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-メトラルの魔眼-




 つくづく、おまえらってトラブルメーカーだな。
 自称では気にならないものの、やはり人に云われると気になるらしい。
 朗らかな笑みでガゼルへのカウンターにかかったトウヤはおいといて、一同は、玄関で突っ伏したままのハヤトに視線を移した。
「……」
 嵐が去ってからようやく出てきたバルレルにしても、非常に何か云いたそうにを見ている。
「……ごめんなさい、ハヤトさん。生きてますか?」
 とりあえず。
 パラ・ダリオ後よろしく痺れたハヤトに、はあふれる同情を隠せないままそう訊いた。
 責任の一端はたしかに自分にあるとは思うのだけど、ハヤトだって充分見事なタイミングの悪さだとは思う。
 アヤとナツミが、開け放たれたままの玄関を見て、ハヤトを見て。
 彼の隣で同じくしびれてるモナティを見て。
「……モナティも、だいじょうぶ?」
「うにゅう……」
「きゅきゅーう」
 ぐるぐる目をまわして倒れたままのレビットの少女は、相棒のことばにさえ応えることが出来ず、やっぱり痺れて固まっていたのだった。


 話の流れ自体は、そう難しいものではない。
 あのあと――マーン家の屋敷から全力で逃亡したトウヤは、とエルカをひっつかんだままフラットに帰宅。
 彼としては、唯一まともに召喚師としての修練を積んでるソルたちに相談しようと思ったらしいが、生憎、彼らは出かけてて留守だった。
 仕方がないので、先にエルカから事情を訊いてみたところ――
 かなりのケンカ腰な会話が一部あったが、割愛して。
 なんとこのエルカさん、予想どおりメイトルパの住人。
 メトラルという種族の長の娘であり、召喚術によってこの世界に喚び出された。
 ……のは、まあ、いいとして。
 問題は、彼女自身が彼女の召喚主を、よりにもよってぶちのめして飛び出してきたという事実。
 相手が何かやったのか、それともそうしたくなるほどに、根本的にソリが合わなかったのか。
 とりあえず、すんだことはすんだこと――そう片付けるわけにはいかなかった。
 エルカがマーン家に忍び込もうとしたのは、彼らが召喚師であることを知っていたからだ。
 そしてその目的は、『元の世界に帰る手段を得る』ため。

 ――ところがどっこい、召喚術にはこんな大原則がある。

 『召喚した本人でなければ、その召喚獣を送還することは出来ない』

 つまりだ。
 召喚主をこてんぱんにして逃げてきたというエルカは、その時点で、メイトルパに帰る手段を失ったということである。

 勿論、彼女はそれを信じようとしなかった。
 アヤやナツミ、トウヤに、おまけにモナティもまじって、入れ替わり立ち代わり説得したのだけれど、頑として受け入れようとしなかった。
 それは当然だろうと思う。
 アヤたちもそうだったろうし、だってそうだった。
 いきなり見知らぬ世界に喚びだされて、挙句「もう帰れません」なんて云われたって、そんなことあっさり信じられるはずもない。
 それでも、アヤたちはまだ、召喚主だろうソルたちがいる。
 は、養い親のおかげですっかりこの世界に根づいている。
 でもエルカは、そのどちらもなくて。
 ――同じことしか繰り返さないこちらに、彼女が激昂するのは、当然のことだったのかもしれない。
 もういい! と、フラットを出て行こうとしたエルカに、玄関でぶつかったのはハヤト。
 ちょうど、アカネの修行を終えてアルク川にとトウヤの姿がないのを見、仕方なく戻ってきたところだったのだ。
 結果、見事に正面衝突。
 それでもハヤトはがんばった。
 捕まえてくれ、との唐突な要請に応えて、反射的にエルカに腕を伸ばしたのだ。実にそれは誉められるべきところだと思う。
 思う……けど。
 キレてしまったエルカは、こちらの予想を上回る行動に出た。

「メトラルの魔眼だな」

 ハヤトとエルカの症状を見て、バルレルがつぶやく。
「魔眼――」
 そういえば、トリスが話してくれたっけ。
 あの戦いの折、終盤も終盤、ギエン砦でビーニャと戦ったとき。レシィが、不思議な瞳の力で魔獣たちを石化させた、って。
「本来は、睨んだ相手を石化させる能力だ。痺れる程度で済んだのは、ま、運が良かったってことかもな」
 そう。
 エルカがハヤトを睨んだ瞬間、彼女の双眸が光を放ったように思えた。
 追いついたたちは、そう見えた。
 次の瞬間、ハヤトはばったり玄関に倒れ、それを見てマスター心配の心でダッシュをかけたモナティも、魔眼の餌食になってしまったのである。
 結局エルカには飛び出されるし、ハヤトとモナティという被害は出るし――
 特にハヤト。
「やれやれ、災難だったなぁ、おまえさん」
 苦笑を浮かべたエドスが、よいしょとばかりにハヤトとモナティを持ち上げる。 
 痺れてて動けない彼が、とほほとばかりの表情になっていたのは、ま、気のせいではなかっただろう。

 ・・・ご愁傷様でした。


 と、それで話が済めば、世の中には意地っ張りなんてたぶんいない。
「俺ってもしかして、不幸?」
「まあまあまあ、そんな落ち込まないでくださいー」
 てゆーか、本当にごめんなさい。
 とっぷり日も暮れかけたスラムを歩きながら、はぺこぺこ頭を下げていた。
 誰に? ――当然、ハヤトにだ。
 彼らの身体が復調するのを待って、たちはエルカの捜索に出た。
 同じメイトルパ出身ということでモナティが気にしていたし、何よりハヤトたちも、エルカをあのまま放ってはおけないと云ったから。
 さすがに呆れていたガゼルも、懸命な説得に結局折れた。
 勝手にさせてやれ、という彼のことばに、ハヤトたちは云ったのだ。
 自分で選んだわけでもなく、こちらに喚ばれてしまった彼女を助けたい、と。
 フラットの彼らが自分たちを助けてくれたように――と。
「ケケケッ、不幸だ不幸。じゅーぶん不幸」
「こーら、まーちゃん?」
 他人の不幸はなんとやら、違う、ニンゲンの不幸は蜜の味。
 声を立てて笑うバルレルの後頭部を、腕を伸ばしてナツミが叩く。
「なんだかなあ、もう。アカネにはさんざん付き合わされるし、川に行ってもたちいないし、帰ったらいきなり痺れさせられるし……」
「ごーめーんーなーさーいー」
 指折り数えて本日の不幸を挙げるハヤトに、はもう、頭をひたすら下げるだけ。
「ハヤトもいいかげんにしなさいよ。半分面白がってるでしょ?」
 そこに助け舟。
 ありがとうナツミさん。
 悪事(?)が露見したというのに、ハヤトはあっけらかんと笑って、
「あはは、バレたか」
「ハヤトさん〜」
「ごめんごめん、だって見てると楽しくってさ」
 ぽんぽん、と。
 ちっちゃな子をなだめるように、ハヤトはの頭を軽く叩く。
「ケ、つまんねぇ」
 ちっとは負の感情寄越せよテメエら。
 どうせ判ってはいたんだろうけど、あえて不機嫌顔になるバルレル。
 無理無理、と、ハヤトとナツミが揃って答えた。
 ……うん、まあ、たしかに。
 この人たちに、バルレルの好むような負の感情を期待するってほうが、たぶん間違ってる気がする。
「それにしてもエルカちゃん、どこ行ったんでしょうね?」
「そうだなあ……またマーン家に行くような真似なんかは、してないと思うんだけど」
 事情は聞き取り済みのハヤトが、あたりを見渡してのつぶやきに答える。
 たしかに、いくらなんでもそんなことはしないだろう。
 今日の昼間騒動をやらかしといて、また夜に突撃かけるようなことは。……いくらなんでも。
 ――だがしかし。
 たとえエルカ自身が出向かなくても。

「な、何するのよ! 離してッ!!」

 あちらさんが出向いてきたならば、それはもう、しょうがないこと。……なのだろう。


 路地の先からの声を聞いたのは、たちだけではなかった。
 いちおう何手かに分かれて出たものの、そう時間が経ってないせいもあったのだろう。
 エルカ捜索に出た全員が、彼女の声を聞いてその場に集まるまでに、さして時間はかからなかった。
「おうおう、ぞろぞろ出てきやがったぜ」
 片手でエルカを押さえた男が、駆けつけた一同を見渡して云った。
 なんというか、即座に『=ヤクザ』と連想できそうな格好をした人である。傍らに佇む、きんきらきんのカムランよりかはマシだけど。
 で、その反対隣。
 頭髪の後退具合が微妙な、痩せ気味の小男――そんな印象がぴったりの男性が、忌々しげに一同を見渡した。
「フン、やはり貴様らの差し金だったかッ!」
 やはりってなんだよ、やはりって。
「まったく……我らマーン三兄弟も、虚仮にされたものですね」
 ……そこのきんきらきんの人、もといカムランさん。出来ればしゃべらないでほしい。
 バルレルが不機嫌になるから。
「わー、マーン三兄弟勢揃いだ」
「あ、やっぱりあの人たち、そうなんですか?」
「うん」
 半眼になってつぶやいたナツミに問えば、こっくり頷きが返ってくる。
「エルカを捕まえてるのがキムラン、頭ハゲかけてるのがイムラン、で、あのきんきらきんが――」
「カムラン、ですね」
 そうそう。
「つーか、3人揃うと目に痛いな……」
 兄弟のくせに、なんであんなに似てないんだよ。
 今さらながらにつぶやき、隣のレイドをして苦笑させてるガゼルのことばに、思わずも同意してしまった。
 神経質そうなイムランに筋肉質なキムランに、ナルシーちっくなカムラン。
 いや、なんか、目に厳しい兄弟だ。
 とかいう感想はさておいて――
「とにかく、エルカちゃんを放してあげてくださいっ!」
 ぴっ、とアヤが一歩前に出て告げた。
「出来ねえなぁ?」
 そして、予想どおりのお返事をするキムラン。
「これまでの恨み、ここで晴らしてさしあげましょう」
 カムランのことばにバルレルがますます、気色悪げに顔をしかめた。
「我ら兄弟の力、思い知れぇッ!」
 ……やれやれ。
 どうにもこうにも乗り気にならないまま、マーン三兄弟とのバトルはそうして始まったのだ。


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