夜は明けて、今日もピーカンいい天気である。果たしてサイジェントに雨は降るのかそれとも今は乾季真っ只中なのか。
そういえばサイジェントの天候については、まだ習ってなかったなあ。
デグレアみたいに、雪に埋まるようなコトは、まずないんだろうけど。
――などと考えているの目の前では、フラットご一行さまがわいわいと花見の準備中。
昨日と今朝と、リプレを筆頭に女性陣が奮闘したお弁当、飲み物、敷物、他諸々。
子供たちが遊ぶためなのか、フリスビーに似た円盤や、ブーメランそのものなど。丸い羽子板みたいなものまである。
そんなの裾を、くいくいと引っ張る小さな手――ラミだ。
「……まーちゃん……だいじょうぶ……?」
小さな小さな彼女の声は、ちょっとハサハを思い出させる。
うん、だいじょうぶ。
そう答えて、彼女の目線に合わせるためにしゃがみこんだ。
「まーちゃんは、ちょっと疲れてる(花見なんかめんどくせぇ)んだって。だから、今日は一日ベッドで寝てる(魔力節約のために一日ちびっこでひっこんどく)んだよ。明日になったら元気になる(もともと元気だけど)よ」
※()内は実情とバルレルのぼやきを含みます。
まだリィンバウムに身体が馴染まねえから、今日は一日寝とく(いくらなんでも、ンなノーテンキなコトまで付き合ってられっか)、と、バルレルは昨夜一行に宣言していた。
だったら弁当の見張りをやれ、と、就寝間際まで台所に引きとめられたのはある意味ご愛嬌か。
……まあ、と違って魔力の消耗もあるし、今日一日くらいはのんびりしてもらっても、バチは当たるまい。
バルレルに付き添うから、と、も残ることにした。
ラミが少し心配そうなのは、がそれを残念がっているかもしれないと思っているからだろうか。
「……はやく、元気に……なるといいね」
「うん。ありがと」
だから、こーんないたいけなおことばを頂くと、ちょっぴり罪悪感だが。
それにしても意外なのは――
やってきたリプレにラミを託し、は立ち上がった。
視線をめぐらせたその先には、やっぱり4人で固まっている、ソルとキールとカシスとクラレット。
昨夜のの説明が伝わったのか、少し緊張はしていても、疑問が浮かんでいる様子はない。
いや、それにしても、4人全員が参加するとは思わなかった。
もちろん弁当は人数分プラスアルファ用意したし、これなら全部なくなりそうだと安心したけど。
いや、しかし。
もう少し楽しそうにしようや、そこの4人組。
とかなんとか思ったから、というわけでもないが、それまで綾と話していた夏美が、彼女を引っ張って4人の方へ近づくのが見えた。
少し横から、籐矢を引っ張って勇人もやってくる。
どうやら、こっちの4人もあっちの4人を気にかけていたようだ。
あれこれと話しかけているのが、勇人と夏美。笑顔で応じてるのが、カシス。
キールもクラレットも、話しかけられれば応じているのがここからでも判った。
……なかなか、いい雰囲気じゃないかい?
がそうほくそえんだとき、荷物を背負い終わったエドスが号令をかけた。
「よーし! それじゃ出発するか!」
出発した一行を見送って、はいそいそと孤児院内に戻る。
普段はわりかし賑やかなこの建物も、9割方が出払ったとなっては、ひっそり静か。
響く音といえば、廊下を歩くの足音。それから、今しがた開いたドアの音。
「全員行ったか?」
戻った部屋では、ちびっこ姿のバルレルが、でーんとベッドにひっくり返っていた。
「なんか、何様って感じだよ、バルレル……」
「狂嵐の魔公子様だろが」
思わず遠い目になったに、すかさず入るバルレルのツッコミ。
「それにしてもさ、リプレさんって、よくあたしたちに留守任せてくれたよね」
そう返されるのは予想してたりしたは、あっさり話を切り替える。
脱力でもすりゃかわいげがあるのによ、と、バルレルがブツブツ云ってるが、さらりとシカト。
どーせ口では敵わないし、こういうのも一種の戦術である。あるったらある。
「一応、信じてくれてるって思ってもいいのかなあ」
「こっちの奴らも、向こうに負けず劣らずお人好しなヤツばっかみてぇだしなぁ……」
ちょっぴり遠い目をしてバルレルも頷く。
召喚主であるトリスを思い出してるんだろうか、珍しくホームシック?
もっとも、それはだって同じようなものなんだけど。
かと思いきや、
「――なんだって、こう、どいつもこいつもバカばっかなんだか、この世界は」
などと、至極あきれまくったバルレルのことばに、そんなしみじみとした感傷はあっさりかき消された。
「そぉれはいったい、どぉいう意味かな?」
頬を引っ張ってやろうと伸ばした手は、あっさり飛んで避けられる。
「せーこーいー!」
「ヒヒヒッ、悔しけりゃ自分で飛べるようになりやがれ」
「無茶云うな、あたしは一般人だ!」
ぴょいぴょい。
手が届くか届かないかギリギリの位置で、バルレルは飛び跳ねるをおかしそうに見下ろしている。
それだけならまだしも、つかめる寸前まで下りて来るやいなや、そこを狙った瞬間ぱっと逃げるのだからタチが悪い。
「ヘッ、悔しかったらここまで来てみろや」
「あーもー!」
天井近くまで飛んで逃げ、わざとらしく尻尾たらして挑発するバルレルに、とうとうも行動に出た。
くるりと身を翻し、そのままベッドにダッシュ。
なけなしのスプリングを利用して、壁に横飛び。ついで壁を蹴ってバルレルに迫る!
が。
ひょい。
一直線に飛ぶしか出来ないと違って、相手は空中にぷーかぷか浮いて飛行できる羽持ちだ。
「あめぇよ!」
「このー!」
空しく宙を切った手と、重力に引っ張られるの身体は、そのままだと床に激突間違いなし。
の、はずだったのだが。
悔し紛れに空中でじたばたしたの身体を、一瞬、馴染みのある感覚が襲った。
「……ッ!?」
それは白い焔。純白の陽炎。
たしかにあのとき、彼女に返品したはずの、世界に通じるひとつのちから。