――サプレスのエルゴの守護者相手に、サプレスの召喚術なんて使うだけムダ。
もしも召喚獣を通じて間接的に命を絶っていたら、こんな恐怖に襲われることもなかっただろうか?
何度も自問し、何度か話し合い、結局達した結論はひとつ。
その命を自分たちが奪ったことは、手段がどうであれ変わることはないのだと。
目の前で繰り広げられるのは、殺した相手と巻き込んだ相手の、穏やかな会話。
「悪いなぁ、悪魔」
「そう思うんならテメエで歩け」
「ま・あ・ちゃ・ん」
「ケッ、わーってるよ!!」
風の吹きつける荒野を歩く2人、と、背負われた1人。
その後ろ姿を見つつ、ソルもまた、足を前に進める。
――可及的速やかに、おれは、おれんちに戻りたい。
ようやっとある程度の体調を取り戻した青年が、そう彼らに要求したのは、ソルとまーちゃんが彼らに合流し、リプシーとプラーマをが送還した直後。
ソルとしてはいろいろと聞きたいこと、話したいことがあった――ような気がするけれど。
続く青年のことばと表情に、それは消えてしまった。
――親切な娘さんも、悪魔も、一緒にどうだ? そこのガキもこいよ。
その朗らかな笑み――内面はどうなのか、見てとれるわけではないけれど――には、一片の怒りも蔭りも見当たらなかった。
許されているわけではないのだろうから、それは重いけれど。でも。
「おーい、ガキ。遅れてるぞー。置いてくぞー?」
まーちゃんに背負われたままの青年が、首だけ振り返ってそう云った。
背負われてるだけの分際で、置いてくだのなんだの云うなッ! と、まーちゃんが憤慨している。
そのことばで我に返って、ソルは小走りに彼らに追いついた。
隣に並ぶのは躊躇われて、一歩後ろで徒歩にペースを落とす。
「……あのなあ? 頼むから、おれの前で落ち込まないでくれるかな?」
「え……」
ちょっとだけ目を細めて、青年はまだ、ソルを見下ろしていた。
まーちゃんに背負われている彼は、目線が高め。自然、ソルは青年を見上げる形になる。
「この場合落ち込んでいいのは、君らに殺されかけた、おれ。殺した側が落ち込むな、『後悔してます』って顔に書くな」
君らは狂ってたわけじゃない。
自失しての凶行で、今ごろ我に返ったとかいうなら、話も判るけど。自分がそうしようと思って、おれを手にかけようとしたんだろうが。
「……君らがそうしようとして訪れた結果を、ぐちぐち悩むなよ」
少なくとも、おれは、あの時ちゃんと抵抗した。
君らはそれを乗り越えた。乗り越えて目的を成すだけの、強い意志を持っていた。
刃を振りかざす君らを見て、ああ殺されるな、って覚悟したんだぞ。
「その覚悟を無駄にするな、ってことですか?」
「そうそう。娘さん、聡いね。おれ、君みたいな子、好きだなー」
「ナンパすんなッ、このクサレ守護者ッ!」
「でも、俺たちがしたことは――」
不意打ちで乗り込んで、4対1で戦いにもつれこんで。
それは卑怯と云われる行為で。
「んじゃ、もうするな」
「…………ッ」
続けようとしたソルのことばを遮って、青年はすっぱり云ってのける。
その身も蓋もないことば、そして切り捨てるような鋭さに、ソルは二の句を告げずに表情を曇らせた。
そこに、歩調を落としたが並ぶ。
横で揺れる赤い髪の持ち主は何も云わないけれど、気遣ってくれてるんだと判った。
青年は云う。
「後悔したなら、それを引きずるな。そしてそこで終わらせるな」
過去したことも今することも、全部、明日につなげてこそ意味がある。
「後ろを悔やんだなら、それを前に繋げる意地を見せろよ」
「…………」
「まあ、いいけど。せめて、この件が終わるまでに答え出してくれないと、呪うぞ」
「シャレになってねぇよ、サプレスの守護者」
黙りこんだソルを見て、青年はフォローしたつもりなんだろうけれど。
そこに入ったまーちゃんのツッコミは、どう考えてもフォローに対するものではなかったのであった。
――名前はレイズ。
出身、リィンバウム。
職業、サプレスのエルゴの守護者。
クレーターにつくまでに交わした会話から得た、青年の情報はこんなトコ。
バルレルの背から下りたレイズは、額に手をかざして、はるか眼下の穴底を見下ろし、大きなため息ひとつ。
「うっわー……こりゃまた見事に、跡形もなし」
「確認しなかったのかよ?」
「してねえよ。儀式始まると同時に、こそこそ離れたしな。結果見届けるほど、余裕なかったし」
「そういえば、ソルさんたちは確認しなかったんですか?」
この人が死んだかどうか。
「…………」
「おいおい娘さん。直球すぎ」
何気なく訊いたのことばに、ソルがうなだれる。
聞きとがめた青年が、苦笑してそこに割り込んだ。
もっとも、確認していたらしていたで、青年はここにはいなかったろうが。
「さっきも云ってたろ。……人を手に掛けたのが怖くて、それどこじゃなかったんだろうよ」
「――魔力が……」
ぽつり、俯いたままソルがつぶやく。
「魔力が霞ほどに薄れていたから、もう、放っておいても確実に死ぬ……そう思った」
……
…………
「「あまーい」」
顔を見合わせ、と青年は同時に云った。
「やっぱガキだなあ、君ら。エルゴの守護者をなめんなコラ」
霞ほどでも魔力が残ってりゃ、なんか喚べるに決まってんだろーがよ。
「だがよ。そりゃ、何日も前の話だろ?」
「ん?」
怪訝な顔で、さらに割り込んできたのはバルレルだ。
じ、と青年を凝視して、首を傾げている。
「――普通、使った魔力は回復すんだろ。なんでテメエ、すっからかんなんだ?」
たしかにサプレスの霊気はまとっちゃいるが、それは残り香のようなもの。
どんなに濃かろうが大きかろうが、それが青年自身のものでない以上、内包物に含めるわけにもいくまい。
とソルも、改めて青年を見た。
周囲に漂うそれはたしかに、サプレスの霊気。でも、彼を守るように包んでいるだけであって、接点は彼にない。
残り香。置き土産。そんな印象があった。
「……うん。たぶんもう、回復しないだろうな」
ふっ、と。
目を細めて、青年は自らの手のひらを見る。
それまでの笑みから一転したその表情は、哀しさとか切なさとか、そんな部類に属するもの。
「娘さんには話したよな。エルエルとプラーマに治癒頼んだんだけど、魔力が尽きて、全快前に送還しなけりゃいけなかったって」
「あ、はい」
「――あの状態で、エルエルとプラーマを……?」
かなり意表を突かれたらしく、ソルが目を丸くする。
まあな、と、少し口の端を持ち上げて、青年は自分の周囲の霊気を示した。
「これはエルエルの置き土産。治療は出来んでも悪化はしないように、ってな。おかげで、あのメトラルの子が見つけるまでなんとか生きれた」
「医者は?」
「行けるかい。無色の派閥がいつ出てくるか判らんっつーに」
実際いるし。そこに。
指さされ、またもソルはその場に固まる。
巨大な罪悪感を背負っているのが見え見えだけど、半部外者のとしてはフォローのしようもないのが事実。
こればっかりは、自分達で乗り越えてもらうしかない。
殺したと思った相手が生きてる、それを、自分を責める材料にするか見つめなおす材料にするかは、彼ら次第である。
硬直したソルを見て、青年はもう少し、口の端を持ち上げた。
「――まあ、済んだことは済んだこと。それに、儀式は失敗したぽいしな?」
魔王の本体そのものは、どうやら喚ばれずに終わったらしいし――
周囲を見渡し、そうごちた青年に。
今度は、とバルレルとソルの視線が集中する。
「な――オイ!? テメエ、4人出てきたの気づいてねえのか!?」
「知っててそう仰るなら、もしや、あれはやっぱり魔王の力じゃなく!?」
「それじゃあ俺たちが喚んだのは……!?」
「ええぇいっ、いっぺんに詰め寄るな、君らは!」
わらわらわらッ!
それまでの、ちょっぴり重く固い雰囲気はどこへやら。
堰が壊れたような勢いで迫るたちに、青年は数歩後ずさる。
急なそれが響いたか、「う」とうめいて腹を押さえた。
「……とにかく、そのへんの説明は後回しにさせてくれ」
駆け寄って支えたに手を上げてみせ、ゆっくりと、青年が立ち上がる。
めぐらせた視線ははるか穴底。
すべての始まり、未だ魔法陣の跡の残る儀式の残骸。
そして。
つと目を細め、視線をたちに戻した。
「…………」
うっすら開かれた彼の口から、ことばが零れるのを待つ。
その間、たかだか数秒か――体感としては、ひどく長く感じたけれど。
冷たい、けれど優しい笑みを浮かべて、青年は、視線をソルへ向ける。
「ガキ。君らの護衛獣の娘さんと悪魔。借りていっていいか?」
「「「は?」」」
お返事は、他三名の合唱になった。