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-騎士団翻弄される-




「――古き英知の……」
「遅ェッ!」

 詠唱を始めた召喚師から、光が迸るより早く。
 適当に調達した槍を手にしたバルレルが、柄の部分で召喚師の胴を横薙ぎに払う。
 全力、とはいかないまでも、久々に、広い場所で暴れられるのだ。魔公子の力の入りっぷりは生半可じゃない。
 下手なことは出来ないという意識もあって、大きな召喚術はさすがに使えないけれど、バルレルは肉弾戦も得意な部類。てゆーか、オールマイティぽい。
 特に今は青年姿だし、子供の姿のときよりスピードは落ちたけれど、一撃の威力は増している。
「……力加減間違えて殺したりとか、しちゃだめだからね」
 弓兵の放つ矢を身軽に避けて、は、付近に着地したときに、そっと囁いてみた。
 何しろ、単に今回は、イリアスに負けを認めてもらえばいいのだ。
 周囲の兵士たちの露払いはフラットの一行に任せ、レイドが、そのイリアスと正面からぶつかっている。
 いまさらだが――レイドはやっぱり、騎士団に元々籍をおいてたらしい。
 以前に起こった事件で、騎士団を離れたのだとのこと――道理で、イリアスがレイドを『先輩』と呼んでたわけだ。
 そして、そのイリアス。
 彼は、その先輩と久しぶりに手合わせできるほうが楽しいらしくて、えらく生き生きと武器を振るっている。
 金髪に白い鎧、赤いマント――どっちかというと力では他の騎士に一歩を譲りそうな感のあるイリアスだが、突きに関しては他の追随を許さないようである。
 剣と槍の違いこそあれど、イオスと勝負させてみたいと思ったほど。
 ……無事戻れたら、それも叶うだろうか?
 そんなことを思うに、やっぱりこちらもご機嫌なバルレルの声が聞こえた。
「そこまで我忘れっかよ。実際手ェ下すのは……」
 云いかけて、
「おら!」
 ヒュ、と、空を裂いて飛んできた矢から避けるため、を抱えて飛び退る。
 今までが避けてた矢より威力のあるそれは、イリアスとレイドの対峙している近くから飛んできていた。
 当たるとは思っていなかったのだろう、特に悔しそうな表情も見せず、むしろ無表情のままの射手は、次の矢を弓につがえた。
 たしか、名前はサイサリスと云っていた。
 トウヤとアヤが驚いた顔をしてたから、なんだろうかと訊いてみたら、サイジェントの城を眺めてたときに、不審人物と間違ってくれたのがそのサイサリスだったらしい。
 それで、出てきたイリアスに見逃してもらったんだそうだ。
 ああ、人の縁って意外と狭い。
「まーちゃーん!!」
 こっちこっちこっち!!
 ぶんぶか手を振りながら、カシスがバルレルを呼んだ。
 手にしているのは、緑色のサモナイト石。詠唱の間の護衛を頼むつもりだろう。
 ちらりとそれを一瞥し、バルレルは、「チ」とひとつ舌打ちすると同時に地を蹴った。当然、はその場に置いて行く。
「……あいつらに任せんだろ」
 去り際、ことばを最後までつむいでいくのも忘れない。
「うん!」
 そうしても、すでに背を向けたバルレルに、見えないと知りつつ笑いかけた。

 関ろうって決めた。
 開き直ろうって決めた。
 肝心要の部分以外なら、もう、こっちから関ってやろうって――決めた。
 そうでなきゃ、こっちの神経が擦り切れる。
 前にも誰かに云ったけど、こそこそ裏で動くのなんて、元々性に合わないし。
 出来るだけ、こういうときは裏方に徹しようとは決めたけどね。

 だって。

 あたしたちは、ここにいる。
 この人たちの傍にいる。
 前にも思った。前にも考えた。そうして、それが――

 ……ただここに在る、事実だ。


 トウヤと並んで、向かい来る剣兵をどつき倒してるバルレルを見届けて、も地面を蹴った。
 サイサリスの放つ矢から避ける意味もあったし、別の場所で召喚術の詠唱を始めた、アヤとナツミをカバーしに行きたかったからだ。
 通りすがり、真っ向勝負の好きなジンガに横手から距離おいて槍でちくちくやってる兵士をついでにどついて、は走る。
「ありがとな! アネゴっ!」
 その背中に、ジンガの元気な声。――ついでに、撲撃音。
 ・・・イタそう。
 怪力といえばエドスもだけど、彼は、リプレやガゼル、スウォンと一緒に子供らの元に残った。
 薬を持って帰るまで、何もしないでいるわけにいかない。
 身のまわりの世話をしなきゃいけないし、寝たきりの人間を、いくら子供とはいえ3人も世話するのは、リプレ一人に任せては酷だ。
 気心の知れてるエドスとガゼル、機微に長けてそうなスウォンが、自分たちから志願してくれた。
 でも、一番の解決はやっぱり、早く薬草手に入れて、薬をつくってもらうこと。
 がんばらなきゃね。
「――! 左手頼む!」
 アカネがあっちの集団の気を引きつけてくれてるから、援護してやってくれっ!
「はいっ!」
 今まで、一人でアヤとナツミをかばってたハヤトが、駆け込んできたを見て云った。
 指示のとおり、はくるりと身を翻し、横手に展開されてる混戦に突っ込む。
 その中央で二桁の人数を相手どり、半ば必死で攻撃を避けてたアカネの傍に、無事到着。
「うわ出た!」
「人を幽霊みたいに云わんといてください!」
 ギョッと目を見開いたアカネに、時と場所も忘れて思わずツッコミ。
「だって気配消してくるんだもん! ビビるって!」
「つーか、自称『かわいい店員さん』がいきなり戦闘に突っ込んだときのほうがビビりましたが」
「え、だってさぁ。アンタたち、早く薬欲しいでしょ?」
 だったら、加勢がひとりでも欲しいとこじゃない?
 ……そうなのだ。
 『かわいい店員さん』とフラットの面々に自己紹介したはずのアカネは、レイドとイリアスの会話が完了し、戦いが始まると同時、何故か自然にその只中にいた。
 一同目を丸くしたものの、これまた何故かかなりの腕前であると知ったと同時、見事アカネも戦力に数えられたというわけだ。
 攻撃を避けまくられるのが腹立たしいのだろう、他の人たちよりも、兵士の群がる数が多い。
 そこにが混ざって、やっと1対一桁台の展開になった。
 となれば、それまで一人でふんばってたらしいアカネにも余裕が出来るわけで。
 ブン! と音をたてて斬りかかる剣を、
「おっとっと」
 と、実に気楽な声とともにアカネが避ける。
 ゴォゥッ、と、重い風切り音とともに振り下ろされる斧を、
「わわわっ」
 と、危なげなのかどうなのか、判らない声でが避ける。

「「この――!!」」

 まだ成年もしてないだろう少女ふたりが、訓練を積んでるはずの自分たちの攻撃を、ひょいひょいひょいひょい避けまくる――
 これで、頭に血が上らないわけがない。
 頭に血の上った騎士たちは、次の瞬間、とんでもない行動に出た。
 右と左から槍、前後、ついでに足元からすくいあげるように剣、そして頭上には、大きく振りかぶられた斧。
「――ッ!?」
 レイドとの打ち合いのさなか、それを視界の端に入れたイリアスが、目を見張る。
「止めろ! 自分たちがしているのは、殺し合いじゃないんだぞ!!」
 蒼白になった彼の叫びは、――少し遅かった。
 けれど、繰り出された攻撃も――少し遅かった。
 武器をそれぞれ動かした瞬間、騎士たちの心に、勝利の確信が生まれたことは否めない。そして、それがほんの一瞬以下の間ではあるけれど、空白の時間をつくったことも。
 それで充分だった。
 少なくとも、アカネとには。


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