タネが判ってみれば、簡単なものだ。
最初のうちこそ無秩序だった幻影の攻撃、それに出現。
だけども、が白い焔を出していたあたりから、彼らはそれを追って動いていた。
動く軌跡は焔をなぞっていたし、出現する場所も焔の間近。
……つまるところ、自分で、幻影たちを引き寄せていた、というわけで。
で、誰がそーいう仕掛けをしてたかというと、これも簡単。
「うわー、すごいすごい」
穴からを引っ張り上げ、手にしたままの焔のカタマリを見て拍手してる、黒ずくめのサプレスのエルゴの守護者さんだ。
「頼むからおれに向けるなよ?」
「向けるに決まってるじゃないですか?」
にっこり笑顔のおことばに、もにっこり笑顔で返す。
「制御できるようになってめでたいんだから、そんな怖い顔するなよ。ほら、笑って笑って」
「笑ってますよー?」
にこにこ。
にこにこにこ。
にっこにこにこにっこにこ。
「あんまり黒いの撒き散らすと、喰うぞテメエ」
横で見ていたバルレルが、呆れた顔でつぶやいた。
――と同時、唐突に、のなかに渦巻いてた諸々の感情が消えてなくなる。
「まーちゃーん……」
これからレイズさんを追い詰めようとしてたのに、何しくさりますか。
抜き取られた感情こそがその原動力であったのに、喰われた今となっては衝動の名残がただあるばかり。
情けない顔になったを見て、バルレル、いつもみたいに「ケケッ」と笑った。
む、と頬を膨らませかけ、あ、もうダメだ。そう思った。
頬に溜めた息を吐き出して、レイズに向き直る。
「……実戦に勝る訓練はない、とはたしかに云いますけど」
もし、あたしが最後まで手も足も出なかったら、どーする気だったんです。
「ん? そのときは、魔公子が助けに行っただろ?」
そんときは、もちょっとグレードアップした実戦を提供したけど。
「…………」
「諦めろ。コイツ、ソバ屋くれぇタチ悪ィ」
がっくり脱力したに、慰めようともしてないバルレルの声がかけられる。
「それに、時間もあんまりなかったしな?」
さらに脱力しようとしたところ、今度はレイズの声が耳に届いた。
それまでのものと違って、どことなく寂しそうな、名残惜しそうな。
視線を転じたの目に、レイズの姿が映る。
ここしばらくで見慣れた黒ずくめの青年の――かなり、輪郭がおぼろげになった姿が。
「レイズさん……!?」
「――エルゴは、原則、世界で行われる出来事に自分から手を伸ばして介入することはない」
唯一の例外が、送還術をもたらしたことだ。
だけどそれでさえ、人間の手で改変させられた時点で――エルゴたちはもう、世界てものに自ら手を出すことをやめた。
エルゴの王と呼ばれた者とて、お膳立ての上でその力を得たわけじゃない。
その存在に気づき、意志に気づき――その結果、呼びかけて応じられ、認められるに至っただけで。
すでにエルゴは、この世界から手を放してる。
「勘違いするなよ。見放されたわけじゃないぞ」
でなきゃ、君らに対する破格の扱いも、彼らに対する期待も、ないはずだからさ。
「……期待?」
破格の扱いは素直にありがたいと思う。
これで後顧の憂いなしに、ずばずばやれそうだからだ。
でも、期待とは何だろう?
彼らとは誰――
問おうと思ったものの、レイズのことばを途中で止めるのは、憚られた。
「便利に使うみたいで悪いな。でも、おれ、もう限界でさ」
正確にいうと、エルエルの力で保ってもらってた、この器と魂の結びつきが限界。そろそろ、お別れの時間。
だんだん、彼の身体が薄れていく。
周囲の光と混じって、区別がつかなくなっていく。
「……つまり、レイズさんって……」
ぞんびー?
「うわ! 雰囲気読めよ娘さん!!」
「いつまでも人を娘さんで通す人に云われたくないです!」
「だって、娘さん、おれに名乗ってないじゃないか」
「――え……」
「コイツ、知ってやがる」
はあ、と。
呼気とともに、バルレルがそう口にした。
「オレたちの名前。オレたちの知ってる未来。……全部だ」
「…………な……っ!?」
「はははっ、そのとーり」
「な、なんで……!?」
レイズの輪郭は、もう、あまり見えない。
ただ、その気配があることだけははっきりしていて――でもそれも、だんだんと光に同化しようとしている。
「魂は、輪廻に戻るな? それってつまり、世界を潜り抜けて行く――エルゴを潜り抜けてくってこと。始原から終焉に通じてるエルゴに、触れるってことだ」
おれ一度、そっちに行ったんだけどさ。
「もう少しやることやってからこい、って、エルゴに追い返されて」
「……そりゃ立派に干渉じゃねーか?」
「だっておれ、もう、そーいう制限ないしー?」
娘さん風に云うなら、ぞんびーですしー?
「根に持たないでください……」
「つまり、そゆこと。最後に一仕事やるために、おれ、また身体に戻ったわけさ」
「……いつ?」
「儀式始まったときかねー? 力の奔流すごかったから、おれが戻るの誰も気づかなかったし」
――それって、つまり。
「じゃあ、やっぱり貴方、殺されたときに死んで――!?」
ことばとして多少不自然な気がしないでもないが、他に表現のしようも見当たらないのだから仕方ない。
そんなのことばに、まあね、と、レイズは笑う。
「いやもう。致命傷負った瀕死の身体に戻ったおかげで、痛かったのなんの。身体はギリギリまだ生命活動してたけど」
なけなし残ってた魔力と、ついでに儀式の魔力ちょいと借りて、エルエル喚んだのさ。
「……何のために、そこまで……」
エルゴに、そんな権利があるというんだろうか。
輪廻に還ろうとしてる魂を、無理矢理押し戻す、どんな大きな名目があるというんだろうか。
ふつふつと。
わいてくる怒りは、でも、レイズの表情――その放つ気配で打ち消されてしまう。
笑っている。
サプレスのエルゴの守護者は、笑っている。
穏やかに、満足そうに。
「おれが、そうしたかったのさ」
おれを殺して奪われた、サプレスのエルゴの欠片を見届けたかったし、奪われたことによって起こる出来事へ、何らかの手を打っていきたかった。
エルゴはただ、その背の後押しをしただけだ。
「…………」
「それで、君らに頼みがある」
「……え?」
表情一転。いや、気配一転。
容易に断らせない、そんな雰囲気。意志。
「君に、超特急で教えたのもそのためだ」
もう、レイズの姿はない。
気配も雰囲気も、もう、かすかに残るだけ。
それでも。
その声だけは、たちに届いた。
「じき、次代の誓約者候補がここへ来る。彼らに、試練への道を開いてくれ」
今は君にしか、それは出来ない。
――君が、封じられてる鏡を解き放て。