とまーちゃん行方不明から数日、のどかな日々が続いていたある日のこと――つまり本日の日中。
は、何故かトウヤと並んで商店街を歩いていた。
最初から、このふたりだったわけではない。
元々はハヤトとも一緒に、アルク川あたりで剣の稽古をしようかと、散歩がてらに出かけたのだ。
そうしたら、先日の騒動の折、自分から「実はくのいち」と暴露をかましたアカネと遭遇して。
彼女の修行とやらに付き合ってくれ、と頼まれて。
じゃんけんで公平明瞭に決めた生け贄一名、提供してきたというわけである。(「一抜けで勝った奴出すか普通ッ!」ハヤト談)
「ハヤトに尊い犠牲になってもらったのはいいが……」
周囲の人々に視線をめぐらせながら、トウヤがぽつりとつぶやいた。
二人の足は、一応、アルク川に向かう道を進んでいる。
が、
「考えてみたら、僕一人と君とじゃあ、稽古にならないんだよな。ハヤトがいてようやく、当てるかどうかの勝負になるわけで」
「そうですか?」
「そうだろう?」
最初の二文字は同じながら、あとの三文字は別の疑問――もとい確認。
「バノッサ相手に1対1でぶつかって、おまけに騎士団の集中攻撃もあっさり避けるような人じゃないか、君は」
たぶん僕だけじゃ、君に攻撃を避けられて疲れ果てるのがオチだよ。
「いや、でも、あたしはまともに剣を受けるのは力の関係で難しいから……」
「うん、アカネ並に素早いね。もしかしたら彼女以上に――だから、まともに稽古になる気がしないのさ」
そう云いながら、トウヤにさして悔しそうな様子はない。
ハヤトなら、稽古でもなんでも、負けるとけっこう盛大に悔しがるのだけれど。
そうしてそこから奮起して、さらに熱く燃えるタイプなんだけど。
トウヤはたぶん、それとは逆。
静かに事実を受け入れて、表には出さずに熱を蓄えるような人だ。
その証拠に、ほら。
「かといってわざわざ受けてもらうのも、ちょっと気は進まないし」
……こういう部分では譲る気がないというのが、実に。
となると、解決策はひとつ。
「今から戻って、ハヤトさんと交代してきましょうか?」
問うのノリは、囚われの王子様を助けに行くヒロイン、ってなもんである。
けど、トウヤは首を横に振る。
「いや。一度決めたことだから、それは最後までやらせないと意味がない」
そして、ひとつ頷いて。
「ハヤトが追いつくまで、釣りでもしてようか」
ふと目についたと思われる釣具店を見て、そう提案したのである。
いいですね、と、も同意しようと口を開きかけた。
その矢先、
「……ん?」
釣具店を見ていたトウヤの眉が、つと寄せられた。
「はい?」
どうかしました?
彼の視線を追って、も視線をめぐらせる。
買い物客や散歩中の人なんかでそこそこ混んでる商店街の道路の一角に、ひときわ目をひく存在がいた。
――などと云ってしまっては、もある意味同類になってしまうのだが。
そこにいたのは、ひとりの少女。まだ、幼いということばをようやく卒業したくらいの。
肩より少し上の、赤い髪。
遠めでちょっと判りづらいけど、たぶん緑色の目。
動きやすさ最優先なのか、白い布地に赤い縁取りがあるだけの、けっこう肌の露出の高いシンプルな服。
そして、特筆すべきは、頭の両側からひょっこり生えた二本のツノ――
彩りを見てとって、はトウヤに向き直る。
「もしかして、あの子……?」
「ああ。この間話しただろう? 君と似た色をした、――たぶん、召喚獣だよ」
「ですね……」
少なくとも、ハーフなどでない限り、リィンバウムの人間にツノはない。
ましてやサイジェント付近で、あんなにお肌だしまくりの格好しているような人もいない。
必然的に、解答はしぼられる。
「どうしたんでしょうね? 何か思い詰めてるみたいだけど」
「もそう見えるのか……」
どうやら、トウヤも同意見だったらしい。
少女から視線を外すと、つとを見下ろして、
「予定変更してもいいかい? ハヤトには後で謝ろう」
「はい」
“謝ろう”が“謝ってやろう”に聞こえたような気がしたものの、は素直に頷いて。
早足に歩き出したトウヤの後を、一歩遅れて追いかけだした。
そう――それが、きっかけ。
声をかけるタイミングを見つけきれず、とトウヤはひたすら少女を追いかけるだけ。
それでも、彼女がどこに行こうとしているのかは、進む方向を見ていれば見当もつく。
だんだんと豪華になる周囲の道や家を眺めて、は、思わずゼラムの高級住宅街を思い出していた――つまりはそういう区画なのだ。
それはいいのだが、あのツノの女の子は、こんなところに何の用があるのだろう?
「……やっぱり」
「はい?」
あの子の行き先に、何か心当たりがあるんですか?
問いに応えるのは頷き。肯定のための。
「アヤたちが話してたんだ。この間モナティと出かけたときに、彼女がこっちの方に入り込んでいくのを見かけた、って」
「じゃあ、貴族たちに何か用事があるんでしょうか?」
あんまりそうは思えないんですけど――
「ああ、僕もそう思う。……でも、ここから先にはもう、それこそ貴族や召喚師たちの屋敷ぐらいしかないはずだし……」
つぶやきかけたトウヤの口が、ぴたりと閉ざされた。
「……召喚獣が、召喚師に、か?」
自問めいた彼のつぶやきは、次に彼自身に否定される。
「いや、ありえない。この街で召喚師として大手を振っているのは、マーン三兄弟くらいのはずだ」
「マーン三兄弟……」
もしもの話、があと何年か名もなき世界で過ごしてたら、こんな歌を知ってて、思い出したかもしれない。
だ○ご三兄弟っ♪
――もとい。
マーン三兄弟っ♪
閑話休題。
おうむ返しにつぶやいたに、トウヤは、ああ、と目を向けて。
「そうか。はあまり逢ったことがなかったっけ?」
アルク川で花見をしていたり、暴動が起こったときに工場区で戦ったり、
「この間、サーカスでひと悶着起こしたのもたしか――」
「そう。彼がカムランだったね。花見のときにガゼルが衝突したのがイムランで、工場区のときに僕らが戦ったのがキムラン」
考えてみたら、三兄弟全員と揉め事を起こしたことになるわけか、僕らは。
ため息混じりのトウヤのことばに、思わずは吹き出してしまった。
そんなを、ちらりとトウヤが見る。
口元に刻まれた笑みに、すわ口撃くるか!? ――身構えたものの、それはなく。
「どうせ、僕たちはトラブルメーカーだよ」
笑いながら云う彼に、逆にが目を見張ってしまった。
少し拗ねたようなその口調は、あまり、トウヤのような人がするものとは思えなかったから。
思わず正直にそう云うと、今度はトウヤが少しだけ、目を丸くした。
「そうかな? 僕は別に、意表を突こうって思ったわけじゃないんだけど」
「うーん、でも、ちょっと意外でした。真面目な高校生、って思ってたから」
「……、そうかな」
少し間をおいて、トウヤが苦笑する。
「たしかに、先生たちの受けはよかったけどね。僕は君が思うほど、真面目でも堅物でもないつもりだよ」
だいたい、融通が利かないといえばキールやクラレットなんか、いい例じゃないか。
髪の毛外はねコンビの名を挙げられて、思わず頷く人間が一名。
というよりも、セルボルト兄弟は根本的に足場にしているものが違う気がする。
花見を知らなかったり、そもそも外を無目的に出歩くっていうのに意味を見出せなかったり。
「あ、でも」、
つらつらと思い返して、は、ぽん、と手のひらを合わせた。
「最近は結構、そんなこともないみたいですよ」
ラミちゃんに絵本読んであげてたり、スウォンさんのハルモニウス演奏聴いてたり――
そのあたりを挙げ連ねようとしたのことばは、トウヤの腕とことばで遮られた。
「シッ」
意図をすぐに察して、も視線を正面に戻す。
会話の間も休むことなく進行中だった尾行は、ここで終わりを告げた。
区画の奥まったあたり、周囲の建物と比べても一際華やかな印象の屋敷。
ふたりが追いかけていたツノの女の子は、その前で立ち止まっていた。
前と云っても、門の前じゃない。壁の前。
「……不法侵入でもするつもりかな?」
なら、離れた場所から助走つけてジャンプして、なんとか手が届くくらいの高さだろうか。あの女の子が召喚獣なら、それくらいはしてのけそうだけど。
あ、そっか。
なんとなく、誰かを思い出すと思ったら。
レシィだ。
まだ今ごろはメイトルパにいるんだろう――まさか中途半端に召喚されて泣き喚く羽目になるとは思ってないだろう――メトラルの少年。
彼のツノは折れていたけど、あの女の子の内巻きに生えたツノは、なんとなく彼のそれを連想させた。
……てゆーか、尻尾があるしね。あの子も。
ぱたぱたと揺れてる彼女の尻尾は、ネコでもいたらとたんにじゃれつきそうだ。
そして。
ぐっ、と、彼女は腰を落とした。
おいおいおい、ちょっと待て。
「うわ、本気!?」
「、声が――」
警備がいるかもしれないとか、下調べがどうだとか。
んなもんちっとも考えてなさそうな彼女の行動に、思わずは声をあげていた。――なかなかの大きさで。
トウヤの制止も、一瞬遅い。
「えっ……?」
そうして女の子は、地面を蹴った瞬間、の声に気をとられて振り返る。
弾みで、壁にかけようとしていた手が、見事に外れた。
「っ、きゃああぁぁぁあぁッ!?」
叫び。落下音。激突音。
連続して響いた音の主は、あえて記すまでもあるまい。
気になるのは最後の激突。これは、すべりこんだが女の子を見事に背中に受け止めた音ではあったのだが。
一歩遅れて駆けつけたトウヤが、呆れた表情でふたりを――というか、を見下ろした。
「スライディングが多いな、君は」
「う、嬉しくないです……」
背骨が変な風に曲がったらどうしよう。
「あ、あんたたちねえっ!? いきなり何のつもりよ!?」
嘆くの背から飛び起きて、女の子ががなる。
がなって――を見て、動きを止めた。
「……緑の眼……メトラル?」
「違う違う違います。あたしはツノありません」
ここで、『生き別れのお姉さんよ!』とか叫んで抱きついても面白そうな気はしたが、後が恐ろしいのでやめておく。
ぱたぱたと手を振って否定するを見て、少女は小さく肩を落とした。
その、少し気落ちした様子に。
何かことばをかけようと模索した、その瞬間。
「じゃあ何ッ!? ニンゲンが、エルカに何の用なのよ!? いきなりジャマなんかしてっ!!」
うっわ。すんごいケンカ腰。
警戒心と敵愾心ばりばりの少女――エルカのことばに、もトウヤも思わず絶句した。
「いや、あの、あたしたちは――」
「ええい! 人の屋敷の前で騒いでいるのは何者だッ!?」
説明しようと口を開いたら、今度は壁の向こうからジャマが入る。
……って。
壁の向こう?
トウヤが、ぎく、と顔に書いて壁を……正確にはその向こう側をだろう、見据える。
「今の声は――」
「落ち着けよ兄貴、オレがちぃっとシメてきてやらぁ」
彼のつぶやきにかぶせて、なんだかドスの利いた男の声。
「そうですね。私たちの華麗な午後を台無しにするような輩には、きちんと思い知らせてあげなければ」
最後に、にも聞き覚えのある、どことなくナルシーなかほりのする男性の声。
……えっと。噂をすればなんとやら?
「やっぱりマーン家か、ここは……!」
あんまりといえばあんまりな展開に、の頭は真っ白になったけど。トウヤは、ちゃんと行動に出た。
「きゃあっ!?」
「へっ!?」
壁の向こうの声に気をとられていたエルカの腕を掴み、ついで、まだ地面に寝そべっていたをもう片方の手で引き起こし。
「逃げるぞ!」
そのまま少女ふたりを引っ張って、後ろも振り返らず全力疾走。
――でも。
もし一度でも振り返っていたら、門から出てきたカムランが、自分たちを見つけたにも関らず、あえて追おうとしなかった姿を、見れたかもしれない。