悪魔は次々と喚びだされ、ハヤトたちの体力は次々と削られていく。
それでも、負けてなるものかと。
意地にも似た、ただそれだけの気持ちで戦った。
ここで止めないと、バノッサは城に乗り込んでしまう。
騎士団はすべてこの場に出てきているし、顧問召喚師たるマーン三兄弟は領主を逃がすために城内へと突入していった。
そう、文字通りの総力戦。
ここで戦っている自分たちが力尽きたら、残されるのは、戦うすべを持たない城の人々だけだ。
……けれど。
このままでは、本当に――
長い時間戦いつづけているというのに、悪魔の壁に阻まれて、誰もバノッサのところまで到達できていない。
あともう少しも前進できれば、ソルたちの召喚術が届く距離だというのに。
その少しが、ひどく遠い。
半歩進んで一歩下がる気分だった。
「イリアス! 後衛に手を出させるな!」
「は、はいッ!!」
城へ走る途中で合流し、戦いに助力してくれているラムダのことばに、イリアスが応えた。
どちらの声にも、疲労がにじむ。
それはハヤトもそうだし、隣のトウヤもそうだ。
アヤやナツミ、ソルたちといった前衛不向きの人間は後ろで機会をうかがっているが、数で勝る悪魔達が前線を抜け、攻撃を仕掛けている。――そのせいで、強力な召喚術の発動が見込めない。
「そーぉ、れ!」
……頼りになるのといえば、比較的短時間の詠唱ながらも高い攻撃力を持つ、ミモザのペン太くんボムくらいか。
霊属性の召喚術はそもそも悪魔に効き難い現実のなか、メイトルパに由来する彼女の召喚術は、非常に威力を発揮していた。
惜しむらくは、それを使えるのが彼女だけということ。
それだけではまだ、決定的な穴を穿つことが出来ない。
何か。
誰か。
――そう。
この硬直を打ち破るだけの、誰か……
「いい加減に、消えちまいやがれッ!!」
「な……ッ!?」
ほとばしる光。
源はバノッサ――彼の手にした魅魔の宝玉。
似ていた。それは。
自分たちのなかから迸って、いつも自分たちを助けてくれた、あの不思議な光に。
でも。
根源と云えるべき何かが決定的に違うそれは今、ハヤトたちを狙って。衝撃とともに、迫り来る――!
「あっ……」
後ろにいたアヤたちから、動揺が走る。
ただ、それは、前から迸る光だけへの驚愕ではなくて。
――そう。
前方のバノッサからのそれだけでなく、ハヤトたちの後ろからも、光が迸っていた。
出所はどこかと捜す余裕さえ、ない。
前後から迫る光がせめぎあい、ぶつかり合い、余波は衝撃となって自分たちを襲う。
それまでの比でない衝撃に、まばゆさに、張り詰めていた糸を断ち切られる。
ふっつりと……途切れる。
何が? 張り詰めていた、神経が。
前に向かおうとしていた、意識が。
すべてすべて――光の奔流に、飲み込まれて。
……消えた。
意識を手放す瞬間、最後に見えたのは。
後ろからの光は、どちらかというと焔にも似た白い光だったということくらい――
……そうして光が消えたあと。
その場には、先陣きって悪魔どもと戦っていた、フラットの住人たち、それに一部の者たちの姿はなかった。
標的を失った悪魔どもは、心なしおろおろと周囲を見渡している。
取り残された騎士団員たちが、驚愕に動きを止めていた。
それは、たった今まで間近の勝利に酔っていた、バノッサとて同じこと。
そこに。
ザッ、と、足音も高く。
衝撃で舞い上がった砂煙のなか、仁王立ちする気配がふたつ。
まるで、たった今消えた彼らと入れ替わるように、存在していたのである。
「天が呼ぶ地が呼ぶ人が……呼んでないかもしれないけどっ! とおりすがりのフラットの味方、ふっか――つ!!」
「恥ずかしいヤツだな、テメエはホントに!」
響き渡った声と同時、風で砂塵が払われる。
ビシィとバノッサを指して高らかに宣言する少女の後頭部を、横に立つ三つ目の悪魔が、かなり力を入れてどついていた。
「て……手前ェら……!?」
生きてやがったのか!?
さすがに呆気にとられたバノッサが、“とおりすがりのフラットの味方”に向けてそう叫ぶ。
騎士団の面々も、その名前だけは知っていた。
最近こそ話を聞かなかったが、何度か姿を現して、そのたびに噂になった人物だ。
「君たちは――」
騎士のひとりの声は、疲労を隠せないでいた。
血とか土とか、その他諸々に汚れた出で立ちで、呆然と、“とおりすがりのフラットの味方”を凝視している。
それでも、ハヤトたちがカノンを退けて駆けつけるまで、彼らだけでバノッサと渡り合っていたのだろうから、さすがは騎士団の意地、というあたりか。
フ、と。
なんかちょっぴり無理矢理っぽくカッコつけて、フラットの味方こと少女が笑う。
「勝手に殺さないでくれませんか、バノッサさん?」
「ここんとこ姿も見せなかったヤツが、何云ってやがるッ!」
野垂れ死んだって思うだろうがよ!
「やーだなぁ、ちょっとお使いに行ってただけですよ」
ちょっと戦いに横槍入れにこなかったくらいで、そんなあっさりいなかったことにしないでください。
「あたしたちにはまだ、やることがあるんですから」
そのことばに。
はた、と、バノッサは周囲を見渡した。
自分のやろうとしていたことを、それで思い出したのだ。
邪魔者をすべて殺して、城を制圧する。あの男の云うとおり。
そして自分は――王になる。この力をもって、自由を、手に入れる。
だが。
おそらくは一番の邪魔者だったはずの、彼女が味方する一団の姿がない。
「ヤツらをどこへやった!?」
「それは、ひみつです」
問いに返るのは、その場に不釣合いなほどお茶目な表情と声。
「……さて、バノッサさん」
すぐに、彼女の笑みは消えた。
口を一文字に引き結び、真っ直ぐにバノッサを見て、彼女は立つ。
隣には、三つ目の悪魔。
感じるのは、云い知れぬ威圧感。
絶対的な力を手に入れたはずの自分が、圧されている……?
それでも。
足を後ろに引かないのは、自身の意地もあるけれど。
「――――」
うっすらと持ち上げられた少女の唇からこぼれることばを、たぶん、バノッサは待ったのだろう。
どうしてか、そのときは判らなかった。
ただ。
結局その行為は、半ば無駄になる。
「その身に刻まれし痛苦において――」
城門の陰。
降り注ぐ陽光が強い分、比例して淀む闇のなかから。
その場にはいなかった人間・その2の声が――詠唱が発されたのだから。
「ッ!!」
即座に、少女が反応した。
一瞬遅れて、悪魔も動く。
同時に詠唱は完了する。
「汝の為すべき命を果たせ! ――束縛せよ、パラ・ダリオ!!」
地を蹴るふたりの足を、地面から伸びた鎖が絡めとる。
「くっ……!」
「チィッ!」
ダァン――鈍い音をたてて、少女と悪魔は地面に叩きつけられた。
ふたりの間の地面からにじみ出るように、その元凶である召喚獣が姿を現す。
パラ・ダリオ。
永劫の束縛を意味する名のとおり、その鎖に絡めとられたものは、身体の自由を奪われる。
一連の出来事は、それこそ数秒のこと。
だが、誰もが……バノッサさえもが動けずにいたのは、その目まぐるしさに認識が遅れたせいではない。
下草を踏み分ける音とともに、現れる気配。
歪んだ歓喜と呪詛に似たそれが、パラ・ダリオの鎖以上に彼らの心を縛りつけていた。
「……よくやった、バノッサよ」
これで、魔王の一は我が手に落ちた。
進み出た人影――オルドレイクが、そう告げるのを。
少女と悪魔がため息ついて眺めていたのを、闇に飲まれて視線をそちらに向けもしなかった、彼らは知らない。