――エルカは不機嫌だった。
さっきのまーちゃんよろしく、いや、それ以上。
「まったくもうッ! エルカにお使いさせるなんて、って何様!?」
ぶつぶつ云いながら歩くところも、さっきのまーちゃんを彷彿とさせる。
もっとも彼女自身は、それに気づくことはなかったけれど。
気づいてたら、きっと悔しいから無理矢理やめたりとかしただろうし。
先刻は3人で歩いた路地を、今はエルカ一人で戻っていた。
なんでかって、話は簡単。
まーちゃんは急に走り出したソルを追っかけて行っちゃったし、はさっきの男のところに残ったからだ。
「そりゃあ、エルカは、召喚術でケガ治したりなんか出来ないけど」
ぶつぶつ。
「だからって、何よ。人を除け者みたいにして」
さっき。男が何かを云いかけたとき、はあからさまに挙動不審だった。
せっかく始めてた召喚術の詠唱も止めて、エルカに、有無を云わせぬ表情で頼み込んできたのだ。
――『キールさんたちを呼んできて』
しかも、ぜーったいに他の人たちには見つかるなというオプション命令つき。
エルカの素早さを見込んで、お願いっ! ……なーんて、手まで合わせて。
「……ま、悪い気はしないけど」
何かといちゃもんつける悪魔や、なんとなく底知れないソルよりも、エルカは、に好意を持っていたから。
だからお願いを引き受けた。
だけど、のお願いが叶う時はこなかった。
「あっ! エルカさんですの〜!!」
「っ!?」
路地から一歩踏み出た瞬間、のー天気な声が、エルカの耳を突き抜けたせいである。
「なっ……何してんのバカレビット!?」
「大変ですの大変ですの〜!」
「ちょっと!? こっち突進してこないでよッ!!」
大粒の涙を目に溜めて、それこそ猪よろしく突進してくるモナティを、エルカはなんとか躱すことに成功した。
背後の壁で、『どすーん』とかいう間抜けな音が響いたがあえて黙殺。
音の名残が消えると同時、ばっと向き直って、曰くバカレビットの襟首を掴みあげる。
「あんたね! エルカを潰す気ッ!?」
てゆーか何でこんな処にいるのよ!
「うにゅうぅぅ〜〜〜」
ぐるぐるお目目のモナティは、エルカのその一喝で目を覚ます。
「はっ、ですの! エルカさん! 大変ですの!」
「きゅきゅきゅーう!!」
気づけば、モナティの傍らでぴょんぴょんはねるガウムの姿。
……大変な割には、こいつら、緊張感なさすぎ。
そう思ったエルカを、誰が責められよう。
「何が大変なのよ?」
それでもなんとか気を取り直し、エルカはモナティに問いかける。
「ア、アキュートの皆さんが、イムランさんを召喚暗殺で視察の鉱山に列車なさいますそうですのっ! だからモナティたち、それを止めに参りますのっ!!」
ですから、さんとまーちゃんさんとソルさんにもお手伝いをお願いしようって……
ビシ。
脳天チョップ。
「うにゅっ!?」
「落ち着いてしゃべりなさいよ、このバカレビット! 何がなんだか判んないわよそれじゃ!」
それでも、急を要してたちを呼びに行かなくてはいけないことだけは、今の説明でも伝わった。
詳細はフラットの連中に聞けばいい、そう彼女が判断するのはその一秒後。
走り出したのは2秒後で、それをモナティとガウムが追いかけたのは、コンマ5秒後。
……そして。
無人の路地に辿り着いて愕然とするのは、その2分後のこと。
『キールさん、カシスさん、クラレットさん。それにエルカへ。
倒れてた黒いお兄さん、急いでおうちに帰らないといけないらしいんですが、ケガが心配なのでちょっと送ってきます。
どんな遅くても今日明日には帰ると思いますので、心配しないように伝えてください。
特にリプレさんには切実にお願いします。 本当に。 お願い。
(まーちゃんとソルさん含)』
いつかのサーカスの半券の裏、走り書きされた文字を見て。
1名が途方に暮れ、1名が頭から湯気を出し、1匹が溶けるのは、さらに30秒後のことであった。