【そしてお祭の一夜】

- 進む、道を定め -



 そうか、と、そのひとは頷いた。
 それとなく匂わせることはあったけれど、面と向かって伝えたのは初めてであるというのに、特に驚いた様子も見せず。あっさりと、ルヴァイドは首を縦に振っていた。
「……」
 おかげで逆に拍子抜け。
 社の正面、シルターンにもあるんだとちょっと驚いた賽銭箱の備えられた階段にふたり並んでかけていた腰を、あわや浮かしかけてまた落とす。
 周囲は静か。
 ついさっきまでは盛り上がっていたように思うが、スバルやパナシェといった子供たちに夜更かしはさせられぬ、と。キュウマとヤッファがそれぞれ送っていったのをきっかけのように、熱は徐々に引いていた。
 誰もが、思い思いの相手と杯を交わし、思い思いの場所で会話をしている。
 調査隊や島の面々ごとに固まっているわけではなく、たとえばアメルたちとファリエルたちがそうしているように、――なんというか、立場問わずの交流会めいた様相になっていた。
 そんななか、養い親とツーショットであるには交流面からブーイングが出そうな気もしたが、あにはからんや、そんな気配はまったくない。
 気を遣ってもらってるんだろうなあ、と、これはさすがにでも悟っている。
 で、せっかくなので便乗しているという次第。

 何しろ、明日にはもう、たち調査隊一行はこの島を出る。

 本来の目的であった原罪の風に関連した調査及び対処は、とっくのとうに終わっているのだ。もし場所がこの島でさえなかったら、もっと前に船上の人となり、今ごろは聖王都で互いを労いあっていただろう。
 ――で。
 船上が終われば、また、それぞれはそれぞれの場所へ分かれて進む。
 なんとなく延ばし延ばしにしていてそのことをルヴァイドに告げるには、――何しろ船って広いようで狭いから――このときが一番都合よかったのである。
「えっと」
 気を取り直して、はルヴァイドを見上げた。
「驚かないんですか?」
「おまえがそのまま自由騎士団へ参入すると云う方が、むしろ、驚くな」
「……」
 自由騎士団。
 国境も身分も越えた騎士たちの一団。
 ここにいるルヴァイドやイオス、今は遠い聖王都でふたりの残してきた仕事に忙殺されてるだろうシャムロック。――フォルテも何か暗躍してるらしい。
 そんな彼らがつくる騎士団に、ルヴァイドの養い子であるが参加することは、とりたてて不自然というわけではない。
 ――事実。
 あの日、ミモザと電気ウナギから始まった時間飛び越えの瞬間までは、そうする心積もりが強かったのだ。

 けれども。
 それは。
「……」
 見上げる。
 いつも前にいてくれた、大切な養い親を。
 思う。
 あたしはいつから、このひとの横を歩くようになったんだろう。
 だから。
 それは。

 それだからこそ――自由騎士団へ入ることを、やめたのだ。

 子であり。
 親である。

 血のつながりがなくても、戸籍上一切関係がなくても、とルヴァイドの間にある絆はそういうものだ。
 別に、騎士団内部での人事不和を憂えたわけではない。
 ルヴァイドはその点文句のつけようもないほど公正だから、親と子だからどうの、なんて勘ぐりは発生した端から消えていくだろうと確信している。
 問題はない。
 それに出来るなら、力にもなりたい。
 自由騎士団がルヴァイドたちの描く姿となるまで、まだまだ問題は山積みだ。
 一助になれる自信はある。
 小隊中隊程度なら率いてみようと思う、挑戦心だって持っている。
 この剣の腕だって、力はともかく立ち回り含めた総合的なものでなら、けして、ひけを取らないと思う。それどころか、騎士達とともに切磋琢磨していけばもっと早くもっと高い場所を目指すことだって出来るだろう。

 それでも、はルヴァイドに告げた。

 ふと、ルヴァイドが目を細める。
「戻ったらすぐに行くのか?」
「あ、いえ」
 それはさすがに無理がある、顔の前で手を振って否定。
「一ヶ月くらい、のんびり準備します。路銀もある程度は持っておきたいですし、バイトとかも」
「……例のアルバイトか」
 そうつぶやくルヴァイドの視線が、つと動いた。
 どこを見ているのか追わなくても判ってしまい、はちょっと苦笑い。いつだったか、パッフェルとともにギブソン宅へケーキ配達に行った際、ばったり遭遇したルヴァイドの絶句っぷりは今も記憶に新しい。
 普段は女らしさの欠片もない長衣類を好む養い子が、いきなりぱっつんふりふりミニスカメイド姿で目の前に現れたら、そりゃ無理もない話。
「お給料いいんですよね、あのお店」
「おまえがいいのなら構わんが」
 不埒者がいても、おまえなら自分で捌くだろう。と、ルヴァイド。
 捌くどころか返り討ちにした挙句逆恨みされたところをまた叩きのめすとか、そういうことにはなりそうだ。
「まあ、一ヶ月ですし」
「そうだな」
「曲がりなりにも女ですし、操はちゃんと守ります」
「…………」
「あ。途中で式挙げるときには、ちゃんとルヴァイド様に報告しますから来てくださいね」
「……相手は?」
 こういう話になるとちょっぴり剣呑なものを滲ませるのは、やはり、親としての思いからだろうか。
 愛されてるなー、なんて、幸せに思ってみたりもする。
「いません」
「そうか」
 この、露骨に安心した声とか。
 小さく小さく、でも確かに零れたため息とか。
 娘を嫁にやる親の気持ちを、ルヴァイドが不快に思っていなければ――いや、確かめなくたって、そんなことありえないと知っている。

「――おとうさん」

 ・・・・・・・・・・・・

「なんだ?」

 挨拶はきっと、もう一度、出発の際にするだろうけど。
 たぶんそのときは、とうに聖王都を出たが自由騎士団の拠点に出向いてするものだろうから。
 それはちょっと、違う気がするから。

 今。

「いってきます」
「ああ」

 告げて応えて笑み合うふたりを、誰もが言葉なく見ていたことを――とうのふたりが知るのは、数秒ほど後のことだった。


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