TOP


-ひどいよおにーさん-




 正面からくるバノッサを迎え討つべく、は重心を低く構える。
 だが、それを見越していたかのように、人垣のなかからオプテュスのメンバーがわいて出た。
 綾や夏美をフラットに走らせたのは、自分の手勢を準備しておく意味もあったのだろう。――力押しばかりかと思ったものの、なかなかどうして。
 四方八方というほどではないが、動きたいルートのほぼすべてから敵意が迫ってくる。
 かといって、素直に正面に向かえば、どうしても前後からの一撃は覚悟しなくちゃいけない。
 の戦い方は、どちらかというと広いフィールドが確保されてはじめて、自分に有利に戦況を運べるからだ。
 成人男性に力で押し負けることぐらい、百も承知。
 だけど後ろに下がって囲まれるより、前と後ろの一太刀ずつを覚悟で前方に踊り出る方が、まだ突っ切れる可能性はあるか。

「――盟約に従いて、いでよ霊界の下僕――ブラックラック!」

 刹那、響いた声。
 背後からほとばしる、見覚えのある紫の光。
 真っ黒い閃光と、闇に属する者の気配。
 そうして、向かってきていたいくつかの殺意が、次の瞬間かき消える。
「あたしたちだって、いつまでも、何も出来ないままじゃないんだからっ!!」
 叫んで、夏美が手をかざす。
 ほとばしる光に、色はない。
「ロックマテリアル!」
 今度の召喚術は横手で展開されたため、にも見えた。
 宙空に出現した、赤ん坊ほどの大きさの石が、オプテュスメンバーのひとりの脳天を直撃。
 ……そりゃあ倒れてもムリはないだろうけど、アレ、クモ膜下出血とか、起こさないんだろうか?
 ちらりとそれだけ考えて、は、眼前に迫ったバノッサに目を戻す。
 振り上げられた剣は、意外にもちゃんと手入れされているらしく、刃に曇った部分はない。
 その一太刀を躱しても、もう一太刀がそこを狙うだろう。

 ――なら。

「おらァッ!!」

 振り下ろされる白刃を、まずは短剣の腹で滑らせる。
 予想はされていたのだろう、防がれたバノッサに、驚きの色はない。
 そうして持ち上げた腕の下、無防備になった胴体を狙って、横殴りの一撃。
 両手は一撃目を凌ぐために使っている以上、防ぐ手段はないはずだった。
 が。
「ッ!?」
 ふ、と、は剣から手を放す。
 そのまま身体から力を抜き、背中から地面に倒れこんだ。
 刃が薙いだのは、残った残像。それから、赤い髪一筋。
 ――カラン、と、地面に転がった剣を、の足が蹴り上げた。
 見計らったのか偶然だったのか、宙に舞った剣の刃が、バノッサの頬に、傷を一筋作り出す。
 バノッサがとっさに身体を逸らしたため出来た空間に、起き上がりざまの手が伸ばされ――落ちてきた剣を掴んだ。

 そして。

 ソルや夏美の召喚術、ジンガの特攻によって安全が確保された後方スペースに、改めて退避。距離をとる。
 傷を覚悟していたせいか、つい先日刃を交えたときより、呼吸が荒くなっていることに今さら気づいた。
 ……それとも、バノッサの技量が上がったのだろうか。こんな短期間に?
 ありえないわけじゃないだろうけど……
 そう思いかけ、
「ハッ……」
 に、と口の端を吊り上げたバノッサの表情に、ありえたか、と、心中頭を抱えるがいた。
「手前ェみてえなのがいたとはな」
 愉悦。
 快感。
 そして高揚。
 浮かんでいるのはそんなイロ。
 あんたはいったいどこの戦闘民族だ。

 そういえば、あの頃、バノッサと刃を交えた記憶はない。
 成り行きでとはいえ、横でその戦いぶりを見ていたことくらいしか。
 ……そうか。
 このひとは、たぶん、これから――


「バノッサ!!」

 ざわっ。

 そこに唐突に響く、第三者の声。……たちにとっては、よく知った声。
 軽く首だけ動かして見れば、綾がガゼルたちを呼んでようやく到着したところだった。
 倒れ伏すオプテュスメンバーたちを見て、騒動が粗方片付いたことを察したらしい。
 バノッサと向かい合うの側に、早足でやってくる。
 もっとも、接近戦苦手のキールやらクラレットは、少し後方で、どさくさまぎれに殴られていたらしいソルのためにリプシーを喚んでいたけれど。
ちゃん、怪我はありませんか?」
 夏美もそうだったけど、綾も意図して召喚獣を喚べるようになったんだろう。
 媒介となるサモナイト石を手に抱いて、心配そうに覗き込んできた。
 無言で、勇人と籐矢がの前に出た。
 さっきは背後で戦ってたからわからなかったけど、改めて見ると、いつかバノッサと戦っていたときより、ちゃんとした型だ。レイドとの特訓が効いたのか、それとも実戦に勝る訓練はナシということか。
「形勢逆転ってトコだな、バノッサ」
「――ケッ。群れるしか能のねぇ蛆虫どもが、いきがってんじゃねぇ!」
 ガゼルのことばに、バノッサは忌々しげに唾棄。
 それでも、無傷の増援が増えたフラット側と、自側の戦力差はちゃんと見えていたのだろう。
 くるりと身を翻し、腹立ちまぎれにだろうか、転がっている手下を蹴り飛ばして歩いていった。

 ……ってか、蛆虫云われたのは始めてだよ、おにーさん……

 バノッサの姿が完全に見えなくなるまで、が考えたことといえば、そんなしょうもないことだったりした。


←前 - TOP - 次→