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-花見組、帰還-




 花見に出かけたメンバーが帰ってきたのは、もう街がオレンジに染まりだしたころ。
 さぞや楽しんできたのだろうと思ったら、何故だかえらく疲れている様子。
 遊び転げたろう子供たちならともかく、レイドや綾といった人たちにまで生傷があるのはどういったことだ。
 呆気にとられて一行を出迎えたを見て、リプレが無表情にガゼルを指差した。
。あいつら、晩御飯抜きだから」
「はっ!?」
 リプレが示したのは、ガゼルと勇人と夏美。
 3人が3人とも、そろってでっかいたんこぶを脳天につくっている。
 まだ出来たてなのか、ほんのりと湯気もあがって……いるわけないが。
 何があったのかと思ったが、リプレはそれ以上何も云わず、麺棒を右手に携えたまま、ずんずか奥に歩いていってしまった。
 獲物はソレか。

 それにしても、あれは相当怒ってないか?

 ……だが、アルバやフィズといった子供たちは、どっちかというと楽しそう。
 年長者のレイドに視線を向けてみたものの、返ってくるのは苦笑い。
 ならば、と、晩御飯抜き宣言をされなかった綾と籐矢を見てみると、ふたりもやっぱり苦笑い。

 あんたら、いったい、何やらかした?

 ガゼルと勇人と夏美にいたっては、切なげに明後日の方を向くばかり。
 誰か事情を説明してくれと、がそう云おうとしたとき、やっとこレイドが口を開いた。
「……アルク川に、先客がいたんだよ」
 サイジェントの顧問召喚師、イムラン・マーン主催のパーティーに集まった貴族たちがね。
「それで、腹立ててどつき倒した?」
「いや。仕方ないから花見はあきらめて、ピクニックにしようってことになったんだ」
 籐矢の口からピクニックなんて単語が出ると、ちょっぴりハートフルだ。
「そこまでは、よかったんです。みなさんも楽しんでて」
 ね? と綾が目を向けたのは、ソルたち一行。
 やっぱり彼らも生傷だらけ。
 ガゼルたちに時折向ける視線は呆れ返っているけれど、ちゃんと感情がこもってる。
 ……初めて向ける感情が、呆れだというのは、これからの人間関係形成にどうかと思わなくもないが。
「そしたらさぁ、ガゼルのヤツが、ハヤトとナツミつれて、貴族のパーティーにもぐりこんだんだ!」
 つづくアルバのことばに、はようやく納得した。

「わかったわかりました。何か知りませんが、貴族のトコに潜り込んで問題起こして警備兵とかともめたんですね?」
 しかも皆さん巻き込んで。

 生傷のあるメンバーが、一様にこっくり頷いた。
「……そりゃ、晩御飯抜きにもなりますよ」
 はしみじみそう云ったのだが、晩御飯抜きの背景には、実はもう一事情あったのである。



 ガゼルさんたちはある意味、自業自得、なんですけどね。
 そう綾が云ったのは、食後に食器を洗っているとき。
 本当なら夏美も手伝うのだけれど、食事抜きになった彼女と勇人とガゼルは、動くと腹が減るからと、部屋に引っ込んで出てこない。
「そうですねー。自分たちだけ貴族のご馳走食べたんじゃ、みんな怒りますねー」
 もっとも、彼らも、他の全員分かっぱらおうとはしていたらしいが。
 それにしたって、やったことがやったことだ。
 反省してるならいいんだけどね、と、リプレが小さく苦笑い。
 きっちり罰を与えたことで、彼女としてはもう許してやる気でいるようだ。
 一行を危険に巻き込んだコトは問題だが、子供たちにそれが及ばなかったのは不幸中の幸い。
 それに、
「実は、ちょっぴり、いい気味かなーって思っちゃった」
 小さく舌を出すリプレを見て、と綾は顔を見合わせたのである。
「それにしたって、限度がありますよ」
「あ、クラレットさん」
 背後からの声に振り返れば、どうやら最後の組の食事が終わったらしい。空になった食器を、山と乗せた盆を持って、クラレットが立っていた。
 綾たち、ソルたち、それにとバルレルが増えて、食堂が少し手狭になったため、二組か三組かに分けて順番に食べることになっている。
 クラレットは最後の組に入っていたから、気を利かせてくれたのだろう。
「ありがとう。じゃ、あとは私たちがやっておくから」
 食器を受け取って、リプレがそう告げる。
 あまり部屋の外に出ず、どちらかというとこもりがちな彼女(たち)に配慮してのセリフだった、
 それに今日は、巻き込まれたとはいえ、召喚師であるイムラン・マーンとどつきあいかました疲れもあるだろうし。
 だが、その意に反して、クラレットは首を横に振った。
「いいえ、お手伝いします。食器を拭くくらいなら出来ますから」
 そう云って、布巾をとる彼女の手には、昨夜の料理でつくった傷がいくつか。

 ……これもまた、ある意味で戦いの証といえるのかもしれない。



 同じ頃、こちらは屋根の下でなく、その上でお説教をかまされているふたりがいた。
 ガゼルはすでにふてくされて寝ているため、残る勇人と夏美である。
 彼らも早々寝ようと思ったのだが、空腹に耐えかねて、気晴らしに屋根の上に出たところをとっつかまったというわけだ。
「少しは自重してくれ」
 ふたりを捕まえた片方は、騒ぎを思い出したのか、こめかみ押さえてそう云った。
「僕らは、たしかに君たちを元の世界に返すつもりだが、こんなふうに騒ぎばかり起こしていては、命がいくつあっても足りないぞ」
「まったくだ。……ってオイ。何を笑ってるんだ?」
 もう片方、つまりソルが、えへえへ笑っているふたりの表情を見咎めて云った。
 照れたように笑っている勇人と夏美は、とてもお説教を受けているようには見えない。
 お説教している側は真面目に話しているつもりなのだから、それではたまったものじゃない。
「だいたい、君たちは――」
「うん、わかってる。今回はさすがに、いきすぎちゃったよね」
 だが、勢いを増そうとしたキールの先を越して夏美がそう云った。
 ……顔は、やっぱり笑っている。
「何がおかしいんだ?」
「え、いや、だってさ。おまえたちに真面目に怒られてるっていうが、なんか新鮮で」
「……これで、怒らない方がおかしいだろ」
「そうそうそれそれ」
 相変わらずの笑顔で、夏美が何ぞ指摘する。
「なんかね、心配してくれてるんだなあ、って嬉しくなっちゃった。うん」
「そうなんだ。おまえたちって、結構関心薄そうだったのにさ、だから、変に嬉しいっていうか」
 昨日だって、俺が走りこんだとき、なんか樋口たちと気まずそうな雰囲気してたろ?
 それが今は結構真面目に怒ってくれてるんだから、けっこう変わるもんだなぁって。

「…………」

 いや、だから。
 それを上回って、そっちが無茶苦茶だから。

 だが、それを語ったところで、本当にこのふたりが理解してくれるのかどうか、お説教組ははなはだ不安な感情を覚えたのである。


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