遠い遠い、嘆きの主。
どんなふうに泣いていたのかなんて、とレイムしか知らないけれど。こうして今。見せている笑顔のほうが、ずっといい。
それはアメルにしても、にしても。――きっとミニスも何かしら、付き合ってくれたあの時へ至るまでに越えたものはあったはず。
そうしてそれは、自分たちも。
――ああ本当に。
なんて多くを越えて、こうしてここにいるのだろう。
なんて多くを先に見て、これから歩いていくのだろう。
そんなふうに馳せる思いの先にはいつも、
「あ。せっかくだしリューグもロッカもどう? アグラおじいさんに見せる分も一緒に撮ってったら?」
「げ」
「え、遠慮します」
さっきのロッカのセリフじゃないが、それこそそんな柄じゃない。
「そもそも俺たちは普段着だぞ。変わらねえだろ」
「何云ってんの。男は女の引き立て役」
「……つまり雑草になれと?」
「そう。綺麗どころふたりだけより、ロッカとリューグが入ったほうがより引き立つって寸法」
「……そんな大層なもんかよ」
「大層なもんだよー」
にこにこ笑って手招くと、やわらかに微笑んでいるアメル、少し緊張したように双子をじいっと見ているミニス。
大切な誰かの笑顔。ただそれが、足を踏み出す力をくれるのだと。
越えた昨日に、学んで来た。
「へいへい」
「そういうことなら」
軽いため息を、小さくひとつ。
ぶーたれてたくせにさっさとノって、同じく手招きしているレイムにも、気づけば、向けている表情は苦笑い。
――まあいいか。
思ったのは、兄か弟か両方か。
まあいいか。
今夜はお祭、無礼講。
一夜限りのゆめとまぼろし、二度と果たし得ぬ邂逅の高揚に包まれてしまったままでいるのも悪くはない。
てゆーかアメル、マグナのとこには行かなくていいのか。
記念撮影後そう訊いたら、アメルはちょっとだけ照れくさそうに笑った。
「……兄妹水入らずのほうが楽しいかなって」
「いつも水入らずだよ、マグナたちは」
間に数ヶ月、実際時間は三時間。挟んで少し記憶が曖昧な懸念もあるが、ここ数年の聖王都におけるの記憶では、クレスメント兄妹は、ほんと――に仲良しさんだったのだ。
それを今さら水入らずだのお膳立てされても、しょうがないのではなかろうか。
アメルだってその間全然逢わなかったわけでもないはずだが、レルム村のこととかあるし、頻繁でなかったのはたしかである。
呆れの混じったのセリフに、アメルは「うん」と首肯する。が、それでもなかなか、足を踏み出そうとはしない。
「何今さら照れてんのよー」
「だって」
こういうふうに装い改めて、こんな楽しげにさざめくなかで。駆け寄っていけば、それは、なんだか。
「……公認だと思うんだけど」
「な、何のこと!?」
「いいから行った行った」
「……っ!」
真っ赤になったアメルの背中をぐいぐい押す。
そんなふうに騒いでいれば、誰でなくともこちらに一度は気をとられる。それは、目的地であるマグナたちとて例に漏れず。
「あ、アメル!」
気づいたマグナが、ぱあっ、と破顔してやってきた。
偉い。よくアメルを先に呼んだ。
「アメル、俺とも一緒に写真撮ろ?」
「さっきの見てたの?」
「うん!」
元気わんこが尻尾を全力回転中。そんな笑顔だ。
「今、トリスとネスが撮ってもらってるから。俺とアメル、その次っ」
ほら、と後方を示すマグナの腕を追って視線を動かすと、なんかビミョーにカタくなってる風情のネスティと、なんか珍しくしゃっちょこばってるトリスのふたりが、カメラ構えたレイムから、
「もう少しリラックス出来ませんか?」
つまらなさそうにダメ出しをされていたりして。
すーはーすーはー。
顔を見合わせ深呼吸する被写体ふたりを目の前に、レイムが小さくため息をついた。
「カメラ小僧ですか私は」
「昔からそのものじゃないですか」微笑む彼女はもう一言。「たまには人様のお役に立つカメラ小僧になってほしいわ」
「――少しいいかしら?」
なんて会話してるふたりの横手から、アルディラがそっと声をかけた。
「なんですか?」
「そのカメラ……持ち帰る前に、私に預けてもらえないかしら。うちの記録にもとっておきたいの」
「ああ、それくらいはお安い御用ですよ」
ありがとう。
亜麻色の髪を揺らし、アルディラが微笑む。
つられたようにまた笑みを浮かべた彼女の傍らで、レイムがぶしゅーと鼻血を吹いた。――ちょっと待てい精神体。
思わず退くアルディラへ、彼女がすまなさそうに補足する。
「だ、だいじょうぶですよ! ただの条件反射だから、実体はありませんから!」
……たしかに、地面が赤く染まったりはしてないが。嫌な条件反射だ。
そうこうしてるうちにやっと落ち着いたトリスとネスティ、無事撮影終了。
最後にはハサハやレオルド、レシィまで巻き込んで大騒ぎ。当然のようにマグナとアメルも引きずられ、ふたりで撮影する前に大勢で予行演習という形になったアメルの緊張も、おかげでわりとほぐれたようだ。
「」
緊張解けて周りを見渡す余裕の出来たらしいトリスが、アメルを促して二人での撮影に向かうマグナと入れ替わり、こちらへやってきた。当然、ネスティもついてくる。
「もー、聞いてよ」
腕をぐいっと引っ張って身を寄せ、体勢だけは内緒話だが、声が潜められる気配はない。
「ネスってば、がっちがちに緊張してるのよ。おかげであたしまで固くなっちゃって」
「奴が変なことを云うからだっ」
となれば当然、揶揄されてるネスティにも聞こえるわけだ。
間髪入れず反論、というか、ツッコミがふたりの頭上から降ってきた。
「変なこと?」
「――――」
自分でネタ振っといてだんまりか。
灯りはあれど陽光の下ほど強くはない。そんななかでもかろうじて判る程度に、ネスティの頬は赤くなっていた。
「あのね」、
反して、トリスはなんだか嬉しそう。
「トリス……っ」
気配を察したネスティがあっさりと黙秘権を投げ捨てるが、ちょっと遅い。
「お似合いですよ、だって」
「……」
今度はが沈黙する番だった。
くすくす、楽しそうに笑うトリスと、顔の下半分を手のひらで覆ってそっぽ向くネスティ。ふたりを見つめて絶句することしばし、
「それであそこまで照れたわけ……?」
やっとこ搾り出したことばに重ねて、横手から別の声がひとつ。
「アズリアもそんな感じだよ」
「レックスッ!!」
で。間を置かず、もうひとつ。
さらに続くは、平手がクリティカル気味に炸裂する快音。
何があったのか予想どころか予言出来そうな気はしたが、とりあえず、は声のした方へ視線を転じる。
「……何やってんですかアズリアさん」
「レックスさんの命が危険じゃないですか、それ?」
思わず半眼になったのことばに重ねて、トリスが引きつった笑いを浮かべている。
さもありなん。照れなのか怒りなのか判らないが、アズリアは、レックスの首を締め上げているのだ。
至極常識範囲であるとトリスのツッコミに、だが、彼女はちょっぴり語気を荒くして、
「こいつがこんなことでくたばる性質かッ!」
と、一喝。
「こんな、て、れべるじゃ、な」
「煩い少しは女心というものを学べ! いったい何年経つと思っているのだ!!」
「……」
「……数えない方がいいと思うよ」
ふと指折り始めたネスティの手を、トリスがそっと押さえて留めた。
「もう、レックスったらしょうがないですねー」
「しょうがないで済むのかよ、あれは」
手に美味しそうな料理を持ったアティとカイルが、状況に更なる追い打ちをかける。
ほのぼの微笑むアティの隣、少し顔色の悪いカイル――この場合、どちらが正常な反応を示していると云えただろうか。
さざめく声。
楽しげな空気。
姿見せぬサプレスの子たちが、うきうきと夜気の間を舞っているのさえ見てとれそう。
「ドウジャ?」
「いっつぱーへくつ」
やはり一度はやっておかねばなー、とばかり。反転した“”の問いに、は親指たてて満点を出した。
菫色の髪と、配色の入れ替わった着物。たぶんよりはもう少しだけ悪戯っぽいだろう笑みを浮かべてる“”の正体は云うまでもなく、マネマネ師匠。
「……飽きねえなあ」
「フ。飽キルワケガ――なかろ?」
ヤッファに応じるその途中で、写し身を解いた師匠の口調が流暢なものに立ち戻った。
夜よりも濃い漆黒の髪が、ふわり、そう強くもない風を受けて持ち上がり、流れる。
「ですから、威張れることではありませんと」
「いいじゃない。楽しいんだから」
こめかみ押さえたフレイズの肩を軽く叩いて、ファリエルが笑う。
その傍らにはアルディラと、そしてクノン。
――思い出す。
たった一度、見せてもらった。今ではもう、遠い遠い――気の遠くなるほど昔の話。無色の派閥がひしめいていたこの島で、ささやかにひそやかに紡がれていた、しあわせな光景の記録を。映像を。
ハイネル・コープス。
彼がこの場にいたのであれば、きっと、再現になり得たろう。
「正体を知っているせいでしょうか」
苦笑して、キュウマがごちた。
「やはりご本人のほうが安心して見ていられますね」
「そりゃあどーいう意味じゃい」
「そのままの意味じゃろうて」
「色が同じでも、きっとそうでしょうね」
賑やかな場所は好かん。そう云ってお祭欠席宣言をしてたはずのゲンジは、結局スバルやらヤードやらにせっつかれお願いされ、渋々と云った態で遅れて参加。
それでも、着飾ったを見て、「似合うぞ」と微笑んでくれた。
酒もイケる口なのだそうだが、今日は飲む気分でないのか、ヤードに付き合ってか、手にしているのは湯気立つ緑茶の入った湯のみ。
「ご老体」
これぞ本領。ひらり、灯りに照らされ翻るも鮮やかな、鬼姫の着物。
「桜餅だそうじゃ。口にあえば良いのじゃが」
「ミスミ様、そういうことは自分が」
「良い。ほれ、スバルたちやおぬしの分もあるのじゃぞ?」
「わーい! ありがとう母上!」
やはり子供は甘味が好きなのか。差し出される桜餅を、スバルが嬉しそうに受け取った。ちなみに三つ入り――誰の分かなど云うまでもない。
食べてくる! と元気よく云いおいて、スバルはパナシェとマルルゥがさっき飲み物を取りに行った方向へと小走りで行ってしまう。
「待っておればよかろうに」
「いつになっても子供じゃのう」
呆れたゲンジとミスミをとりなすように、キュウマがやわらかく割って入った。
「子供とは、そういうものですよ」
「ま、ああしてられるうちが幸せってな」
ミスミは、桜餅を人数分以上に確保してきたらしい。
漆塗りの盆に山と積まれたそれを、素手で掴んでぱくつきつつ、ヤッファが目と口を細めて頷いた。
「――毎日昼寝してても文句云われねえしよ」
「いやヤッファさん、それ違う」
喧騒から少し離れた小さな墓を前に佇んで、しばらく無言でそれを見つめる。
「楽しんでる?」
それとも煩がってるだろうか。
あの刺青男は、むっちゃくちゃヒネた奴だったから。
「まあいいや。はい、お供え」
「ビジュは菜食主義だったぞ」
「……だからあんなに細かったんですか?」
肉塊となった同胞。
垣間見た彼の記憶。
茶化して云いつつ振り返ると、苦笑を浮かべたギャレオが佇んでいた。
「かもしれんな」
咎めるでもなく応じ、彼は手にした酒を墓の上から無造作に注ぐ。
「きっとそうですよ」
さらに返して、は差し出す途中で止めていた手を動かし、焼き鳥やら何やらと乗っけた皿を墓の前に置いた。
ギャレオと肩を並べて墓と向き合い、それぞれ、小さく頭を下げる。
礼や謝罪とは少し違う。
ただ。
「ひさしぶり」
「滅多にこれずすまんな」
これは挨拶。それだけのこと。
――さて、祭りもそろそろ酣を過ぎようという頃合い。
「さて」
徐々に遠ざかる熱が完全に消えるその前に、
イスラどこ行ったんだろ
バルレルどこまで逃げたんだ
イオスんとこ行ってみる