魅魔の宝玉。
召喚師たちの集団、『蒼の派閥』から盗み出されたというそれを、その一員であるギブソンとミモザは捜し求めていた。
サイジェントまでは犯人達の足取りをとらえたものの、そこからはとんと手がかりなし――
仕方なく、ギブソンは自分を監視している存在をわざと誘い出し、捕えることにした。
そこに行き会ったのが、ガゼルたち。
フードをすっぽり被ったギブソンの姿は、『召喚師』の前に“怪しい”とつけたくなるような出で立ちで。
また騒動のタネか、と、後をつけたところ――まあ、その、ギブソンを監視してた相手との戦いに、芋づる式に巻き込まれた、というわけだ。
お互い自己紹介してフラットに戻ったら、今度はアヤたちがミモザをつれてきた。
なんと彼女は彼女で、サイジェントで一番物騒なところを探していて。
北スラムだと素直に教えたナツミたちだったが、あろうことかミモザがそこに直行しようとしたため、あわてて引き止めて戻ってきたんだそうだ。
……で。
さらに日数は遡るが、数日前のアキュートとの戦いに横槍入れたバノッサが、妙な術を使った、というのも気にかかり。
じゃあお互い協力しようということになったのは、必然だったのかもしれない。
そして彼らは戦うことになった。
その宝玉を行使するバノッサと、彼によって喚びだされた悪魔たちと――
その名を聞いた瞬間、まーちゃんはすごく嫌そうな顔になった。
「……魅魔の宝玉だァ?」
「はい」
そうか。そういえばこのひと、悪魔だったっけ。
だったら、強制的に喚んじゃう宝玉のことは知ってたのかもしれないし、気に入らないのかもしれないな。
一人心中でごちて、カノンは頷く。
「ある人が、それをバノッサさんにくれたんです」
「……ある人ですか」
微妙に複雑な表情で、がつぶやく。
「それで……バノッサさん、召喚術が使えるようになって」
「召喚術モドキだ。間違えんな」
まともに誓約さえしねぇで無造作に引っ張ってくるなんざ、召喚術なんて認めねぇぞ。オレは。
「――それで……」
「フラットの人たちが、廃工場でバノッサさんを見つけて……戦いになった、と?」
「はい」
蒼の派閥の一員って人たちが、元々の宝玉の持ち主で。
「……でも、バノッサさんは――」
「そりゃな。一度転がり込んできた力、そうあっさり手放したかァねえだろうな」
ましてアイツ、たしか召喚術にコンプレックス持ってたんだっけか?
まーちゃんのことばに、カノンはまた頷く。
「その結果がどうなったのか、ボクはわかりません。でも、宝玉はまだ、バノッサさんの手の中にある……」
カノンの語尾に被せて。
街の北――城のほうから、爆音が轟く。
ちらりとそちらに目をやったが、膝に抱いていたカノンを、壁に寄りかからせた。
傷だらけのカノンを労わるような彼女の仕草に、目頭が熱くなる。
「……いて、ほしかった」
「どうして?」
「貴方たちがいてくれたら――もしかしたら、廃工場で、バノッサさんから宝玉を取り上げられたかもしれない……」
たちがいない間に。
すべては動き出していた。
バノッサは走り出したし、それを追って、フラット、蒼の派閥もが行動を開始した。
ふたりは顔を見合わせる。
「んじゃ、テメエは何してたんだ」
「…………」
役目は、時間稼ぎ。
城に向かったバノッサに、フラットの人たちは気づくだろう。
その目をこちらに向けさせるために、カノンは、魔獣を率いて北スラムを――自分たちの暮らしていたスラムを襲った。
それまでオプテュスに身をおいていたゴロツキたちさえ、標的にして。
バノッサがフラット相手に負けがこんで、たしかに最近雰囲気がぎすぎすしてたけど。それでも、それなりの付き合いはあったはずだったのに。
かすれた声でそれだけを話すと、侮蔑を含んだ視線が降って来た。
――覚悟していたけど。痛い。
「……テメエ。うだうだ従ってただけで、オレたちに恨み言ぬかしてんじゃねェぞ」
「ボクは……あの人についていくって決めたんです」
「ふざけろッ!! 止めてぇって思ってたんなら、そんな決定覆しゃいいだけの話だろうが!?」
「――それでも」、
それがどんどん、闇に向けて加速する行為だったとしても。
自分だけは、あの人の傍を離れたくなかった。
もうこれ以上、孤独にしたく――なりたくなかった。
三つの目が、鋭さを増してカノンをねめつける。
ただ、その傍ら――がカノンに向ける視線は、大きな戸惑い一色。
「カノンさん……」
「もう……誰にもあの人は止められない」
闇の手招くそのままに、バノッサは走り出してしまった。
欲していた召喚術を手に入れ、それをもって、自らを縛っていた鎖を引きちぎろうと。
それを知ってるから。
バノッサの心を、望みを。全部ではないけど、知っているから。
自分に、あの人は止められない。
そして。
「……今度ばかりは、もう、フラットの人たちでも……」
強大な、膨大な宝玉の力。
次から次へと悪魔を喚び寄せる、底なしの魔力。
そんなものと対峙して、あの人たちが無事でいられるわけがない――
「判りませんよ」
「え?」
カノンのことばを途中で止めて、がにっこり笑った。
目の前にかざされた彼女の手のひらを、思わずカノンは凝視する。
「あたしたちが何だか、忘れました?」
「え? ……あ」
「“フラットの味方”の名前は伊達じゃありません」
でも、
「イコール、オプテュスの敵、じゃあないんですね、これが」
ま、見ててください。
とおりすがりの予定外存在が、どんだけ厄介か。
身をもって、思い知らせてやろうじゃありませんかっ。