とまあ、そんな感じで、残りの道中は実に平和だった。
とバルレルがどつきあいしたり、ソルがはぐれにかまれて危うく昇天しかけた以外は、軒並みのんびりした帰り道だった。
スウォンのことは、とりあえず、こんな子が近くの森にいたよとガゼルやレイドに話しておくことにして。
また折をみて、森に行ってみようと決めて。
――うん。
サイジェントに帰るまでは、実に、ゆったりしてたんだ。
街の門をくぐり、少し歩いた頃だった。
右手に行けば繁華街、左手に行けばフラットのある南スラム。
ちょうど、そんな感じで道が分かれている辺りで、右手の方から聞き慣れた声がしたのは。
「っあー! ちょうどいいところにお帰りー!!」
「夏美さん、綾さん!?」
いったい何があったのか、乙女の恥じらいは保ちつつ、全力疾走中の綾と夏美がそこにいた。
「綾っ、あんたフラットに行ってて! あたし、こっちに事情説明しちゃうから!」
「わかりました!」
赤いフレアスカートが翻り、普段のおっとりした印象はどこへやら、意外な俊足で綾が走り去る。
夏美はというと、土煙さえ立ちそうな勢いで、たちの前に急停止。
目を白黒させているたちの腕をがっしとつかみ、そのまま反転。
――右手に、左手にソル。
当然、ふたりは引っ張られる。
「お、おい!?」
「どうしたんですか!?」
それでも素直に走り出したふたりは、夏美の背中にそう叫んだ。
返ってきたのは――
「またバノッサと騒動起こしちゃったのよ!!」
今、勇人と籐矢がにらみ合ってるの!
――という、思わず頭を抱えたくなるよーなお答えだった。
繁華街に向けて疾走しつつ、夏美が話してくれた経緯はこうだ。
なんでも、賭け試合なるものをやっていた旅人、ジンガという少年が、オプテュスのごろつきにからまれた老人をかばったのが発端らしい。
街の住人は見て見ぬ振りだったそうだが、少年は違った。
じいさんに謝れよ、と、力ずくででもそれを実行させてしまったとのこと。
ちなみに、通りかかった勇人たちも、少年に加勢したんだそうだ。
その場は少年引っ張って、うまく逃げたらしいけど、そのあとがまずかった。
路銀を稼ぐために、少年またまた、繁華街に行ってしまったというのだ。
で、引止めに行ったものの、時既に遅し。バノッサ登場。
「つーか、なんでそもそも夏美さんたちは、繁華街なんかに行ったんですか!」
オプテュスさんちに近いんだから、避けた方がいいって云われてたでしょうが!
「やー、繁華街の飲食店が出すゴミって、まだ食べれるものもあるって云うからさ〜……」
とソル、思わず涙。
……んで。
そんなこんなで部下の面子、つぶされて、黙ってるバノッサさんではない。
結果、
「加勢はそいつか? つれてきやがると思ったぜ」
人垣によってつくられた、一種のリング内で。
オプテュスのお頭ことバノッサさんが、ぎらりと笑って待っていた。
よいしょよいしょと人垣かきわけて、たちはリング内に出る。
余計な労力は使いたくねぇ、と、途中で観客席に留まったバルレルに、一度だけ恨めしげな視線を向けて。
あんたな、一応表向き護衛獣なんだから、らしいこともしてみろよ。
護衛[しない]獣って呼ぶぞ今度から。
だけど、いくらサプレスの力が濃いとはいえ、昼間に青年姿でいるのは魔力の消耗が激しいだろうってことはも判っている。
でなければ、夜、見られる危険を冒してまで省エネモードには入るまい。
……うん。
護衛獣モードは、あたしががんばればいいや。
「こんにちは、バノッサさん。どぉも先日はお世話になりまして」
人質ったり首切られかけたり一緒くたに吹っ飛ばされたり、いやあ、いい思い出ですねー。
……吹っ飛ばした綾がこの場にいたら、ちょっぴし遠い目になってたかもしんない。
おそらくはフラットまで駆けたと思われる彼女が、ガゼルたちを連れて戻るにはもう少し時間がかかるだろう。
会話で時間稼ぎできればいいかと思いもしたが、相手が相手だ。難しい。
「ケッ。云いやがるな、手前ェ」
「云いますとも」
「……なあ。それ、誰だ? 俺っち、さっきフラットにいたときには見なかったぞ?」
あと一言二言で戦闘開始。
そんな空気をぶち抜いたのは、きょとんとした少年の声。
……なんか、いつか、ルヴァイド様が出会ったとかゆーユカイな話し方の少年に似てる気が(
黒の旅団のクリスマス 参照)。
セリフから察するに、彼が『ジンガ』なのだろう。
いかにも格闘少年です、と主張している出で立ち。手にはめた打撃武器がサマになっている。
呼びかけられた夏美はというと、よくぞ訊いてくれました! とを示して胸を張る。
「この子が、さっき話した“とおりすがりのフラットの味方”で、そこのソルたちの護衛獣だよっ」
とたん。
少年の顔が、ぱぁっと輝いた。
「そっか! そいつがすっげぇ強いっていう“すーぱーうーまん”なんだなっ!」
まてやこら。
「なんですかその“スーパーウーマン”て! 誰が云ったの!!」
「“スーパーマン”にちなんで」
「云ってたのは、ハヤトのアニキだったよな?」
「うわっ、ジ、ジンガ、しー!!」
……勇人にーちゃん、滅殺決定。
観衆の向こうで、バルレルが腹抱えて爆笑(声は抑えてたが)しているのが見えた。
バルレル、あとで覚えてろ。
「つか! あたし、そんな大層なものじゃないです!」
「え、でも本当に強いじゃない。バノッサ相手に一歩も退かないなんてくらいだ、って、レイドも云ってたよ?」
「それは単に訓練してただけでっ! 身体鍛えるのは誰だって出来るし!」
強さってのは、そんなんじゃなく。
強さってのは、武器の扱いとか召喚術の腕前でなく。
――強さって、いうのは。
――強さって、ものは。
一言で、表せるような、ものじゃなくって。
「……とりあえず」、
思考ぐるぐる、ヒートアップで暴走寸前のの脳を、ソルの淡々とした声が冷やした。
テンションの高いやりとりにおいてかれて、さっきまで少し寂しそうだったのはとりあえずヒミツ。
手にした杖でバノッサを示し、
「おまえがあいつと互角っていうのには、俺も同意見だな」
「ってまじめな顔して何云うかと思ったら、よりによって追い打ちですか!?」
裏拳かましたい衝動にかられたものの、ホントにやったらそれこそ漫才だ。もう手遅れかもしれないが。
ギリギリで踏みとどまったを、今度は、険のある視線がねめつける。
こんな視線を向けてくる相手は、この場にひとりしかいない。
「……気に入らねぇな」
手前ェみてえなガキに、オレ様が劣るだと?
「一度や二度、有利だったくらいで図に乗ってんじゃねぇッ!」
「あたしは何も云ってない――――!!」
勇人兄ちゃん、夏美さん、ついでにソルさん、ジンガさん、あとバルレル。
あとで絶対覚えてろー!