きらきら輝く空間に立つのは、バルレルとレイズ。ふたりだけ。
もう一人いたはずだけど? そう思った貴方は正しい。貴方って誰だ。
そのはどこに行ったかというと――
――――うわあぁぁぁん、レイズさんの鬼ーっ! バルレルの悪魔ーっ!
――――帰ったら……帰ったら真っ先に蹴飛ばしますからねーっ!?
――――わーっ、出たーっ!!
「当たり前じゃねぇか」
“悪魔”とそのものズバリ叫ばれたバルレルが、ククッと笑ってつぶやいた。
遥か眼下に見下ろすは、ぽっかり開いた穴の底。
微笑むレイズが指を鳴らして、唐突にを飲み込んだ、底の知れない深遠な空洞。
そのずっとずっと向こうから、の絶叫は響いていた。
「おーおー、やりゃ出来るじゃん」
こちらは自力で用意した、薄い膜のようなものを覗いて、バルレルはますます喉を鳴らす。
スクリーンにはが映っている。遥か穴底の彼女の姿だ。
果ても見えないだだっ広い空間の、四方八方から襲いかかる幻影の敵たち相手に交戦中。
最初は自らの剣で戦っていたが、しばらくするうちに白い焔が噴き出した。無意識なのだろうが、相当タガはゆるくなっているとみて間違いなさそうだ。零れた焔が、白い軌跡を残して輝く。
――敵を、たかが幻影と侮るなかれ。
影としか思えないそれらは、攻撃すれば命中するし、攻撃されれば傷を負う。
は一人きり、疲労もどんどん蓄積していくのに、相手は倒しきるまで疲れ知らず、補充もびしばしきくときた。
本気で死にかけたら助けには行くつもりだが、そもそも他人の不幸はなんとやらである。
楽しげなバルレルの横で、レイズもまた、先ほどまでとちっとも変わらぬ調子でしゃがみ、穴底に声をかけていた。
「おーい。どーして延々と攻撃されるか、よーく考えなー」
おれが仕掛けた設定を見破れないと、そのうち押し負けるぞー。
――――考えてるヒマなんかないですー!!
「そうかー。じゃあまずヒマをつくれー」
――――つくれません!!
「がんばれー」
――――鬼ぃぃぃぃっ!!
……スクリーンには、半泣きのが映っている。
それでも、襲いかかる影たちを斬って伏せているあたり、まだまだ余裕はあるということか。
まあ、まだしばらくは命が危なくなることもないだろう。
そう判断して、バルレルはレイズに視線を動かした。
ん? と、視線に気づいたレイズが、立ち上がる。
「テメエもエルゴも、なんで、『今』アイツにやらせんだ?」
投げかけた質問にまず返るのは、苦笑。
「直球だなー。魔公子」
先ほどまで在った、エルゴの強烈な輝きは、今はない。
それでも、周囲にただようあえかな灯りは、ここが余人の立ち入るべき場所でないことを静かに告げている。
……それだろうか?
「そう、それ」
「――先手打つな。シュミ悪ィ」
敵意をまぶして睨みつけても、レイズは笑みを崩さない。
「云ったろ――感覚探査は続けてた、って。……君ら、いつだったか、夜中に力を広げようとしてたよな」
たった一度だけ。
そんなこともあった。
あれ以来機会に恵まれないのと、そのとき感じた黒い闇を無視できなくて、そのままになっていたけれど。
そうして生まれる、次なる疑問。
だけどそれを口にする前に、レイズが続くことばをつむぐ。
「あれは、無用心すぎだ。あんな開かれたところでやっちゃ、それこそ世界すべてに君らの存在が伝わるぞ」
あの周辺を満たす、高密度のサプレスの霊気。それでかろうじて隠されていたものを、無駄に知らしめる結果になる。
「幸い……闇に触れたおかげで、広げる前に断ち切ってたみたいだけどな」
「――その闇。何なんだ、アレは?」
そうだ。
そのときの様子を知っているのなら、あのとき感じた膨大な負の感情を、この青年は知っているのだろうか。
けれども、青年は首を横に振った。答える意思はないということだ。
「おれが答えることじゃないな。ついでに、君らが先に知ることじゃない」
判じ物めいたことばの意味を、バルレルはすぐに悟る。
「アイツらか……」
「そ。君らは、君らの未来を知ってるんだろ? じゃ、これから何があるか判るよな?」
「……これから?」
まるで、自分こそが未来を知っているような云い方をする。
感じた違和感は、けれど、
――――もう……もうッ!!
魔公子が、青年に、問いかける前に。
――――いい加減に……ッ、しろおおぉぉぉッ!!
穴の底から響く声と、迸る、白い焔の奔流に――飲み込まれた。