――ドン!!
「ったぁぁぁ〜〜〜」
次の瞬間、を襲ったのは落下の衝撃だった。
受身を取り損ねたせいで、予想外に大きな痛みが全身に生まれる。
プールの飛び込みに失敗したような感じ、といえば近いかもしれない。
いやいやいやいや、それはいい。
それはいいから。
「……オイ。マジかよ?」
逃げていたはずのバルレルが、苦りきった顔で下りてきた。
捕まえる気力もなく、は、そんな彼を仰向けのまま見上げる。
「マジですか?」
「マジかよ?」
再度、似たような問いかけを、互いは互いに投げかける。
どちらも答えを持ってはいない。
ただたしかなのは、バルレルに向けて伸ばしていたの腕に、薄く輝く白い焔があるということ。
「あー……回線開きやがったか」
「回線〜?」
「アイツが中にいたとき、オマエ、結構ソレ使ったろ」
床にあぐらをかくバルレルの後ろで、彼の尻尾がぱたぱた揺れる。
ちょっぴり苛立たしげなのは、予想外のことだからか、それとも当たって欲しくない予想が当たったからか。
「普段はな、閉じてんだ。ニンゲンの精神てのは、よくも悪くも頑丈だからな」
世界のソレと繋がるなんて真似、したら、まず先にそいつの精神が破壊される。
だから、リィンバウムから生まれた人間は、本質としてリィンバウムと意思を通わせることは出来るはずなのに、出来ない。いや、しない。
無意識に制御しているそれは、自らを護るため。
清も濁も併せ持つ生き物は、元来、純粋たる世界に通じて自らを保てはしないから。
大きすぎて澄みすぎて、きっと、それは畏怖というのが一番近い感情の名前。
少なくともバルレルの知る限り、そんなコトが出来たのは、彼女ひとりだけだという。
そこで話はに戻る。
そんな彼女と十数年とはいえ同居して、最後の数ヶ月は怒涛にその力を発揮していた経歴もちのさんに。
「要するにな……デグレアで、オマエがオマエの意思でアレを呼べたとき、ちったぁ考え付いてもよかったんだが」
「……要してるの? それ」
「今から要するんだよ!」
バルレルが要するに、曰く。
焔を呼ぶのは彼女の力に依ってとはいえ、それをまとったのは器でもあった。
知らず知らずのうちに、その状態にの身体は慣れていた。
最後には、自らの呼びかけ、応えを得られるほどにまで。
この時点でちっとも要してないことにふたりが気づかなかったのは、無用の騒動を避けるうえではよかったのかもしれない。
「まあ、つまりだ」
「うん」
「アイツはもういねえから、オマエがオマエの意思を無視して守護者にさせられるってぇことは、まずないと考えていい」
「でも、それ、1年後……」
「云ったろ。ここは――今は特にサプレスの影響が強ぇんだ。今みたいな弱っちいのじゃ、たぶんかき消されてるだろうぜ」
「……ってバルレル、何気に遠まわし、っていうか、直接それ云うの避けてない?」
・・・・・・
「避けさせろ。」
「いや、云って」
・・・・・・
まあ、要するに。
「アイツの置き土産っつーかなんつーか」
「だから全然要してないって!」
・・・・・・
つまり。
「オマエ、その、まあ。誓約者並みとはいかねーでも、むしろオレたちに近い感じの、純正の強力な魔力モドキみてーな力、使えるってこっちゃねーか?」
「いらない――――!!」
あたしは平凡な元軍人で充分です!
いや、それのどこが平凡だよ。
さりげなく入ったバルレルのツッコミは、とりあえず横においといて。
衝動に任せて、は腕を大きく一振り。
いつか見た夢そのままに、白いそれはあっさりすっぱり霧散する。
名残さえ残さずに、まるで夢か幻だったかのように。
だけどそうじゃないというのは、自身がいちばんよく判っている。
懐かしいというには語弊があるものの、そうとしかいえないあの感覚。
ほんの一瞬だけだけど、意識がどこか、大きな遠い存在と、繋がったようなあの感じ。
1年前、何度も感じた感覚だ。
もう二度と、感じることはないだろうと、思っていた感覚だ。
だのに。
また。
それを感じるときが、くるなんて。
「……あたしの平凡な人生を返せ……ッ」
「・・・返すより先に、テメエの人生のドコがどう平凡なのか、そこらへんから語り合おうぜ」
真顔でそう云うバルレルを無視して、は、はらはらと涙を落としつづけていたのだった。