で、戦果としては先述のとおり。
イムランカムランキムランの順ではっ倒し、サモナイト石奪って逃走されかけたものの、それは無事に阻止。
改めてエルカをフラットに引っ張って帰る一行のなかには、今日、丸一日どこぞに行ってたソルたちの姿もちゃんとあった。
昼間の強気と打って変わってしょげてるエルカのことは、アヤたちやモナティに一任。
一番近い立場が彼らなのだし、今度はエルカだって落ち着いて話を聞いてくれるだろう。
フラットの居候がまた一人増えることになるだろうが、もうこれに関しては、リプレは笑って済ませるだけにしたようだ。
たしかに家計に余裕があるわけじゃないけれど、行き場のない子をそうと知ってて放り出すほど、フラットの人間は鬼じゃない。
「……ま、私たちも捨て子だった、ってのもあるかもしれないけどね」
そうリプレが云って、ガゼルもそっぽを向いたまま、頷いていた。
知ってるから――
捨てられる痛みを知ってるから、この人たちはこんなに優しいんだと。
思ったけれど、改めてそう告げるのは、なんだか逆に変な気がして。
も、笑ってうなずくだけに留めた。
リプレの戦場ともいえる、台所。
壁の向こうの食堂での会話を漏れ聞きつつ、あちらがわに提供したミルクの残りのご相伴に預かりつつのこと。
「まーちゃんは、もう寝たの?」
「あ、はい。動き回らされて疲れた、って」
元々めんどくさがりという性格に加えて、今はあんまり目立つわけにいかない理由がある。
は、外見からしてもサイジェントでうろついてて不思議はないけど、彼はそうもいかないから。
必然的に引きこもりモードになってるのは、単に、昼間に出歩いて魔力をあまり消耗したくないってのもあるんだろう。
以前ほど極端な節制生活ではなくても、やっぱり、長時間太陽の光のしたっていうのは苦手みたいで。
……ま、今日はほんとに疲れたんだろうけどね。あたしもそうだし。
貴族たちの居住区画からフラットまで全力疾走した挙句、少し時間をおいたとはいえマーン三兄弟との総力戦。
「まったく、おまえたちが来てから騒動ばっかりだな」
「う……お世話かけてマス……」
ある意味、自分たちは予定外の存在だという後ろめたさから、は身体をちぢこまらせたのだけど。
「あ? ああ、気にすんなよ」
謝られたのが逆に意外だったようで、ガゼルは一瞬きょとんとして、次に破顔した。
それから視線を横に移し、
「なあ、レイド」
黙ってコーヒーを口に運んでいた元騎士さんに、同意を求める。
そうして返ってくるのは、
「ああ」
という、なんともありがたいおことばで。
「うむ。ワシらは結構楽しんどるぞ? 嫌味ばっかりだと思っとったマーン三兄弟の、なかなか愉快な面も見られたしな」
「あー、あれですか?」
『キィィッ、憎い、憎い、憎いーッ!』
『この落とし前、きっとつけるぞ!』
『次こそは、華麗なる復讐を見せてさしあげましょう!』
……以上、マーン三兄弟、本日の撤退時の捨て台詞集でした。
指さして笑ってしまったために余計に恨みを買ったようだが、あれで笑わないなんて人間じゃない。
いや、バルレルもばっちり笑ってたけどね。
ついつい思い出してしまって、くすくす、は笑みをこぼす。
つられて、リプレたちからも小さな笑い声がこぼれた。
「まったく」、
そこに、淡々とした声が割り込む。
「あんたらを見てると、こっちがバカバカしくなってくるぜ」
たしかに淡々と――呆れたような声なんだけど、ちょっぴり笑みも隠れてる。
ふらりと姿を消すことが多いながらも、きちんと顔出しはしてくれるローカスだ。
例によって紅白餅な格好で戻ってきていた彼は、本日のマーン三兄弟との戦いにもきっちり引っ張り出されていた。積年の恨みで、戦力当社比2.5倍。
ローカスは寄りかかっていた壁から背を離すと、リプレに軽く礼を云って、空になったコーヒーカップを手渡した。
レイドと張り合うつもりはないのだろうが、砂糖を匙1杯ほど放り込んだ彼に対して、こちらはブラック。
胃に悪いからやめたほうがいいわよ、とはリプレの談。強いぞママ。
「バカバカしくなる、って?」
首を傾げたのは、の隣。こちらもいつになく大人しく、ミルクを飲んでいたジンガ。
召喚術に対してあまり耐性のない彼は、今日の戦いでちょっぴりてこずっていたのである。そのせいだろう。
明日になったらきっと、召喚術に慣れるんだ! とか云って、誰かに召喚術をかけてもらうように頼んでまわりそうだ。
まーちゃんにだけは頼まないように、あとで云っておこう。
「あのな。顧問召喚師だぞ、奴等は」
ことさらに呆れた色を強めて、ローカスがジンガを振り返る。
「いつか一泡吹かせてやりたいとは思ってたが、滅多に表にゃ出てこねえってんで、歯噛みしてた奴はそれこそ星の数」
それがどうだ。
おまえたちと関ってから、3人全員と対面した挙句に、小競り合いに勝って。
「これが、バカバカしくならずにいられるか?」
「むしろ笑わずにいられるか、って感じかもな」
同じく彼らの圧政の下を潜り抜けて生きてきたガゼルが、くくっと小さく喉を鳴らした。
リプレもエドスも、仕方がないなという表情だけは作れたみたいだけど、口元が上がってる。
ただ一人、レイドだけが考え深げに視線を落とした。
「だが、“小競り合い”だ」
「レイド?」
「これまで何度か彼らと衝突したが、それは、あくまで表には出ない部分でのことだ」
彼らの名前、そして施政には、傷ひとつさえついてはいない。
「根本的に覆そうという意志がなければ、結局サイジェントが変わることはないのかもしれないな……」
独白めいたことばに、ローカスが眉根を寄せる。
つかつかとレイドに歩み寄り、座ったままの彼を見下ろした。
「そりゃ、ラムダと話してたことか?」
「……ラムダ……?」
「アキュートのリーダーだよ、アネゴ」
首を傾げたに、横からこっそりジンガが注釈。
ただならぬ雰囲気を漂わせだした、大人ふたりに遠慮してだろうか。
そうしてレイドは、ローカスの問いかけに、少し首を傾けた。
肯定しようとしたのか、否定しようとしたのか――
答えが出る前に、エドスの声がそれを止める。
「おお、そういえば最近、奴等の話を聞かんな」
この間の暴動が失敗して、さすがに堪えたか?
「そりゃねえな」
きれいに雰囲気を切り替えて、ローカスがエドスに目を転じる。
レイドはそこまで器用ではないのだろう、一瞬遅れて、こちらは戸惑ったようにつぶやいた。
「そういえば……そうだな……」
「奴らもいい加減、勝負に出たがってたはずだ」
アキュートとの接触を持った所以か、ローカスは、ゆっくりとたちを見渡して告げた。
一周した視線は、とジンガに固定される。
「おまえたちは知らんかもしれんがな。あのときほどじゃなくても、暴動は何度も繰り返されてるんだよ」
「そのたびに、騎士団や顧問召喚師が出てきて鎮圧される――」
「で、結局はまた、前と変わらない日が続いてるわけ」
「……それでも、誰も動きやしねえんだ。この街は」
ただ日々を凌げればいい。
余計な騒動は要らぬ、災いが自分に降りかからなければいい。
無気力な、そして縛られた平和を甘受して生きる。
「奴らもそれを思い知ったころだろうよ。いくら自分たちが煽動しても、結局街の人間に決定的なきっかけを与えることは出来ねえってな」
「だから、大人しくしてる……のか?」
頭をひねりながらのジンガの問いに返るのは、だけど否定の意。
「いや、違うな」
それを実感したからこそ、奴等は、自分たちが大きな突破口を開こうとしやがるはずだ。
「アキュートのリーダーならそうするだろうよ。違うか?」
「…………」
沈黙はしばし。
「……ああ。ラムダ先輩なら、そうするだろうな」
だが、何をどうやって、突破口を作るつもりなのか――
ぱん、
小気味のいい音が、それまでに輪をかけて沈もうとした部屋の雰囲気を引き戻した。
「はいはい。眠る前に難しい話なんかしちゃ、逆に目が覚めちゃうわよ」
手を叩いた主は、全員の視線が集まったのをたしかめると、それぞれの空になったカップを集めて流しに浸ける。
「あ、手伝います」
「そう? ありがと」
洗い物を始めたリプレの横に、も並んだ。
後ろに残された全員が苦笑する気配が、かすかに伝わってきた。
「――そりゃそうだな。俺たちがごちゃごちゃ云って、どうなるってもんでもねえ」
「違いない。後手にはなるだろうが、あちらさんが動きを起こさんことにはな」
「まあ、奴さんたちも、もうしばらくは大人しくしてるだろうよ」
椅子をひいて、それぞれが立ち上がる気配。
「ほれ、レイド。おまえさんももう寝ろ。ただでさえ今日は、騒動だったんだからな」
最後にエドスに促され、レイドも席を立った。
「気になんなら、俺が街で話でも集めてやろうか?」
「そうだな……今できることは、それくらいか」
フォローの意味もあるガゼルのことばに、ようやくレイドがことばを返す。
そして、部屋にあった気配がひとつ減り、またひとつ減り。
「で……ジンガは寝ないの?」
カップだけ、という簡単な洗い物を終えて、とリプレは、座ったままの少年を振り返って。
「……」
「寝てるし……」
机に上半身突っ伏して、健やかな寝息を立ててる少年を見て、顔を見合わせたのだった。
……難しい話で、逆に眠れる人間もいるということだろう。
ていうか先に出て行った一行、気づいてたんなら起こしていけよ。
ここに置いて行くか、それとも部屋まで誰かに引きずっていってもらうか。
悩むリプレとの結論が出るのは、ようやくエルカを落ち着かせたハヤトたちが、こちらを覗きこむまで続いたのであった。