直後。
すんげぇ胡散臭げな視線が、の頭上から降って来た。
「オイ。テメエ何した」
あからさまに怪しんでるそれは、バルレルのもの。
どこまでも自分のペースを崩さない魔公子様の声に、は、それまでの震えもどっちらけ、がっくり肩を落とす羽目に。
「何もしてない!」
もとい、何かする暇がどこにあったのよ!?
「だよなァ?」
「痴れ事を……」
わめく、いぶかしげながらも同意するバルレル。
そこに、再び男の声が響いた。
「忘れたなどとは云わさんぞ――貴様のおかげで、我が望みは一度阻まれたのだからな!」
「忘れたも何も、知りませんって! 第一、あなたとは初対面でしょうっ!?」
「この期に及んで、まだ白を切るか……!」
「……いや、初めてじゃねぇぞ」
よく見ろ。
男の語尾にかぶせて、バルレルがぽつりとつぶやいた。
幸い男にそれは聞こえなかったらしく、あちらさんは、憎々しげな視線をこちらに向けるばかり。
それをよいことに、は、未だに闇に佇む男を改めて凝視した。
長い黒い髪、髭、あとはいかにも召喚師然とした――どことなく接近戦対応に見えなくもない衣装。
眼は、黒。
というか闇。底知れぬほど淀んだ、出来ればあんまり直視したくない双眸。
そして全体から受ける印象は、まさに、闇に浮かぶ影。
「……あ。」
そのシルエット。
たしかに、には見覚えがあったのだ。
それは、この時間に飛ばされてきた、いちばん最初のあのとき。
ソルたちに命令を下していた男の後ろ姿。それが、目の前の影に重なって。
――それは、つまり。
そのことは、要するに。
何を、それが示すのかというと。
のつぶやいた「あ」を、男は別の意味でとらえたらしい。
さらに口元を釣り上げ、一歩、たちに向けて足を踏み出す。
「そうだ。……ようやく思い出したか? 我が名はオルドレイク」
――オルドレイク・セルボルト。
「無色の派閥の大幹部、セルボルト家の当主だ!」
「頭髪後退中のか」
うっわぁ、バルレル容赦ない。
本人もそれは気にしていたのだろうか、それまでの比でない眼光でもって、たちをギロリと睨みつけた。
「おのれ……! 一度ならず二度までも愚弄するか!」
「これが一回目のはずですが……」
「白を切るなと……云っておるだろうがァッ!」
迸る、紫の光――禍々しく、闇に染まった力の具現。
「その身に刻まれし痛苦において、汝の為すべき誓約を果たせ! 砂棺の王よ!」
止める間もなく――いや、果たして、ちょっかいを出す暇があっただろうか。
詠唱自体は短く、けれど、応えて現れた召喚獣の力は強い。にさえ判るほどだ、バルレルに至っては造作なく、その正体を見抜いてのけた。
「うげッ、呪い系かよ」
出現したそれを見て、彼は露骨に顔をしかめる。
「呪い?」
「おう。間違っても、アレには憑依されんなよ。数分で命食われるぞ」
「んなっ!? そんなのアリ!?」
どうせ憑依させてくれるなら、エールキティとかのほうが、なんぼかかわいげが!
けれど。
そんなのことばに、バルレルはあからさまに眉をしかめ、
「ヤだぜ、オレ。あんなオヤジがネコ喚ぶ光景なんか見たくねえ」
「・・・・・・」
――魔法少女なイメージで、しばらくお待ちください――
(効果音:きゃぴーん♪ たらりらり〜♪ きゅきゅるっぱー☆)
「ぶっ……」
「な、イヤだろ?」
青ざめて座り込んだを哀れみの眼差しで眺め、バルレル、しみじみそう云った。
「貴様らアァァッ! どこまで……どこまで人を虚仮にすれば気が済むのだッ!!」
そこに響く、オルドレイクの怒声。
メスクルの眠りが広がっているせいだろうか、人通りのない北スラムに、それは寒々しく響き渡る。
てゆーか。
ゴメンナサイ。
なんか今までのやりとりで、この人の持ってるありえないレベルの闇とか常識はずれの召喚術とかへの恐怖が、笑いに押しのけられました。
「そりゃどうでもいいとしてだ。誤解があんならさっくり解け。オレはこれ以上、厄介ごとしょいこみたくねぇ」
砂棺の王、と称された召喚獣の接近を軽々と阻みながら、バルレルがにそう告げる。
うん、そうしたいのはやまやまなんだ。
「でも本当にあたし、原因とか思いつかないんだけど」
だいたい、の名前呼ばれたってことは、ここに出てきてからでしょ? あたしたち、この人に関る暇なんかあったっけ?
「だよなァ」
結局、もバルレルも、ちゃんとした答えなんてもってない。
故にふたり同時に目を向けた先は、砂棺の王の攻撃を弾かれ、呆然としているオルドレイクで。
「オイ、オッサン。人違いじゃねえのか?」
コイツとテメエじゃ、どう考えても接点ねぇぞ。
「貴様……何者だ」
「あぁ?」
「砂棺の王は、我がセルボルト家に伝わる秘術……それを弾き返すとは、貴様いったい何者だッ!?」
「・・・・・・」
バルレルの問いを完璧にシカトして、オルドレイクが叫ぶ。
そうして彼のことばに、とバルレルはまたまた顔を見合わせた。
えーと。そういうことを訊くってことは、つまり?
「……あの人、まーちゃんは知らないってこと?」
あたしの今の名前は知ってて?
「どーいうこった? オマエまさか、オレの知らねえうちに、アイツにちょっかい出してたんじゃねぇだろうな?」
「出してない! だからそんな暇なかったでしょっ!」
つーか、オルドレイクさんなんて、今初めてまともに顔見たんだよ!?
「とぼけるなと云っておるだろう! 貴様はあのとき――「あァ、もう、面倒くせぇな」
ブッツン。
の頭上から、何かがキレる音がした。
「……」
たしかめなくても判る。
よくここまで保ったものだと、逆に誉めてあげたい。
ちっとも覚えのない云いがかりの山にうんざりしてたのは、だけではないのである。
「ぐだぐだぐだぐだクソやかましいんだよッ! コイツは身に覚えがねェつってんだろうがッ!」
集う。力が集う。
周囲に漂っていた、あの儀式からの残り香――サプレスの霊気を、バルレルが強制的に集めているのだ。
そんじょそこらの召喚獣の比でないその力の集約に、オルドレイクが目を見開いた。
「……その力……その魔力……貴様、まさか……!」
「うぜェッ!!」
さらに問いを投げかけられると思ったか、バルレルは、半ばにしてオルドレイクのことばを遮った。
次いで、オルドレイク目掛けて、凝縮した魔力の塊を投げつける。
黒い雷を連想させるそれは、あの日、デグレアや岬の屋敷でかの悪魔達の行った攻撃を思い出させる。
――けれど。
「……ッ!?」
ぱぁん、と、はじける音。
魔力球はオルドレイクまでは届かず、半ばにして阻まれる――砂棺の王と呼ばれた召喚獣が、その身を間に割り入れたせいで。
「テメェ……!」
「よくやった、我が下僕よ……」
昏い笑みを浮かべたオルドレイクのことばに、バルレルの魔力を手加減なしに受けた砂棺の王は、もはや応えるすべももたず。
けれど、漂っていたサプレスの力を伝って、その心が流れてくる。
――誓約で強いられていなければ。
「……ふざけやがって」
怒気をたぎらせるバルレルと反対に、オルドレイクは落ち着きを取り戻したようだった。
そのことば。たった今の、彼のことば。
この世界でカタチを維持出来なくなり、サプレスへと消える砂棺の王へかけることばは、彼が召喚獣をどう見ているか如実に表す代物。
でもって。
やバルレルの逆鱗を刺激するに、充分すぎる代物だった。
「バルレル」
「おう」
あえて、は、彼の真名を口にする。
呼気と殆ど変わらぬそれは、きちんと魔公子の耳に届いたらしい。
の感情と一緒に。
――怒るよ、これは。
あたしやバルレルだけじゃない。
トリスだってマグナだって――ネスティや、ギブソンさんやミモザさん、ミニスにルウ、それにユエル。
ううん、召喚師じゃなくたって。
召喚獣じゃなくたって。
……これは、どう考えても、激怒ものの仕打ちだろう?
……どつき倒したくも、なるだろう?
さて、くどいようだが、ここで改めて注釈しておこう。
とバルレル。
このふたりには、最終的な意味でストッパーがいないのである。