レイドとイリアスの勝負の結果について、たぶんは、どっちが勝ってどっちが負けたか、はっきり云えない。
最終的には、レイドが突きつけた剣がイリアスの膝を折らせたけれど。
その途中展開されたふたりの騎士の戦いは、本当に、見ているたちまで知らないうちに手を握り締めていたほど。
――そうしては、今、バルレルと一緒に、未だ人気のない道を歩いていた。
建物の中からは、容態の安定した子供たちのために、腕をふるって精のつく料理を製作中のリプレたちの話し声。
目を覚ますまで絶対安静だから、っていうか静かにしてなきゃ麺棒で脳天叩き割るわよ。
そんな脅しをかけられた男性陣ほぼ全員、及び、それに怖れをなしたその他数名は、安堵とともにフラットから追い出された。
ちなみに、例外として、スウォンは逆に引き止められた側。
せっかく持ってきた楽器、それに子供たちの世話をしてくれた礼もあるし、泊まって行ってね、と、麺棒云々とともにリプレが微笑んだからだ。
……今だからこそ、そんなこと云ったり、元気に料理してるリプレだけど。
たちが戻った直後なんか、すごかった。
扉を開けた瞬間、心配とか不安とかがないまぜになった表情で玄関に駆け出してきて。
薬を目にしたときなんか、もう、声も出せずにその場にへたりこんでいた。
ガゼルがいつもの憎まれ口で彼女のペースを取り戻させなきゃ、もっと、ずっと放心していたに違いない。
まあ、なんにしても。
良かった良かった――
そんな安堵たっぷりのフラットから出てきたとバルレルの向かう先は、実は北スラム。
の腰につけたポーチには、シオンがあのあと速攻つくってくれた、メスクルの眠りの特効薬が数人分。
「……しかしまあ、いちいちオマエもお節介なこったな」
ふ、と、呆れ半分笑み半分にバルレルがつぶやいた。
「だって、なんか気になって……北スラムって、なんか衛生状態悪そうだし」
他のゴロツキなんかどうでもいいけど、こないだ、カノンさん様子おかしかったから、もし体調崩してたらまずいでしょ?
子供たちが真っ先に伝染病にかかったのは、子供だから――抵抗力がまだ弱いから。
たとえある程度成長してようが、体調不良だかで抵抗力落ちてたら、かかってたっておかしくない。
そう云い張って、は、シオンの店を辞するときに、こっそり、薬を定価で購入させてもらった。
子供たちの分は代金不問でよかったけれど、こちらは完全に個人的な用事だし、と。
などと云いつつ歩くことしばらく、とバルレルの目の前に、北スラムの家々が見え出してきたころ。
「――?」
くん、と、バルレルが鼻を鳴らした。
いぶかしげに細められた彼の双眸は、直後、鋭さを増す。
「――こいつぁ……」
「……まーちゃん?」
誰が聞いてるかも判らない。
あえてその名を呼んだの前に、バルレルの腕が水平に突き出された。その意図は、制止。
「タチ悪ィ感情だな……」
「何かいるの?」
「いや。残り香だ。しかも、随分日数が経っててかなり薄い――」、
けどよ、と、バルレルは続ける。
「それでも、一帯の空気の凝りが残ってやがる……芯からねじくれまがったニンゲンだな、これの持ち主は」
「……バノッサさん、そんなにねじれてないと思うよ?」
「アレはただのバカ。これは、ヤツじゃねえ」
何気にばっさり酷いコトを云いつつも、バルレルは腕をどかさない。
「なんて云うんだろうな、ニンゲンなら……マジメに狂ってる、とか云えばいいのか?」
「・・・・・・」
真面目に、狂う、って。
つぶやこうとしたのそれは、果たして声になったのか。
なんていうか、あまり深く考えたくない表現だ。
どんなんだ、と。
つぶやこうとしたそれも、やっぱり声にならなかった。
そのとき。
「――――!!」
まさに。
バルレルの比喩を体現するかのような気配が、闇からにじみ出るように。建物の影の重なり合った暗い暗い部分から、ゆっくりと姿を見せたせい――
――電光石火。
気配が出現したのと同時、バルレルが、を抱えて飛び退る。
要した時間は、おそらく一秒もあるかどうか。
「ケッ……」
持ち上げられた口の端、小さく震える身体――それはおそらく、歓喜の証。
吹きつける黒い圧力を、バルレルは心底楽しんでいる。
サプレスの悪魔。狂嵐の魔公子。
彼の抱く二つ名を、改めては実感させられた。自身の震えとともに。
の震えは、バルレルのそれと違う。
これまで感じたことのない、黒い圧力。淀んだ闇、黒より深い黒。
の時間において1年前に感じた、あの悪魔達の意識や原罪の風ほどではなくても――それは、一人の人間が持つものとしては、破格に大きく昏く底知れぬ闇。
その持ち主が、口を開いた。
にいぃ、と、口の端をつりあげて、嗤いながら――
「やはり貴様であったか……白い焔」
たしかと云ったか?
――一文字たりとも違えず、闇の主は……にじみ出るように現れた男は、その名を口にしたのである。