賑やかなのは苦手だって云ってたっけ、そういえば。
境内を照らす灯りから少し外れた所、社の横手で欄干に身を預けて空を見上げているイスラは、まるで夢のなかにでもいるような風情だった。
ぼんやりとして、視線は空へ向けられてこそいるものの、果たして見ているものは何なのやら。
「イスラ?」
起きてるかーい。
「あ」
横から腕を伸ばし、目の前で手をぱたぱた振ってやると、やっとこイスラは焦点を合わせてまたたき数度、あわててこちらを振り返る。
「ご、ごめんっ。何?」
「いや、別に何ってのでもないんだけど」
とりあえず、手にしてた甘酒を渡す。
ありがと、と、多分もう冷え切ってるんだろう杯を置いて、イスラは新しいそれを両手で包み込んだ。
息を吹きかけて冷ます姿は、なんとも無心でかわいらしいというか。
「は、お酒よく飲むの?」
「飲まないよ。来年になったら解禁だけど」
とうに解禁済みであるアヤやハヤトたちが熱燗を酌み交わしてるのを横目に見ながら通り過ぎたことを思い出し、問いに答える。
「……」
そっか。声にせぬまま、イスラの口が動く。
そうだよ。応える前に、彼はつづけた。
「来年かあ……」
妙に感慨深げな声音に、「ん?」とは首を傾げる。
「来年、何かあるの? 島を挙げての総トマトぶつけあい大会?」
「……えっと」、たらりと冷や汗が見えた。「それ、意地悪?」
「少し」
「ひどい」
むー、とむくれる表情はいかにも幼く、本当はとうに酒を飲める年齢であることさえ信じられなくなりそうだ。
そうして、さてどうフォローしようか、と、思った矢先。
「来年は、たぶん、僕もうこの島にいないから」
「――」予想外。「は?」
声が裏返らなかったのは奇跡だ。
目が零れ落ちそうな勢いで丸くなっているを、楽しそうに見下ろすイスラ。
「ずっと、ここで、まどろんでばかりもいられないから」
「せっかく平和なのに」
何でわざわざ、四苦八苦する島の外に出て行かなければならんのだ。そも、アズリアがそれを受諾してくれるのか。
そんな疑問をひっくるめたのセリフに、イスラはにこりと目を細めた。
微笑むというのとは違う――笑みこそ淡いが、その奥に感じられる意志は、ひとえに。
「僕が生きていきたい場所は、君がいる世界だから」
「……物騒なのは知ってるでしょーに。物好きな」
とたん、がくりと肩を落とすイスラ。
「どしたの?」
「……なんでもない」
くすんと小さくため息をついて、どこが“なんでもない”なのか判らないが、当人がそう云うのならそうなのだろう。
そこに、「でもさ」とたたみかける。
「本当に大丈夫? 云っちゃ難だけど楽じゃないよ? ここにいれば衣食住保証されてるし変なのも来ないのに」
どうしてわざわざ、苦労する――かつては無色の派閥にさえ蹂躙された――外の世界へ出ようとするのか。
イスラは、そう云うをじっと見ていたかと思うと、とたん、くすくす笑い出す。
「こそ。この島を知ってるのに、どうしてここで暮らそうって思わないの?」
「そりゃあ――」
そんなの判りきってる。云いかけた口を一旦閉ざし「ああ」とは頷いた。
「そういうことね」
「そういうことさ」
自身を省みてみれば、それは至極簡単なことだった。
この島は楽園。桃源郷。
遠い誰かが描いた理想。時を経ても変わらない姿。
――ここを理想だと思う、その時点で、すでに、この心は。己が生きていくべき現つの地を知っている。
島の人々にとって、四界それぞれがかつての理想、島が生きていく現つであるなら。
にとって。
イスラにとって。
訪れた一行にとって。
ここは愛すべき理想郷、そうしていつかは後にするゆめ。
イスラはただそれを、確と自身に定めただけのこと。