「……」
いや頼むから。
何か反応してください誰か。
気恥ずかしさを乗り越えて、境内に到着するや否や元気よく叫んだポーズのまま、は凍りついていた。
いや、だって。
それまでそれぞれ固まって、和気藹々。話してたらしい一行が、途端にしーんと静まり返ってたりなんかしてこっちを凝視してるとなれば、乗り越えたはずのこっ恥ずかしさも、またぞろむくりと頭をもたげようというものだ。
「……えぇぇっと」
にぎにぎ。真っ直ぐ上に伸ばしてた手の指を、無意味にむすんだり開いたり。
背後でなにやら笑いをこらえるような気配をかもしだしてるミスミに、ちょっぴり恨みの念を送ろうと画策したときに、だが、救いがちょうど差伸べられた。
「おおー」
語尾にお星様だか音符だか、はたまたハートマークだかくっつけたような口調でもって、黒髪の天使姿さんが、ふわふわとのところへやってきたのだ。
「うん。うんうんうん」
ようやっと腕をおろすを、それこそ頭のてっぺんから爪先までぴょいぴょい飛び跳ねるように眺めた師匠は、それから、こちらと向かい合う位置に戻る。
両手をぱーっと左右に広げ、満面の笑みで云ってくれた。
「よう似合うとる。かわいいよ」
「うわーん師匠ありがとうございますー!」
ようやく得られたまともな反応に――いささか褒めすぎだという気がしないでもないが――、はがばちょと飛びついた。
そして、すかっとすり抜ける。
「おっとっと」
しまった。霊体なのを忘れてた。
空振りした腕を突っ張ってけんけん。バランスをとろうと石畳を数歩飛ぶが、ちょっと、これ、危ない気がする。
せっかくの衣装がさっそく泥まみれか、いや、なんか、あたしらしいって云えばらしいけど――――!
「本当にお約束だな、おまえさん」
ぽふ。
突っ伏す前に衣装だけ脱いで保護するか。トンデモ危険な思考が脳裏によぎったその一瞬、やわらかい毛玉が転倒を防いでくれていた。
いや、毛玉だなんて云っちゃ失礼だ。肉球だ。いやこれも失礼だ。
白と黒、ふわふわの体毛を持つメイトルパの幻獣、フバース族であるヤッファさんが、獣の瞬発力を利用してだろうか単に距離が近かったからか――ともあれ、救いの手を伸ばしてを受け止めていた。
「……」
そして思わず毛並みの心地好さにうっとりする。
「離れろ。視線が怖ぇ」
「――は?」
頬擦りすると、何故かヤッファは一瞬身震いし、ほれほれとを追っ払う。
視線てなんだ。
思いながらも体勢を整え、は周囲を見渡した。――見渡そうとした。
「、きっれーい!!」
その視界が、飛びついたトリスでふさがれた。
「うわわわわ!」
「今さらですけど勿体無い……! 本当にどうしておしゃれに興味がなかったんですか!」
「な、ないものはないよ! 今もないし!!」
「朴念仁ー!!」
それは男性によく使われる形容詞ではなかろうか。
前からトリス、横からアメル。かかる重みに耐えて叫ぶうち、アメルの反対隣へさらなる試練が課せられた。
「おかあさん、見違えました、すごいです!」
そう叫んでる当人の方が、普段の赤白衣装からよほど見違えてるんじゃなかろうか。アティがふたりの間をぬっての腕をとり、ぶんぶんと上下に振っている。
つーかアレだ、見違えたって、こうだ。つまりやっぱり普段はこういう恰好しないから、皆自分や相手が珍しいんだろう。うんきっと。
その証拠にほら、ケイナなんか落ち着いたもので、
「……化ければ化けるものねえ」
なんて感心したようにつぶやいているだけで、飛びついてきたりしてないし。
「普段が普段ですものねー。勇ましい姿の方が印象に強いですし」
「にゃははははははははははははははー?」
……がんばれパッフェルさん。さらに事態を悪化させそうなそこの高笑いの主、押さえておいてください。
「ミスミ、貴女――あれ、相当気合を入れたのね」
「ふ。当然じゃ。の性格を考えてみやれ。一生に一度あるかないかの機会じゃろうが」
アルディラの問いに、なんか胸張って答えてるらしいミスミが「――いや」とすぐ、己の発言を否定した。
「もう一度、あるにはあるやもしれぬな。……のう、キュウマ?」
「いい加減にそれを引っ張るのはおやめくださいッ!!」
動転しまくったキュウマの叫びで、他の面々もようやく硬直が解けたらしい。そこらじゅうで、さわさわとなにやら云い交わす声が聞こえ始める。
……長すぎだあんたら。
そしてこれ以上乗られると確実に命と衣装が危険に陥ると判断したはトリスたちに懇願し、ようやく包囲を緩めてもらった。
だが、腕を弛めはしてくれたものの、彼女らがその場を動く気配はない。
「あ――……もう、ほんと、すごい。、きれい」
「……アメルやトリスも、アティも、きれいだと思うけどなあ」
アティは元々、大人の女性としての魅力を充分に持っていたが、トリスやアメルは――そう、初めて出逢ったときにはまだ少女と称して充分だった。
それが今や、まだ開く途中ではあるのだろうけど、どこかアティやアルディラといった女性たちに通じる雰囲気をまとい始めている。まあ、徐々にその兆しはあったのだろう。今夜のおめかしで、それが顕著に発現しているといったところか。
――無理もない。
もうあれから、数年が経っている。あの頃のままでいる者など、この場にひとりだっていやしない。
長命であるサプレスの住人とて、時の流れを異にするこの島の人々とて――一秒一秒変わっていく。留まることなく、進んで行くのだ。
「わたしのことより!」
ちょっとしんみりしたの気分を吹き飛ばすように、アティが手のひらを握りしめて意気込んだ。
「皆さん本当に、おきれいだって思います!」
「いや、ちょいと待っとくれよ。あたいもおいといてほしいんだけど」
いつの間にやら、早速イカ焼きをオウキーニから受け取って頬張っていたらしいモーリンが、ちょっぴりくぐもった声で手を振っている。
心底そう思ってるらしく、目なんて半眼気味だ。
「そうでっか? ネエさん充分おきれいでっせ。うちのシアリィはんには敵いまへんけど」
「あ、あなたったら……!」
うわーいあそこにもいたよバカップル。
「ふふん誰も彼も見る目がない。最強は私のスイートハニー☆に決まっているというのに」
「暴れ出さないだけ褒めてあげます。だからそういうこと云うのやめて」
元祖バカップル。ある意味最強にして最恐。
ギブソンやミモザがいたら、あのひとたちといい勝負になっただろうか? いや、あのふたりの場合、少し離れた場所でちらちら、不器用そうにお互いを見やっているフォルテとケイナみたいな感じかもしれない。
……わりといるもんだな、この面子のなかでいい雰囲気なのって。
自身のことには無頓着なだったりするが、もとよりそういう話は嫌いじゃない。今挙げたひとたちのように顕著でなくても、ささやかに、ああいつかまとまる気がするなと感じる組み合わせもまた、多い。
単に色眼鏡で見てるだけの可能性もあるが、それはそれで。
いったい何件の式に呼ばれるだろうか、いっぺんに済ませたりするのも壮観かもしれない――などとしょうもないことを考えていたら、
「はい、」
ずい。と、目の前に差し出されるは湯気のたった――
「……お酒?」
漂ってくる嗅ぎなれぬにおいに、はてどうしたものかと首を傾げる。実は、成人と胸を張るにはまだもう少しだけ時間を過ごす必要があるのだ。
「甘酒だってさ。それなら平気だろ?」
と、こちらは、酒類とはっきり判る香りのする液体の入った杯を揺らし、ハヤトがにこにこと笑っていた。
でもって、それを差し出してきたミニスもよく見れば、もう片方の手に甘酒入りの杯。
そっか。たしかに、それなら平気だ。
ありがとう、と礼を云って、はそれを受け取った。包み込んだ手のひらからじんわり伝わるあたたかさに、ほっと小さく息をつく。
そうして少し気持ちも落ち着いたところで――
「……ルヴァイド様!」
境内を見渡した視線を、一点で固定。
苦笑する気配を幾つか感じつつも杯抱えたまま、は、ルヴァイドとイオスの佇む一角へ走り出す。
「さん、はいチーズ☆」
「はいチーズっ」
不意に横手からかけられた声に、半ば反射でブイサイン。ぱしゃっ、と軽い音がして、視界を一瞬閃光が埋めた。カメラ構えて満足げなレイムの頭を、彼女が呆れたようにはたいている。ただし、力はあんまりこもってない。
そんなふたりに手を振って、もう一走り。
慣れるとそう不自由でもない着物の裾を翻し、
「イオス、パス!」
「はいはい」
持った杯差し出せば、心得たイオスがそれを受け取った。
少し速度を緩めた足は、もう一歩進んだ地点を最後に地面を蹴り上げる。
――が。
「……折角の衣装が乱れるぞ」
「うっ」
優しく伸ばされたルヴァイドの腕により、飛び込みはあっさりと阻止された。
すとん、と彼の前に着地する自分の表情が拗ねているのは自覚しつつ、あえてそのままルヴァイドを見上げる。
「ルヴァイド様のケチー」
例によってぶーたれてみせると、例によってやわらかい苦笑が振ってくる。
きっと、他の誰にあまり見せることもないだろう彼の笑顔が、は本当に好きだった――今も今までも今からも。
「……変わらんな、そういうところは」
「そうですねー」
あははと笑って、頭部の飾りを乱さぬよう慎重に触れてくる手のひらを受け入れる。
そうして続いたルヴァイドのことばに、
「――だから、変わったのだな」
「…………」
まなざしに、
手のひらに、
伝わる想いとぬくもりに、
「はい」
――やっぱりこの人には敵わないと。全面降伏の白旗を掲げる気持ちで、頷いた。
さて、全員揃ったところで、いざ、乾杯。
「――あたし!?」
なんで!? と叫ぶの背を、ぐいぐい、マグナが楽しそうに押し出している。
「だって主賓は最後に登場するんだよ。最後に来たが、だから、今日の主役」
「でもほら! ミスミ様はあたしの後ろから来たわけだし!?」
「わらわはこの島に在住しておるからのう。主賓というにはちと、問題があると思わぬか?」
「母上、なんか、凄味……」
ちょっぴり怯えるスバルの声はさておいて、それでもは抵抗を試みる。
「それを云ったらあたしだって二十年前この島在住!」
「帰りたがってたのは誰ですか」
そこにさくっとウィルが突っ込んだ。
「ねえ、」笑いを堪えながらナツミが云う。「そんなに恥ずかしがることでもないでしょ?」
「あたしは恥ずかしいです! こんな、ご一同様の音頭をとるとか、みんなの前で発表するのとか!」
「意外と度胸がありませんのね」
「そういうケルマさんがやればいいじゃないですか!」
「寝言は寝ておっしゃい」
「じゃあ寝ま」、ゴッ「痛――――!!」
かろうじて拳骨を勘弁してくれた理由は、やはり、グーよりチョップのほうが接触面積において狭く、頭の飾りに被害が少ないと判断したためなのだろうか。それとも逆に、威力を一点集中させたかっただけなんだろうか。
涙目で振り返るの脳天にチョップくらわせた犯人ことバノッサが、苛立ったような舌打ちひとつしてこう告げる。
「やるならさっさとやりやがれッ。いつまで漫才してるつもりだ!」
「……いっそこのまま未来永劫」
妙なトコ律儀な性分は相変わらずというか、乾杯までは付き合ってくれるつもりらしい彼のことばにそう返すと、「ほう」と、赤い双眸が剣呑に細められた。
「いやごめんなさい冗談です」
「じゃあ、ボクがお手伝いしましょうか?」
「え?」
ひょこっ、と顔を覗かせたカノンが、やわらかな笑顔で提案する。
どう手伝うんだと問い返すより先に、彼は手にしてた杯をバノッサに預けると、そっと。が杯を持つ側の腕を、両手で包み込んだ。
「え」
「じゃあ皆さん、行きますよー」
橙色したカノンの目が、いたずらっぽく微笑んで、の右腕を真っ直ぐ上へ。
「ちょ」、
「はいお姉さん、せーの、で一緒に」
「待っ」、
「せーの!」
――ここでトリビア。
全員ではないが、日本人はとかく、周囲につられやすい。
「か、 「「かんぱ」いー!?」
例に漏れず、というか。
「か」でどもってカノンの「かん」に合わせてつられ、「ぱ」まで云った次の瞬間、「い」の時点で自分の声しかしなかった故の、「!?」であった。
そのまま大爆笑に包まれそうだった境内の空気は、だが幸い、数秒の猶予を持つくらいは出来たようだ。
結局それを合図にし、場にいた全員が、
『かんぱい!』
と。
まあ一部に無言とか「ケッ」とか混じってはいたものの、声を揃えて杯を掲げたのである。