界の狭間、エルゴの領域でレクチャーは続く。
「大げさに考える必要はないんだ。つまり、シルターンで云えば鬼術妖術。サプレスで云えば魔力顕現。メイトルパで云えばまじないや幻術。そんな感じ」
リィンバウムはたまたまそういうモノが発展しなかっただけで、他の三界にはこういう、世界に力を借りて行う術が少なからず存在している。
「力の大きさは、開ける回線の大きさに比例する。彼女は、ま、要するに許容量がすげえ広かったわけな」
「たしかにな。魂そのものに道が刻まれてたわけだから、肉体の負担を考える必要がなかったわけだ」
「そう。本来、魂ってのは一番純粋で一番無限だから――で、それと同居してた君も、自然とそれに馴染んじゃってたってことだわな」
その結果、力の通り道たる回線を知らず開けるようになって、知らず力を零れさせてた。
朱に交われば赤くなる。
そんな諺を、ちょっぴり思い出してしまった。
「切羽詰ったとき、もしかサポートありのときは、なんとか制御出来てたと思うけど、いつもいつもそううまくはいかない」
だから君はまず、力を通す道の開け閉めを覚えないといけないわけだ。
「というと?」
「うん、とりあえず目を閉じてみ」
「……」
ここはエルゴのお膝元だから、力があるのが判りやすいだろ?
そのことばどおり――目を閉じると、いや、閉じても。周囲に飛び交う光がわかる。
その一粒一粒が、本来なら知る余地のないほどに大きな存在であることも。そうして、それが手を伸ばせば触れられる位置にあることも。
「ほれ、魔公子」
「おう」
ただ一言で意図を察したバルレルが、に手を伸ばした。
額に、手のひらが添えられる――それと同時、“なくなった”。
「……あ」
それまで在った光、存在していた力。
周囲に満ちていた輝きが、一瞬にして遮断された。
「それが、閉じた状態。今は魔公子がやったわけだけど、この感覚を覚えておきな」
手が離れる。
また、光が満ちた。
レイズが近寄る気配。――しゃがみこむ仕草。
「さて。今のことからでも判るけど、君は常に回線を開いてる状態なわけだ」
外から魔公子が手を出して初めて、回線閉じた状態を知ったわけだからな。
「だがよ、コイツ、そもそも力が流れ込んでる感覚あるよーには見えなかったぜ?」
「自覚ナシだったんだろうさ。素通しだだ漏れ」
「だ……だだ漏れって……」
「いいのかよ、それで」
「いや、それが良かったみたいだな。すっかり力に馴染んでるから、改めて負荷がかかることはないだろ」
特定の条件下でだけ、通ってくる量が倍加して、カタチをつくって。
それで、道が改めて開いたように見えたんだろうな。
怪訝なバルレルの問いにも、レイズはあっさり答える。
そうして、怪訝な視線が珍妙なものを見るよーなモノに変わって、をとらえる気配。
「……よくコワレなかったな。テメエ」
「それは誉めてるの? それとも呆れてるの?」
云いつつ目を開けたら、うっすら微笑む黒髪の青年が視界に入った。
「で、普通人間てのは回線を閉じてるわけな。理由は――」
「そりゃ、いつかオレが話した」
レイズにだけ説明させてるのがヒマなのか、単に横槍を入れたいだけか。
しれっと被せたバルレルのことばに、の記憶も刺激されて。
“ニンゲンてのは、良くも悪くも頑丈”
心ってものについて、たしか、バルレルはそんなことを云っていた気がする。
「世界が、ぱっと理解出来ないくらいには大きいからですか?」
一種の、精神的自己防衛。
「おお。魔公子、もしかして君、いい先生になるんじゃないか?」
「なるかッ!」
……狂嵐の魔公子に授業を受ける生徒って、どんなんだろう。
のことばにご機嫌そうなレイズにくってかかるバルレルを見て、思わず、埒もないことを考えてみたりして。
「世界がどんなふうに構築されてるか、とか、魂は奥底で繋がってたりしてる、とかいう説明はややっこしいから省いとく」
ただ、人の一生であっさり理解できるようなもんじゃないってのだけ、理解してくれりゃいいさ。
「その一部を引き込むのが、君の力だ。規模こそ違えど、鬼術妖術、そして幻術や魔術に通じる力」
「一部……ですか?」
「そう。そもそもの彼女が使ってたアレでさえ、一部」
「とんでもねェ」
わざとらしくバルレルが顔をしかめるけど、彼はなんとなく、それを知ってたんじゃなかろうか。
だって、彼女の記憶にバルレルもいた。もう少し、幼かった気がするけど。
「最大容量は、無意識下でブレーキかかるからだいじょうぶ。道の開閉、取り入れる力の量と構築の意識下制御。これが出来れば、ま、カンペキ」
はい、やってみな。
「……は?」
「“は?”じゃなくて。閉じて開いて。はい」
「いや、あの、はい、って……」
「オイ。コイツ、開く、っていうか開いてるのを実感するのでさえ四苦八苦してたんだぞ?」
にこやかに実践を勧めるレイズ。しどもど困る。ツッコむバルレル。
「……難しいか?」
「難しいっていうか、その、開く閉じるの概念がわかりにくいっていうか……」
平凡を自称してたのは伊達じゃない。
そもそも、力を素通ししてたなんていう自覚さえない。
後頭部に手を当ててうなだれるを、レイズは、うーんとうなって見ていたけれど。
「……古来――」、
「「は?」」
いきなり何を話し出すかと思えば、“むかしむかし〜”か?
とバルレルの合唱をキレイにシカトして、レイズはにっこり微笑んだ。
「古来から云うよな。実戦に勝る修行はないって」
…………
なんか。
すんごく、ヤな予感がする、ん、ですけど……?