TOP


-各々の路地裏事情-




 話を順番に整理しよう。
 まずは、ソルを追いかけたバルレルから。

 予想していたよりもソルは俊足だったけれど、バルレルにかかればそんなもの、亀と一緒である。
 角を幾つか曲がるまでわざと追いつかずに様子を見てみたけれど、どうやらフラットに行く様子もないと判断し、直後捕まえた。
 知っていたのかどうかは判らないが、壁の崩れたそこは、荒野に出るショートカットでもある。
 野盗撲滅キャンペーンとか、あと、の夜特訓で活用させていただいた、文字通りの穴場。
「離せ!」
「離せとか云われて離すヤツが、どこにいるかってんだよ」
 ケケケケ。
 渾身の力でもがくソルが滑稽で、バルレルは喉を鳴らして笑う。
 腕一本掴んだだけで、このありさま。
 まったくもって、荒事不慣れのいい代名詞だ。
 普段はあれだけ冷静沈着を装っているくせに、ひとつ何かが綻ぶと、とたんに無茶苦茶になる。
 肝が据わってない、そう思うと同時。もう少しでも脅してやりゃ、あっという間に壊せるな、なんて思考が頭をもたげるけど。
 今の主――トリスに喚びだされて、あろうことかにまで逢って、かなり丸くなった自覚がないわけじゃない。
 何よりそんなことをしたら、あの時間が置き換わる。
 自分のいた時間をそれなりに気に入ってる本音として、バルレルは、その思考は脳内に留めておくことに決定した。
「――頼む、離してくれ……」
「だから、出来るかっつの。テメエ、『命令に従う必要はない』て自分で云ったろうが?」
 好きにやらせてもらうぜ、オレたちは。
 云いきるバルレルの腕の先、力なく、ソルがうなだれた。
 そこに畳みかける。
「だいたい何だよ、テメエは。アレの顔見るなり走り出しやがって。親の仇とか云う気じゃねェだろうな?」
 親は生きてると知ってて、そうカマをかけてみた。
「違う、逆だ」
「逆?」
「……俺たちが、彼の仇なんだ」
「あァ?」
 ってこた何か。アレは霊か?
 思いっきり生身だった気がするんだが?
 そこらへんの判断を間違えたとあっては、魔公子失格だ。
 自然、声が険しくなったバルレルを、ようやくソルが見上げる。――闇をたたえた双眸で。
 いつぞやの彼の父を彷彿とさせるその双眸――深く囚われた絶望。
 喰えばさぞかし美味かろうと、喉が鳴るのは止められなかった。たとえ実行の意思はなかったとしても、それはバルレルにとっては自然の欲求なのである。
 そうして、ソルが口を開く。
 深く、深く。絶望と闇に囚われた重い声。
「……俺たちが、彼を殺した……」
「へェ? イロイロやってんじゃねぇか、テメエら」
 んで、何のためにだ。
「――――」
 ソルにとっては必死の告白だったろうに、バルレルはさらりとそれを流して次の問いに移る。
 根本的な部分での、価値観の相違というやつだろうか。
 そもそもバルレルは悪魔、ニンゲンなんて一部を除いてただのエサ。
 そんなもんがいくら傷つこうが死のうが、本来彼にとってはどーでもいいこと極まりないのだ。
 で。
 バルレルがそんな予想外の対応をしたものだから。
 悲壮感どっしり背負っていたソルも、さすがにこれには呆気にとられたらしい。
 目を丸くして、彼を見上げて。
「……そうか……悪魔か……」
「何、今さら云ってやがる……」
 いいから答えろ。何のために殺したんだ。
「――――」
「ここまで来てだんまりかよ? あ?」
 焦らすためではないと判っていても、苛立つことに変わりはない。
 懐柔のもう少しうまそうなのところに、このまま力ずくで引きずっていくかと、バルレルがそう考えた刹那。
 先ほどの比でない重みをたたえて、ソルがようやく、一度閉ざした口を持ち上げる。
 告げられるのは、彼の――彼らの罪。

「彼は……守護者だった」

 だから殺した――儀式のため。
 かつてリィンバウムに張られた結界の礎、サプレスのエルゴの欠片を得るため。
 だから殺した――俺たちが。
 父の望むそのとおり、魔王をこの世界に召喚するため。

「…………俺たちが……彼を殺したんだ……!」



「――いや、てゆーか未遂なんですよね、それ?」
「そうなるな。見てのとおり、おれ、ここにいるし」
 おれとしては一応、覚悟を決めたりはしていたんだが。
「わあ、不幸中の幸いですね。良かったー」
「ん、でも、治るに治らん怪我抱えてうずくまっとくのは辛かったぞー」
「あ……」
「それはいいとして――どうして今ごろ彼が出てきてんだ? それに、君は無色の派閥の関係者じゃなくて、フラットってところの人――なんだよな?」
「いやいや、それがですね。一緒にいた三つ目の悪魔がいましたでしょ。彼と一緒にサプレスから――」

 失った体力はともかくとしても、傷の表面的な治療を終え、ひとまず落ち着いた青年と
 エルカにお使いをお願いしたあと、こちらは比較的穏やかに、互いの情報交換を行っているところであった。


 の隣に漂っているのは、リプシーとプラーマ。彼女が手にしたサモナイト石は、リプシーと誓約したもの。
 いや、は最初、素直にリプシーを喚んだのだ。
 そしたら、リプシーじゃ傷の治療をしきれなくって。
 長期間、まともに治療も受けずにほっといたらしいから、壊死起こしてる細胞とか血管とかあって、手におえなくて。
 それでリプシーどうしたかっていうと、なんと、一旦自分をサプレスに送還させて、次の召喚のときに聖母プラーマを引っ張ってきた。
 召喚獣の全面的な協力があると、こういうことも出来るのか。
 思わず呆気にとられただったが、帰ったらトリスとマグナの研究課題にネタ提供出来るな、と思うあたり、まだまだ神経ナイロンザイル。
 だけど青年によって、あっさりそれは否定される。
「……協力もそうだけど、君の魔力が桁外れっていうのもあると思うぞ」
「いや、それはないです」
 も負けじと、青年のことばを否定した。
「だってあたし、召喚術苦手なんですよ。プラーマなんて、リプシーが引っ張ってきてくれなきゃ無理でしたし」
「だから……ああ、そうか。魔力というか、接し方の問題なのかな」
 でも、君に重なって見え隠れする白い焔みたいなのは、魔力じゃないのか?
「……よく判りません」
「判らない?」
「これは、お下がりみたいなものですから」
 説明とかしてもらったのはたしかなんですけど、いまいち、あたし自身がちゃんと原理を把握できてないというか……
 まさか1年後、これこれこういう事件があってどうのこうの、なんて云えるわけもなく。
 自然と口数少なになったを見て、青年は苦笑する。
「そんなこと云うなよ。それは君の力だろう?」
「でも」
「でもも何もない。君が君の意思で行使してるというなら、それは間違いもなく君の力なんだ。原理が何であれ、源が――たとえばエルゴであってもな」
 う、と。
 エルゴどうこうの部分より、意思で行使してるという部分に引っかかり、は口ごもった。
「……出来てません……」
「そうなのか? ――まあ、手にした力に引きずられるようなことにだけはなるなよ?」
 血に汚れてない手の甲で、青年は、ぽん、との頭を叩く。
 あたしはそんなに頭をいじられやすそうな出で立ちをしてるんだろうか。初対面の彼の行動に、思わずそんなことを考えてみる。
 そんなを見ながら、青年は独り言のようにつぶやいた。
「こんな謙虚な娘さんもいるかと思えば、力を求めて暴走するバカもいやがるっつーのがな……」
「魔王、ですか」
「ああ。……ふざけた話だよ、まったく」
「ソルさんたちが、貴方を殺そうとしたのは――」
「おれの守護してたエルゴの力の強奪目的。油断してたおれにも、ま、責任はあるけども」
 まさか、人んちまで白昼堂々乗り込んでくるなんて思わなかった。
「しかもやってきたのは、まだガキで……」
 あーあー、もちょっと警戒しとけば態勢も整えられたのにな。
 はあ。
 殺そうとしてきた相手よりも、自らの不手際を嘆く青年が、なんだか妙にかわいらしく。
 思わず口元をほころばせると、青年もそれを見て、笑う。
「荒野に、でっかいクレーターが空いてただろ?」
 あそこがおれの家だったんだわ。
「……へっ!?」
「そういうこと。奴等、おれを放り出して、その場で儀式始めやがったわけ」
 あの手際のよさ、敵ながら天晴れって感じだったよ。
「じゃあ……貴方を殺したかどーかの確認もせずに?」
「ん……、――えーと、ああそうか、それが間抜けっちゃ間抜けかもな。でも、さっきの彼を見た今だったら、なんとなく判るけど」
 首を傾げて、はことばの先を促した。
 応えようと、青年は一度閉ざした口を開きかける。
 ――足音がふたつ。
 その場に響いて。

「・……怖かったんだよ」

 ことばと同時、視線を転じたふたりの目に、バルレルとソルの姿が映った。


←前 - TOP - 次→