ガガガッ、と、武器と武器がこすれる音、地面に金属が叩きつけられる音が連続して響く。
もうもうとわきおこる土煙に、その場の視界がひと時、完全に奪われた。
そうして騎士たちの手に残ったのは、昂ぶりの残滓と、武器が空を、地を貫いた感触のみ。
何の錯覚だ、彼らが首を傾げると同時、
「……あーあ。大人げないよ、アンタら」
つい今しがた彼らの囲まれたていたはずの少女の声は、騎士たちの背後から聞こえたのである。
「でも、ちょっと怖かった気が……」
もうひとつの少女の声は、最初の声の隣から。
手に残った感覚、そして、背後からの声。
先刻のイリアス以上に目を見開いた彼らが、視線を転じた先に――ふたりはいた。
ぴんしゃん、無傷、元気いっぱい。
服や髪に土ぼこりがまとわりついているけれど、特に傷を負った様子もない。
ふたりはそれぞれ、髪留めだかかんざしだかを片手で整えて。
「「ってか、攻撃が甘いッ!」」
と、異口同音にそう云って、ビシィと騎士たちを指差したのである。
「なっ――」
そこまで云われりゃ、またしても、彼らの頭には血が上る。
つい今しがた隊長から飛んだ一喝など、もはや意識の彼方だろう。
わざと挑発してるんじゃなかろうな、と、レイドなどは思ったらしい。
――そこに。
「キミたちよくもっ! うちのに手を出したなぁっ!!」
怒り絶頂の、カシスの声が響き渡った。
見れば、とアカネが大部分を引きつけていたせいか、随所で展開されていた戦闘の殆どはカタがついていた。
残っているのはここにいる兵士達、それから、奥まった場所にいるサイサリス。そしてレイドとイリアス。
他は殆ど、ソルやアヤたちの繰り出した召喚術、またはハヤトとトウヤの剣、及びジンガの拳でどつき倒されていた。
……まあ、体力で勝る騎士たちに最終的なトドメをさしたのは、ほぼ召喚術だろうけど。
それでも詠唱の間、召喚師たちを守りぬいたハヤトとトウヤも立派なものだ。傷もあんまりないし。
そんなふたりの横には、どうやらトウヤの喚びだしたらしいリプシーの姿。回復のためか、待機してくれている。……召喚術にも、かなり馴染んだってことなのか。
でもって喚び出したといえば。
「……覚悟しなさい!」
ちょっぴし据わった目で、カシスが、傍に控えしでっかいカバ(のような生き物)に指令を下す。
「って、カシスさんいったい何を――!?」
殺し合いじゃないって、イリアスさんも云ってたんですけど!?
あっけにとられた騎士たちよりも先に、があわてて問うけれど、時すでに遅し。
「ヒポスっ! あのへんの全員! 一気にヤッちゃえ――!!」
カシスが、そう叫ぶと同時。
ヒポスと呼ばれた生き物は、大きく息を吸い込んで――
ぽわ、ぼわ、ぼわゎ〜〜んっ
実に間抜けな音とともに、大量の煙を吐き出した。
ぽかんとしていた騎士たちは、あっという間にその煙に包み込まれる。
さっきの土煙の比なんかじゃない。
騎士たちが向かってくるだろうことを予感して身構えていたアカネとは、目を丸くしてそれを見守った。
……沈黙しばし。
やがて煙が晴れていく。
最後の残滓が風に流れて消えたあと、そこには、兵士達が健やかな寝息を立てて折り重なっていたのであった。
一番下の騎士、鎧と人間の重みで潰されてないだろうかと、ちょっぴり不安になったのは、まあ人として当然のことだろう。
そして、ぽかんとしていたといえば、イリアスもそこに含まれる。
どう考えても、今の多方向からの攻撃の餌食になると思われた少女たちが、こともなげにそれを避けてみせたのを、彼はその目におさめていた。
まず、土煙を破って飛び出たのが、黄色いマフラーを巻いた少女。
唯一空いていた隙間から飛び出してきたのが、赤い髪に白い髪飾りをつけた少女。
相対している相手の存在も忘れ、思わず武器を取り落としそうになったのは、もうしょうがないとしか云えない。
たしかに、サイサリスという存在を彼は知っている。
前任の騎士団長の血縁であり、今は自分の付き人を勤めてくれている少女だ。
あちらのふたりとサイサリスは、おそらく同じ年頃のはず。
けれど――どう表現すべきか。
違う、としか云えない。
儀式的な意味あいも多く持つ騎士団のそれらと違い、あの少女たちは、いかなる戦場であろうと的確に走り抜ける方法を体得しているとしか思えない。
やろうと思えば、あの状態から反撃に転じることも出来たはずだ。
「先輩……」
いつの間にか汗のにじんでいた手のひらから、ずるり、と、剣が滑り落ちかける。
そのことに気づき、イリアスは急いで柄を握りなおした。
眼前で苦笑しているかつての騎士を見、けれど、出てきたことばはただそれだけ。
「驚くだろう?」
あっちの彼女は――というんだが――、あのバノッサでさえも凌ぎきる技量を持っているんだ。
「……!」
その名は、イリアスも知っていた。
南スラムのフラットとは本質を異にする、北スラムのグループ・オプテュスのリーダー。
放っておけないと思いつつも手を出しあぐねていたのは、スラムなど取るに足らぬという上の人間たちの楽観もあったけれど――
「……あの、バノッサを、ですか?」
「――ああ。たいしたものだと思う」
私など、しばらく実戦から離れていたおかげで、すっかりやられてしまったんだがな。
「……信じられない……あんな女の子が」
「戦う人間に、男も女もないさ」
「それは、そうですが――」
「強くなりたいと思う心に終わりはないし、男女でその意志に差があるわけもない」
彼らを見ていると、つくづく、そう思う。
レイドの視線を追って、イリアスも目を動かす。
兵士達を無力化させたレイドの連れは――以前に城の近くで出逢った何人かもいた――は、他の兵士達をどつき倒したあとは何をするでもなく集まっている。
その誰もが、彼やレイドよりもはるかに年下。一部三つ目の妙なのがいるが、それ以外は普通の少年少女たち。
戸惑うように彼らと自分を見比べるサイサリスに、イリアスは小さく首を振ってみせた。
それから改めて、剣を構えなおす。
「自分も、そう思っています」
ずっと、貴方やラムダ先輩を越えたいと思っていました。――今も。
「そうだな。私も近頃――特に今は、強く思う」
何しろ自分の問題だけではない。子供たちの命が、この剣にはかかっている。
じり、と、地をこするレイドの足音が、やけに大きくイリアスの耳に響いた。
白い鎧の騎士と、黒い鎧の騎士が向かい合う。
「・・・・・・」
いつか見た既視感。
あのときはジャマが入った、騎士たちの一騎打ち。
遠い未来を思い返し、は他の皆と同じように、ただ、沈黙をもってふたりの騎士を見守った。
「――――」
知らず知らずのうちにの口からこぼれた、養い親の名。
それを聞き取れたのは、傍にいた魔公子だけだったろう。