【そしてお祭の一夜】

- イオス -



 何度見ても女性かと見まごうような相貌が、晴れやかに微笑みかけてくるってのは、わりと威力モノである。

 の知る人間は両手を二往復させるより多いが、そのなかでもイオスの美人っぷりは最たるものだと、今もきっぱり断言出来る。女性陣以上だと云ったら、さすがに闇討ちされそうだが。
 仕草が女性的なのではない。完全に、外見のみの話だ。
 何しろイオスは現在豪快に、焼きたてジューシー骨付き肉にかぶりついているのだからして。
「……それさえ様になってるって正直どうかと」
「うん?」
 の独り言に応えて振り返るイオスの顔には、だが、油汚れとかそういうのは見当たらない。美形は何をやっても絵になるのだと、つくづく感心。
「いや」、曖昧にぼかし、「やっぱイオスって美人よね」
「……まだ云ってるのか」
 色白、美白、美人、――それに細腰隊長だっけ? ちょっと虚ろな表情でイオスが数え上げたのは、これまでが彼に対して用いてきた形容だったりする。
 美白については、どこぞのオプテュスお頭に一歩を譲る昨今だが。
 ひとつため息をついてから、イオスは軽く手を拭い、の両手を持ち上げた。
「そんなに細い?」
 ぺたぺた。自分の腰に当てさせて、首を傾げて訊いてくる。
「……細い」
 はというと、改めて突きつけられた現実に、ちょっぴりジェラシー込みでそう答えた。
「本当に?」
「そうだよー。ほら」
 今度は逆に、がイオスの手をとって、腰にぺたぺた。で、その幅を保ったまま、ずいー、と、イオスの腰までスライドさせる。移動中の誤差を差し引いても、ふたりのそれがそう大差ないというのは見てとれた。
「あたしより体重あるくせに、あたしとそんな変わらないくらいって何者」
「身体つきの違いだろ。それに身長の分縦に余裕があるし」
「……5センチちょうだい」
「あげない」
 いつもながらのやりとりを、いつもながらに取り交わす。
「だいたい、固執するほどスタイル気にしてるわけじゃないくせに」
「失礼な。乙女心が芽生えたって云ってよ」
「……」実に珍妙な表情で、イオスは沈黙した。「乙女ねえ」
「うわなんかむかッ腹立つ」
「じゃああんまり、僕に美人とか云わないこと」
 そのことばで、イオスは、の反応を半ば意図して引き出したのだと知れた。
「――気にしてた?」
「悪気がないのは知ってるけど、僕もいい歳だしね。そろそろ勘弁してほしい」
 いい歳と云っても、レックスやアティよりは年下だ。蛇足、比較は二十年前の彼ら。
 ……とはいえ。
 苦笑しているイオスを見上げ、は「そっか」と頷いた。
「判った。今度から気をつける」
「そうそう。ルヴァイド様なんてひとが身近にいるとね、僕もいろいろ比べてしまうんだから」
 頷くイオスは、満足そう。
 けれど、彼はすぐに笑みを消し、もう一度の手をとった。
「――」
 ただし、片手で両手を。
「え?」
 きょとんとするいとまもあらばこそ、イオスはくるりと背を向ける。それからようやく、右手で右手を、左手で左手を――持って。それを、自分の前で交差させるように引っ張った。
 そうなると、
「おっとっと?」
 当然の身体もイオスの側に引き寄せられ、そのまま背中に体当たり。
「どう?」
「え?」
「ルヴァイド様のような頼り甲斐、少しは出てきたと思うかい?」
「――」
 とっさに答えられぬまま、はイオスを見上げた。背中側からではその表情を確かめることは出来なかったけれど。
 そのまま、イオスは何も云わないで、の返答を待っている。
 考え――「うん」――たりする、必要もなく。
「イオスの背中も、頼り甲斐出てきた」
 頷いて、は自分からそこに寄りかかる。
 世辞でも嘘でもなく、本当に、ああそうなんだと。今、こうしてもらって知った、正直な感想だった。

「君がどこに行っても、どこにいても」

 あの戦いと、その後だっていとまなく起こる自由騎士団関係の問題。それをひとつひとつ片付けてく間に、身につけてきてるんだろうか。
 とりとめなく思うの手を、きゅ、と握ってイオスが告げる。

「僕はいるから」
「あたしの心の中に?」
「茶化さない」

 クスクス零れる笑い声と、合わせて揺れる金の髪。

「辛くなったら帰っておいで。いつだって迎えて甘やかしてあげるから」
「――――」
 息を飲む。こちらを振り返ろうともしないイオスの表情を見るために、前へまわりこむべきか迷って――やめた。

「あたし、話したっけ?」
「なんとなく、そうじゃないかと思ってた」

 問えば返るはそんなことば。
「……」
 息と言葉が同時に詰まる。
 敵わない。と。思った。ルヴァイドに対してのそれと、同じように。
 ――ああ。
 万感に等しい思いを、そうして言葉に注いで云った。

「頼りにしてる」
「いつでもどうぞ」

 それからやっとこちらを振り返ったイオスと、視線を交わして破顔した。

 帰る場所がある。
 帰る場所でいる。
 そのどちらも、確たる礎であるのなら。 ――自分たちは強くなれる。今までのように、今までよりも。


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