ちびっこバルレルを急いで毛布に突っ込み、なおかつ素晴らしい勢いで、は部屋の外にすべり出た。
あまりの早業に、切羽詰った事情を知らない訪問者殿が、目を丸くしていたほどだ。
それでも気を取り直した彼は、を促して廊下の奥へと移動する。
影になっている部分であり、ぱっと見、そこに人がいるとは視認しづらかろう。
「えと……?」
壁に背を預けて、はソルに視線を向ける。
含めた問いかけは少し曲解されたらしく、返ってきたのは彼の兄弟のこと。
「キールだったら、屋根の上に行った。少し月を見てくるそうだ」
俺たちだって、別に四六時中一緒にいるわけじゃないぞ。
「いやそうじゃなく」
ご用はなんですか?
今度は、きちんと通じたらしい。
就寝寸前だからか、普段よりはラフな服装のソルが少し頭を傾けるのが、影のなかでもなんとか見えた。
早く戻らないと、バルレルがイライラして飛び出してきそうだし、第一自分も眠いし、出来れば早く用件を云ってくれ。
とかなんとか心のなかで急かしたのが利いたのか、ソルの逡巡は意外と短かった。
これがキールだったら、もっとかかったかもしれない。
「……こんなこと訊くのは、もしかしたら、笑われるかもしれないんだが」
「はあ」
「…………花見、って、どういうものなんだ?」
「………………は?」
昼間の『は』一文字現象、に再び発生。
しばし、なんともいえない微妙な沈黙がふたりの間に流れた。
はその間、なんと説明するべきか頭をフル回転させていたし、ソルは少し気まずい顔での答えを待っていた。
だけどもそれなりの沈黙のあと、結局が云ったことはというと、実に身も蓋もないもので。
「『花見』って……花を見るんですが」
だが、ソルはいたって真面目に頷いた。
「それは判る。だが、花なんてそのへんで見ようと思えばいくらでも見れるだろ? わざわざ大人数で弁当持参で出かけていく必要が、どこにあるんだ?」
「……真面目に訊いてます? ソレ」
「俺は、真面目なつもりだ」
「…………ですよね」
まかり間違っても、この人(たち)は冗談を云うような性格ではなさそうだ。
カシスなら云いそうだが、今目の前にいるのはソルのほう。
付け加えるなら、まだ吹っ切れる前。
それきりのの沈黙をどうとったか、ソルは、少し乱暴に頭に手をやった。
「……キールも、カシスも、クラレットも……俺たちは、そういうのにうといんだ。だからって、ここのやつらに訊くわけにもいかなかったし」
「えぇと……さっきのセリフは、さすがにみんなには聞かせられませんね」
「だろう?」
少し寂しそうに、ソルは笑う。
表情はよく見えないけれど、なんとなく、そんな感じがした。
そう遠くない将来、笑って自分たちを迎えてくれた人のそんな表情を見るのは、少し辛い。
だから、というわけではないけれど、は、ちょっと大げさなくらいに口の端を持ち上げてみせた。
「――それならば、護衛獣の出番ですねっ」
「……え?」
「よかったじゃないですか、うん。最初提案した以外にも、護衛獣にしてやったメリットがあったってことで」
それじゃあ今から小一時間、花見についてじっくりたんまりレクチャーしてさしあげましょう!
……お手柔らかに頼むよ。
床に座り、長時間内緒話の体勢をとったにあわせてしゃがみこみながら、ソルはそう付け加えた。
――ほんの少し、笑みを浮かべながら。