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-荒野で撲滅、森で遭遇-




 フラットの居候には怪しい人間が多いと思う。
 名も無き世界から喚び出された綾たちや、謎の儀式で喚びだした張本人のソルたちや、護衛獣と名乗ってやってきたたちや。
 だけどいちばん怪しいのは、きっと、怪しいソルたちからもさらに不審に思われている、とバルレルなのかもしれない。

 そんな怪しいふたりが、ふたりだけで留守番した翌日、ふたりだけで出かけるという。
 ふたりをソルたちの護衛獣だと思っているフラットのメンバーは何も云わなかったが、その護衛獣だけで外に放り出せないと、お目付け役としてソルが来たのは、ある程度自然な成り行きだった。
 あわよくば、とバルレルについて探っておこうという意図もあったのだろう。

 だが。



「本気かおまえら!?」
「本気です」
「じゃなきゃ、こんなトコまで来るかよ」

 荒野に響いた絶叫は、ソルのもの。
 真面目に頷いたのは、の声。
 止めるつもりなら帰れ、と言外に含んだのはバルレルのことば。
 三者三様の発言が風にさらわれたのち、ソルの額に冷や汗一筋。
 震える指で荒野の先――岸壁にカムフラージュされた野盗のアジトを示し、

「本気で、おまえら、ふたりだけであそこに特攻するつもりだったのか!?」

「だった、じゃなく、事実そのつもりなんですってば」

 昨夜、お説教してもお説教してもえへえへ笑っていた勇人と夏美以上に、目の前の自称護衛獣はえっへら笑ってそう告げる。
 表情もセリフも人を食ったものではあるが、そこにウソは欠片もない。
 あんな大掛かりな隠れ家を持つ野盗ならば、それなりに戦力を保有しているだろう。
 どう間違っても、ふたりで特攻して占拠できるような代物ではない。
 でも、このふたりは本気でやる気だ。そして、本気でそれが出来ると思ってる。
 少なくとも、ソルにはそう見える。
 見えるからこそ、何を云えばいいのか判らなくなる。

 ……どうして、こう、逢う奴逢う奴、無茶苦茶っぷりを極めた性格ばかりなんだ!?

 勇人と夏美の反応を聞いて、カシスもクラレットも頭を抱えていた。
 その場にいたキールなぞ、熱暴走しかけてたくらいだ。
 だって、自分たちは、そんなふうに笑える理由が判らない。
 怒られたら反省するのが当然だし、二度と失敗しないように考えなくちゃいけない。
 そのためには、笑ってる暇なんてない。

 ない、んだよ。
 俺たちには。

 それ以外の道なんて。

 ぎゅ、と、知らず拳を握りしめたソルの前で、護衛獣ふたりは顔を寄せ合っていた。
「んじゃ、せっかくソルさんもいることだし」
「テキトーなモン喚ばせて囮にして」
「あたしがそこに突っ込むから」
「その隙に、オレが大物喚んで壊滅させる」

 ユニット召喚獣殺しても、カルマ値は上がるんだぞ。

 何の話だ。

「……っていうか、俺も戦力に数えられてるのか……?」
「ついてきた時点でトーゼンだろが」

 しれっと告げるまーちゃんのことばに、ソルは、反論するためのことばを生み出せなかった。


 そして、なんだかんだで野盗を壊滅させ、幾ばくかの蓄えを生活費として懐に入れたときには、
「――ストレス解消にいいかもな」
 と、のたまうソルの姿が見られたらしい。



 だけど、ソルがこんな荒野までついてきたのは、野盗撲滅キャンペーンの手伝いをするためじゃない。
 いや、ちょっぴり調子に乗って未誓約のサモナイト石で新しい召喚術なんて試してみたけど。
 ついでに、まーちゃんの使ったガルマザリアを喚びだす術を、ちゃっかり頭に叩き込んだけど。
 だけど。
 訊きたいことがあったから、ソルは、ふたりについてきたのだ。

「……おまえたちは、本当に、何者なんだ?」

 朝早く出たおかげで、一仕事終わらせたあとでもまだ、太陽は中天にひっかかったくらいだ。
 気温は少し汗ばむくらい。
 だからというわけでもないが、横手に見かけた森に転がり込んだ3人は、思い思いに森林浴を楽しんでいた。
 意外にも、サプレスの悪魔だろうと思われるまーちゃんでさえ、気分がよさそうだ。
 問うてみれば、やはり、ここら一帯は異常にサプレスの力が強くなっているらしい。
 それもこれも、あの日自分たちが行った儀式の結果だと思うと、なにやら微妙な気分である。
「とおりすがりの――」
「フラットの味方? 護衛獣? ちがうだろ」
 明らかに、おまえたちは何かを知ってて、俺たちに、彼らに、近づいてるんだろ。
「…………」
 先に足を止めたのは、の方。
 夕闇の炎とも見紛う赤い髪が、彼女の動きに合わせて揺れる。
 続いて、まーちゃんも振り返る。
 人を小バカにしたような表情は消え、眼光は鋭さを増して。

 の口が、開きかけて、閉じられる。
 逡巡。迷い。

 何に迷っているのか、何を抱いているのか、ソルには判らない。
 だけど彼が育った環境は、何かを要求するのならそのための見返りを用意せよと教えていた。
 自分の持ち札は、そう多くない。
 だが、それなりに大きな意味を持つものばかり。
「自分たちの事情だけ話すのが不服なら、俺たちの手札も出していいんだぜ」
 肩をすくめてそう云うと、周囲の木々と似た、深緑の双眸が小さく笑う。
「要らない」
「……?」
 話す気はない、ということか?

「そうです。どーにもこーにもあたしたちの手札って、話せない事情だらけ――」

 ソルのことばに応え、が赤い髪を揺らして頷いた、ちょうどそのとき。

 ヒュ、と。
 空を裂いて、一本の矢が三人のほぼ中央に突き立った。

「誰!」

 が真っ先に振り返り、矢の飛んできた方向へと誰何する。
 その声の鋭さ、行動の俊敏さ。
 隠れる方を選ばなかったのは、相手方がすでにこちらを目視確認していると推測したからだろうか。
 ……どう見ても、このふたりとまともに戦うというならば、自分たちのほうが分が悪い。
 だけど、少なくとも、ふたりは敵にはならないような気がした。
 今でさえ、のほうは、ソルをかばうような位置に移動している。
 召喚師イコール肉弾戦が苦手という認識に則ったものだろう(事実、そうだ)が、それがあまりにも自然で。違和感がなさすぎて。

 ただ、彼らに近づくために利用したのなら、その後は放っておいても支障ないだろうに。
 単にお人好しなのか、それ以上に何も考えていないのか。
 なんとなく、後者だろうか。ソルのその予想は、とりあえず当たりだったりするのだが。


 ともあれ、誰何に応えて、草を踏みしだく足音が一行のいる場所に近づいてきた。
「……軽いな」
 ぽつり、つぶやいたバルレルの声は、ちゃんとにも届く。
 うん、と頷いて、でも一応、いつでも動けるように構えたまま、相手の到着を待つ。
 矢が狙って放たれたものなら殺傷の意思はないだろうし、よしんば意図せず外したのだとしたら、腕前の方はこちらが逃げるに充分だろうし。
 それに、何より、足音には自らの気配を隠そうなんて意思が感じられない。
 てことは、会話する意はあると思いたい。

 待つことたかだか十数秒。
 たちの目の前に現れたのは、いかにも森での行動を重視したと思われる、保護色の服を着た少年だった。
 手には弓。背中には矢筒。
 ……とんがり帽子、被せてみたい。
 ファンシィな妄想に一瞬飛びかけた、それにバルレルとソルを見渡して、少年はぺこりと頭を下げる。
「すみません……森に人が来るなんて、思わなかったから」
 複数の気配がしたから、てっきり獣かと思って。
「あー? すみませんで済むと思ってんのかテメエ」
「こら、まーちゃん!」
「……ッ」
 ガンつけたバルレルへの、ちょっぴり間抜けな呼びかけに、彼はくたくたと崩れ折れた。
「……なあ。やっぱやめようぜ、ソレ」
「却下。同意したのはまーちゃんでしょうが」
 それともなにか。他に、よさげなニックネームがあるというのかね。
「…………」
「失礼ですが、こんな森に何のご用ですか?」
 バルレルが黙り込むと同時、少し険の混じった声が少年から発される。
 が何か云おうとするより先に、ソルが前に出た。
「それは、俺たちのセリフだ。見たところ狩人みたいだが、気配ってだけで矢を射掛けるほど、この森は危険なのか?」
「あたしたち、ちょっと荒野の暑さから逃げてきただけなんですよ」
 さすがに野盗撲滅キャンペーンの帰りだとは云えず、事実の半分程度をお披露目。
「それは……」
 少年、少し口篭もる。
 けれどすぐに顔を上げ、
「この森は、最近タチの悪い獣がいるんです。僕はこの森で暮らす狩人だから、被害が――これ以上、誰かが傷つけられる前に、なんとかしなくちゃいけないって……」
「タチの悪い獣?」
「ですから、関係のない方は、早く森を出たほうがいいと思います」
 問いかけは黙殺。
 少年の態度は強固。
 とバルレルは顔を見合わせ、ついで、ソルとも視線を交わし。

「判った」

 ――おもむろに、立ち上がる。

 まだ、表情を隠したりは出来ないんだろう少年が、あからさまにほっとした表情になった。
 タチの悪い獣云々の他に、まだ何か事情があるんだろうと想像させるには、充分すぎる表情の変化。
「あ・そうだ」
「はい?」
「あなたの名前はなんていうの?」
 ちなみにあたしは。こっちはまーちゃん。この人はソル。
「……スウォンです」
「スウォンだね」
 あたしたち、サイジェントにいるから。
 何かあったら、どうぞいつでも来てください。
 にへっと笑ってそう云うと、やっと、固かったスウォンの表情が少しほころんだ。

「――はい。森が平和になったら、また来てくださいね」

 そんな嬉しいことばをもらえたのが、彼の気持ちが少しだけ、やわらいでくれた証拠。


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