【そしてお祭の一夜】

- 到着を待って -



 馬子にも衣装!
 巫女風の盛装に身を包んだ相棒を見たフォルテ、数秒硬直したかと思ったらそんなことをのたまって、早速のように鉄拳粉砕をくらっていた。
 ある意味それが開始の合図みたいなものだったと云ったら、きっとは爆笑するに違いない。まああのふたりの漫才はいつものことだし、と、調査隊の面々は、どつき漫才という文化に触れる機会のなかったらしい人々に心配するなと、一応それだけ告げておいた。
 蛇足だが、料理担当してくれてるオウキーニが「ああいうのもありでっせ。でも力加減は要注意や!」「はい。要注意ですね」とかなんとか、クノンと話してた。

 まだ乾杯とまでは至らないため、境内に用意された茶屋風の――赤い布をかぶせた簡易なものだが――台に腰かけたり、適当な何かに寄りかかったり。
 最後の顔ぶれがそろうまではと誰が云ったわけでもないが、漂っているのは人を待つ際の、どこかそわそわした雰囲気。

 そんな境内を眺めていたジャキーニが、義弟のそれより遥かに立派な髭をしごいて、ひとりごちる。
「やはり、ここは少し手狭じゃなかったかのう?」
 少し風が強いかもしれないが、砂浜の方が広さは確保出来たはずだ。
 特に誰の返答を求めていたわけでもない独り言は、だが、ちょうどふよふよ漂ってきたマネマネ師匠が耳ざとく聞いていた。
 ここんとこ変身して遊びすぎて疲れ、自業自得ですと金髪さんに後頭部はたかれていた黒髪さんは、日が沈んでからようやっと狭間の領域から動けるようになり、神社へ向かう女性陣と途中で合流してやってきたのである。ちなみに、この件でも怠慢ですとつっこまれていたりするのだが、それはおいといて。
「んー、でもな、ここ、の希望じゃから」
「あの娘っこが?」
「うん」
 数十年のブランクがあっても、慣れは慣れなのか。そう驚きもせず見上げてくるジャキーニへ、ちょっぴりつまらんなーと思いはしつつおくびにも出さず、マネマネ師匠は頷いてみせた。
「ほら――ビジュっていたろ?」
「……」それだけで、ジャキーニも得心する。「ああ」
 なるほどな、と、声には出さずつぶやいて、彼は視線をめぐらせた。
 宴会場となった一帯からは少し離れた位置にも関らず、ほんのりと小さな灯りに照らされた、真新しい花とお供えの置かれている墓が、その先にあった。
 名を彫られているわけでもなく、研磨された石ですらない、だがきれいに清掃されている、それは無名の墓標。
「お人好しな娘っこじゃのう……っつーか煩がっとるかもしれんじゃろうに」
「あっはっは、そしたら嫌がらせってことで無問題。――あ、これのセリフな」
 とたんジト目になったジャキーニは、黒髪さんを一瞥し、それから、まだその娘っこがやってこない石段の方へと視線を向ける。
 前言撤回じゃ、と、苦笑い。
「相変わらず豪胆な奴じゃい」
 二十年前の記憶においても、ほんの数年前の記憶においても。姿こそ違えど、大の男たちにひけをとるでもなく立ち回っていた記憶と一緒くたに評して、彼はそうつぶやいた。


 一瞬、あの頃に立ち戻ったような気がした。
 レルム村が炎上する前、アメルが聖女として担ぎ上げられていた頃。
「どう? 似合う?」
 ただ違うのは、どこか張り詰めた表情でいた当時と違い、今のアメルは、その装いを心から楽しんでいるということか。
 くるり、やわらかに広がる上着の裾を翻して回転してみせる彼女に、双子は「ああ」「ええ」と、言葉少なに応じた。
 反応が遅れたわけではなかったが、過去へ馳せた思いのせいか、気がそぞろだった部分もあったかもしれない。
 む、と。ほんのわずかだけれど不満そうに眉根を寄せるアメルが何か云う前に、双子は横目でアイコンタクト。手にした飲み物と料理をそれぞれ差し出してみた行動は、果たしてご機嫌取りなるか。

 ご機嫌もご機嫌、くるりくるりとじゃれあうはこちらの双子、マグナとトリス。
「兄さん! ネス! 似合うっ?」
 と駆けてきた挙句、寸前でダイビングさえかました妹を、マグナは危なげもなくキャッチした。
 動き易さを優先したのだろうか。ケイナのものに似たシルエットの衣装は、一見幅広のスカートのように見えてその実、股の部分は分かれているらしい。だからこそ、濃紺の布に足をとられつつも、走るなどという芸当が出来たわけなのだし。
「うん、似合う! さすが俺の自慢の妹!」
「えへへっ。――ねえねえ、ネスは? どう?」
 きゅう、と一度マグナの首に抱きついたトリスは、顔だけひねってネスティを見やる。
 その間に、さすがに走れずに少し遅れてやってきたハサハを、他の護衛獣たちが出迎えていた。「ハサハさんもお似合いですよー!」「ケ」「ヤハリイツモト違ウ感ジガシマスネ」――等等。
 楽しげな声を傍らに、ネスティもまた珍しく、やわらかな気持ちをそのまま表情に出して妹弟子の問いに応じた。

 悪い悪い、悪かったって――
 鉄拳制裁をくらって赤くなった顎もそのままに復帰したフォルテが手を合わせてくるのを無視することしばらく。
「……いい加減許してあげたら?」
「そうだよ。せっかくのめでたい席なんだしさ?」
「大人げありませんわねえ」
 ――ミニスとモーリンからのそれはともかく、最後、ケルマからの一言が効いた。……というわけでもないし、なんだか、金髪大・中・小と並んだ彼女たちの稀に見る連携攻撃に圧されたわけでもないのだが、ケイナはようようのことで、逸らしつづけていた視線をほんの少しだけフォルテに向けた。
 別に、似合わないと云われたわけではない。
 馬子にも衣装は、まあ、ちょっと程度が悪いが、これもフォルテなりの賛辞だったのだろう。肝心なところで照れ性な相棒のことを判らないような、そんな短い付き合いではない。
 だがしかし。しかしだ。
 ケイナも女性である。積極的に行いはしないが、着飾ることは嫌いではない。それに今回の衣装は、今後そうまとう機会もないだろうシルターンの逸品なのだ。
 手放しで褒められると期待していたわけではないが、けれど。
 ――少しくらい、まともに見てくれたっていいじゃない。
 なんて不満を覚えてしまうケイナを、果たして誰が責められようか。
 こっそりとその場を離れたケルマやミニス、モーリンに気づかぬまま、無言でフォルテを睨みつける。
「……あー。まあその、なんだ」
 とうとう折れた相棒が、頬を赤らめ指でかき、そっぽを向きつつではあるけれど、真摯な口調でたった一言、つぶやいた。

 あのふたりが並ぶ光景は、軍学校で見慣れたはずだったけれど。
 環境が違うそれだけで、こうも新鮮に映るのか。
 やってくるアティとアズリアを見、レックスは懐かしさと感嘆を覚えて小さく息をついた。
「あら、そういう色合いだったらソノラの金髪でもバッチリじゃない」
 ミスミ様を見慣れたせいで、正直ちょっぴり不安だったんだけど。なんて余計なコトを付け加えたスカーレルが、ソノラの頬をふくらませている。
「スカーレルは着なかったんだ?」
「まあ、興味はあったらしいんだがな」
 小声で傍らのカイルにつぶやけば、どこか歯切れの悪い返答。
「初対面の奴らも多いし、肌は人前に晒したくないんだと。だから遠慮したんだそうだ」
 前者はともかく後者の理由へ苦笑しているうちに、アティとアズリアがやってきた。
「あ――」
「姉さん! 先生!」
 男同士話していたレックスとカイルを押しのけて、イスラが間に割り込んでくる。
「とても綺麗だよ、よく似合ってるっ! ね、ギャレオ?」
「は――あ、うむ。レックスなどに預けるには惜しいですな」
「ギャレオ……っ!」
 てっきりお邪魔虫かと思ったら、続けてこれだ。真っ赤になって叫ぶアズリア、ことばなく照れているアティを見たイスラはクスクス笑い、そこで横へと身体をずらした。
 ちらり、悪戯っぽい光をたたえた双眸が、レックスとカイルを交互に見上げる。
「心配しなくても、僕からはこれだけだよ」
 じゃ、がんばって。
 何をだ。
 思わずツッコミかけたらしいカイルが口をぱくぱくさせてる間に、イスラはギャレオの背を押して、とっとと退散してしまった。 
 ――しまった。
 取り残されたレックスとカイルは、アティとアズリアを前に途方に暮れる。
 云おうとしていた一言をイスラにとられて、タイミングを逃してしまった。“これだけ”とか云ってたが、あれは絶対、確信してやってたに違いない。
「……あ」
「う、その」
 ことばを探すレックスとカイルを、アティとアズリアがどこか不安そうに見上げている――そんな光景の傍らでは、
「あーあ、相変わらずだよな」
 教え子達が、呆れた様子で彼らを見守っていたり。
「カイルさんも意外と純情なんですよね」
 本人が聞いたらきっと拳骨のひとつやふたつ、飛んでくるだろう。
「少しはナップたちを見習えばよろしいのに」
「……きょうだいとのじゃ、やっぱり違うんじゃないかな」
 アリーゼの云うとおり、きっとレックスはアティになら素直に似合うと云えただろうし、カイルだってソノラと向かいあっていたらばっちりだと笑えただろう。
 だがしかし、レックスのことばを待っているのはアズリアであり、カイルのことばを待っているのはアティなのだ。
 ここで相手を無視して身内への賛辞に逃げたりすれば、きっと阿鼻叫喚が待っている。
 生徒たちのみならず、誰彼からとなく視線を浴びていることにも気づかず冷や汗をかきつづける先生とお頭が度胸を発揮するのはもう少し後。

 ことばがあれば嬉しいけれど、その表情だけで充分だ、と、アヤは思う。
 ハヤトやキール、トウヤといっしょに楽しそうに話していたソルの顔が、こちらを認めた瞬間目をまん丸にして呼吸さえ忘れたように静止して――あまつさえ近づいていったらそれと判るほど真っ赤になってしまったのだ。
 そのうろたえ方がかわいくて嬉しくて、アヤはソルと向かい合ったまま、くすくすと笑みをこぼしていた。
 似たり寄ったりなのがナツミとキールだ。
 やっぱり真っ赤になってるキールを、こちらはアヤより積極的なナツミがつついて遊んでいる。
 逆に女の子側が真っ赤なのは、トウヤとカシス、ハヤトとクラレット。
 ハヤトが手放しでクラレットを褒めて茹でダコにしてるかと思えば、トウヤが普段あまり見せない特別仕様笑顔でやはりカシスを湯だたせていたりする。
 取り立ててトラブルもなく仲良し平和な誓約者たちを、
「ケッ」
 と。
 一瞥したきり明後日を向いて毒づいているのがバノッサだった。
 相変わらずな義兄を、カノンは苦笑して見上げる。
「皆さん、きれいですよね」
 女の人って好きなひとのためなら、どんどんきれいにかわいくなれるんですよね。
「……羨ましそうだな、おまえ」
「はい」
 素直に頷く義弟を見るバノッサの目は、なんか信じられないモノを前にしたような感じだ。何を考えているのか察しはついたが、あえてツッコミは入れぬまま、どうせ誤解はすぐ解けるのだからとカノンは続きを口にする。
「そういう相手がいるハヤトさんたちが、羨ましいです」
「――――」
 なんだそっちかよ。
 安堵したような呆れたような赤い双眸は、カノンに“やっぱり”と思わせるに充分なものだった。――どうせボクは、女の子みたいな顔してますよ。でもかわいくなりたいなんて思ったことはないですよ。
 そんなカノンの思いも知らず、気を取り直したバノッサが、小さく首を傾げて云った。
「……いねェのか? そういう相手は」
「うーん……そうですねえ」
 カノンもまた、首を傾げる。手のかかる義兄が先に見つけてくれなくちゃ、そういうのは考えられない――とか正直に云ったらやっぱり拳骨か。
「ボク、わりと理想が高いんですよね」
「理想ォ?」
「はい」
 にっこり笑って、ここらでけむに巻いてしまおう。
「暴走したボクを止められるくらいの女の人が、理想です」
「―――――――――やめとけ」
 即座に約一名を思い浮かべたらしいバノッサがそう忠告する表情は、珍しく真顔、真剣だった。

 きょとん、と視線を左右へめぐらせたのはスバルだった。
「母上は?」
を連れてくるから、少し遅くなるそうよ」
「あ、そうなんだ」
 肩透かしをくらって少しふくれっつらになるスバルの傍らで、パナシェがふわっと相好を崩した。
 それからすぐに少年達は、目の前に浮かんでわくわくと顔に描いて何かを待ち受けているマルルゥに目を移し、
「うん! マルルゥも似合うよ!」
「人形みたいでかわいいよな!」
 その素直で満点な反応は、さすが子供ならではか。
 思わず感心してしまったキュウマは、マルルゥより少し後方にいるアルディラとクノン、ファリエルへと向き直る。隣にいるヤッファ、フレイズも、それぞれ微笑して同僚や上司を見つめていた。
「よくお似合いですよ」
 ミスミが遅れるのは少し残念だが、アルディラやファリエルの装いも充分すぎるほどに美しい。
 純粋な賞賛をたたえて告げると、「ありがとう」とやわらかな微笑が返ってきた。
「ファリエル様、どうやってお着物を――」
 ふふ、と。
 フレイズの問いを待っていたかのように破顔するファリエル。
「あのひとに、魔法をかけてもらったの」
「――“”か?」
「はい。霊的粒子の密度を爆発的に増し一時的に実体としての存在を与えられたのです。……驚きました」
 確認の色が濃いヤッファの問いに、クノンがいつもどおりの平坦な声音で応じる。
 そのあたりの詳しいことはキュウマの管轄外ではあるが、それがとんでもないことだというのは、なんとなしにニュアンスで判る。
 そうですか――と頷いて、ふと、その人物を探すためにめぐらせた視線を、
「……」
 賢明な鬼忍はすぐさま、眼前の女性たちへ引き戻す羽目になっていた。

「ああ本当に貴女はどうしてそんなに美しいのでしょう白磁のような肌も絹のような髪も悩ましく潤んだ瞳も悩ましい肢体もごふッすべて私を魅了するためにあるかのようだというのに今夜はそれに増して輝いていますねそれはシルターンの晴着ですかそうですかたしかあの鬼姫の見立てだそうですね彼女の目はたしかなようだ私のいとしい貴女の魅力をこんなにも引き出すなんて折を見てお礼をしなければいけませんね今度リィンバウムに干渉して島をがへぁいやしかしやはりこの着物は最高ですよ何しろ帯ひとつ解けばぐごげっふぉ――――!!」
「落ち着いてちょうだい! ……本当に、もう!」
 レイムの脳天に一抱えほどの太さを持つ白い雷撃を打ち込んで、彼女は真っ赤になっていた。
 元が意識のみ、精神体のみであるため、そんな目にあっても足元に朽ち果てた代物から赤い何かが流れ出すようなことはない。こういう存在になって一番良かったと思えるのがこんなことだなんて、と、ちょっぴり嘆息。
「……ふう、すみません。少し取り乱してしまいました」
 などと考えているうちに、レイムはさっさと復活を果たしていたりする。
 どこが少しよ、と、云いたいのはやまやまだったが、彼女がそれを口にするより先に、レイムがやわらかく微笑んだ。
「――本当に、今夜の貴女も美しい」
 片腕を胸の下あたりに折り曲げ、もう片手で彼女の手のひらを捧げ持つと、レイムはその手の甲に、そっと唇を落とした。さらりと流れる銀色の髪が、周囲の灯りを受けてきらきらと輝いている。
 美しいというなら、まっとうにさえしていればレイムだって相当なものなのだけれど。
 褒めたら絶対図に乗ってまたはしゃぎまくるのが判りきっているおかげで、やっぱりそれも口にはしない。
 代わりに、
「ありがとう」
 己を優しく導く手のひらの熱に身を委ね、それ以上の熱を唇に感じ――閉じていた瞼を持ち上げながら、彼女はそれだけをレイムに告げた。

 あれ・イズ・バカップル!
 びしぃ、と、レイムとくだんの彼女を指さして吠える占い師の傍らで、「ふむふむ」とかなんとか、要らんことを記憶していく機械兵士はヴァルゼルド。
「ッかー、もーやってらんないわよぅ! 数百年来の親友なんて、男の前にはポイ捨てされる運命なのねッ!!」
「まーまーメイメイさん落ち着いてくださいませ。まだ主賓もみえてませんのに、そんな酔ってちゃ身がもちませんって〜」
 早々と出来上がっているメイメイを、パッフェルが慣れた様子でとりなしている。
「主賓というと、殿でありますか」
「はい♪ ――そろそろだと思うんですけどねえ」
 にこやかにヴァルゼルドへ頷いてみせる敏腕アルバイターの手にはいつの間にか、メイメイの振り回していた酒瓶が握られていた。実に見事な手際だ。
 パッフェルは酒瓶を取り返そうと立ち向かってくるメイメイをやはり軽くいなしながら、にこりと。かつて戦った青い機械兵士へ笑いかけた。
「普段、おめかしに頓着しない方ですから。なおさら楽しみなんですよ」
「一理ありますな。自分もわくわくであります」
「こらぁ〜! 無視するなんてひどいわ、メイメイさん泣いちゃうんだから〜!」
 だがしかし、叫んでるメイメイの表情もまた、どこか楽しんでいる節がある。
 しっかりとそれを見てとっているパッフェルとヴァルゼルドは、そんな彼女のノリにしばらく付き合うことにしたようだ。

 想像力に枯渇しているとは思っていなかったが、どう頭をひねっても、その光景が浮かばない。
 猫にまたたび、あたしにお洒落! と。
 いつだったか、そんなふうにのたまっていた無駄に勇ましい姿なら、いくらでも出てくるのだが。ちなみにそれに続けて曰く、びらびらしてると動きにくいしじゃらじゃらしてると鬱陶しいしぱっつんしてると恥ずかしいし。とかなんとか。
 そんながこの場にあたって着飾るのを承諾したのは――渋々、という感情も見え隠れしていたが――、やはり、この夜が特別だと思っているからなのだろう。
 いつになくそわそわと、手の中のカップを無意味にいじっているイオスをちらりと見、ルヴァイドは少しだけ、口の端を持ち上げた。
「落ち着かんようだな」
「――え。あ、はい」
 不意打ち気味に声をかけると、金髪が、ぱっ、と跳ね上がった。
 色白の頬にそれらが落ちる頃、一度ルヴァイドを見上げたイオスの目は、気恥ずかしそうに明後日を向いている。
 そんな部下は、どこか弁解するように、小さな声でこうつぶやいた。
「……きっと初めて見る姿ですから。それに、がめかしこむというのが想像出来ない分、心の準備が」
 やはりな。
 似たり寄ったりの心境らしい告白に、したりと。笑い出したい気持ちをこらえて頷いた。

 ――そうして。

「おっまたせ――!」

 響くは、聞き慣れた養い子の元気な声。
 転じた視線にとらえたのは、ちょうど石段の最後を跳ねて境内に着地した――

「…………」
「…………?」

 たぶん、もう、きっと。二度はないだろう。
 この夜限りの幻のように。
 装いは簡素という普段のポリシーをしまいこみ、精魂こめて仕立てられたろう衣装と細やかに整えられたいでたちで、がその場に姿を見せた。


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