――どういうことだ。
その伝言を耳にした瞬間問おうとした口は、けれど、すんでのところで閉ざすことに成功した。
「では、たしかに伝えました」
少なくとも表向きだけは敬意を払い、使いはすぐに姿を消す。
夜の闇から現れた黒ずくめは、やはり同じように、夜の闇に解け消えた。
その気配が――少なくとも自分たちの察知できる範囲で――完全に消えるのを待って、彼らは顔を見合わせる。
「……どういうこと?」
キールが口にしそこねた問いは、カシスがつぶやいた。
文書としてさえ残されない、口頭でのみ伝えられた“父”のことばが、4人に動揺を生んでいる。
「なんで……こうなるんだ……」
額に手を押し当てて、ソルがぽつりと云った。
それは、この場の全員の気持ちだった。
彼らが抱いた、疑問だった。
使いは告げた。“父”のことばを、“子供”たちに。
『“魔王”は“二”顕現している』
『一は汝等の傍ら、一は白き焔の傍ら』
『後者もその街に存在する。発見し、ともに目を離さず、その正体を見極めよ』
――“一”は判る。
最近やっと、屈託なく笑みを交わせるようになってきた、4人の男女。
力の真実を見極め、早く手段を見つけて元の世界に戻すのだと、心に定めた彼ら。
――“一”も……判る。
判りたくない、けれど。
思い当たる存在は、ただひとつ。
「どうして……っ? どうして、気づかれてしまってるんですか……!」
私たちは、あの人に彼らのことを、一度だって報告してないのに。
いや、すいません。自業自得です。
“一”とご指名を受けた魔王の連れがいれば、手をぱたぱた振って遠い目でそう云ったかもしれない。
だが、今、この夜の闇に佇んでいるのは、彼ら4人だけ。
クラレットの力ない叫びに、兄弟たちは応えるすべを持たなかった。
儀式を暴発させたツケは、どこまで自分たちに食いついてまわるのだろう。
身をおいていた派閥の召喚師たちの命を奪い、どこと知れぬ世界にいた彼らを喚び寄せ、あまつさえ予定外の魔王らしき存在まで。
責任をとらねばと。
派閥に対して、そして巻き込んだ彼らに対して。
その思いで、この、相反する立場を選んで、自分たちはここにいる。
けれど。
いつまでこれが続けられる?
決定的な答えを何も得ないまま、時間だけがただ過ぎていく。
いつまでこのままいられる?
いつか来る、選択と――そして決別が。
その、予感が。
まだ選べないでいる、彼らをひたすらに苛――
「待て――――ッ!!」
む隙さえ与えずに、曰く魔王の連れであるだろうところの少女の声が、静まり返った路地に響いた。
「ッ!?」
まさかこんな夜中に出歩くと思っていなかったキールたちは、唐突なその声に、ワンテンポ遅れて振り返る。
ざざあぁッ! と、角を曲がり、土煙を上げて疾走してくるふたつの人影が、彼らの視界に入った。
前方を走る――つまりこちらに近い方は、立派な体格をした男だ。しかも見覚えがある。
「キムラン・マーン!?」
「げげっ! 待ち伏せかよ!?」
ソルが声を上げたと同時、キムランもこちらに気づいたようだった。
待ち伏せって何だ、と問いたいところだが、そうも云ってられないようである。
一瞬、左右を確かめるように動いたキムランの視線は、だが、諦めたように正面に戻った。
奥まったこの路地、珍しく枝道や横道が存在しない。ただ、一本の道が前後にあるばかりなのだ。
そして彼は、以前工場地で対峙したときそのままに、愛用のドスを引き抜く仕草を見せる。
そこに声が響く。
キムランの後方、彼を追っている人間――の声が。
「とりあえず、ぶっ飛ばして――――!!」
夜の闇を突き抜ける、蔭りのないその叫び。そうしてくれると信じて疑わない、彼女の声に。
もう、何も考えず。ただ、応えたいと思った。
つ、と足を踏み出し、キールは懐に手を当てた。
魔力に応え、すぐにサモナイト石の脈動が伝わってくる。
「――古き英知の術により、与えられし痛苦において汝に命ずる……」
その声は、の叫びの名残さえ消えた路地に、静まり返った一帯に、予想外の大きさで響く。
呪を耳にしたキムランは、力ずくで駆け抜けるのは不可能だと判断したのだろう。足を止め、襲いくるだろう召喚術に対して迎え撃つ姿勢を見せた。
だが同時に、同じくその呪を聞き取ったが、ぎょっと目を見開いた。
「要らないパス! 召喚術止めてやっぱりあたしが叩く!!」
「え……!?」
「なっ、オイ、そりゃねえぜ!?」
前方からの召喚術に対して構えていたキムランが、あわてて振り返った。
彼が後方を気にしなかったのは、何も、を甘く見ていたからではない。
キールの発動しようとしていた召喚術の威力を計算し、巻き込まれる範囲、つまり接近戦にまでは、術が終わるまでは迫られないと計算してのことだったのだろう。
が、その目論見は見事に灰燼に帰すことになった。
赤い髪の少女は、彼の予想外の速さで接近し、そして――
……鈍い音とともに、マーン家の次男は、路地に突っ伏す羽目になったのである。