騒動が終われば、集まっていた人々も、三々五々と散り始める。
またスラムの人間が厄介なことを……とか、
器物損害が出なかったのが救いか、とか、
そんな、あまり好意的でないささやきと視線が置き土産。
ガゼルがそんな人々につっかかったりせず、レイドやエドスも苦笑いしているトコロを見ると、どうやら街の人たちにとってスラムは南北いっしょくたに印象がよくないらしい。
そうして、だらしなく伸びていたオプテュスのメンバーも何人かが目を覚まし、仲間を引きずって姿を消しつつあった。
「、だいじょぶ?」
ソルの傷を治癒していたリプシーを、まだ手元にとどめたまま、カシスがやってくる。
が、特に大きなケガをしたわけでもないので、は、その心遣いだけありがたく受け取っておくことに。
「うん、だいじょうぶです。ソルさんとかジンガさんとか勇人さんとか籐矢さんは?」
が向かう前から、バノッサと少々やりあっていた後者ふたりを問えば、こちらはファーストエイドがぺたぺた張られていた。
ファーストエイド自体、新陳代謝を速めて傷の治りを促すとかいうよく判らない売り文句つきだそうだから、まあ大事はないのだろう。
そして前者ふたりのうち、ジンガがなにやら顔を輝かせてのほうにやってきた。
「なあなあ、アンタ強いよな! 俺っちと勝負しねえか?」
――ちょっと待てよ少年。
「おい、ジンガ。無茶云うなよ」
がしがしと頭をかいて、勇人がとジンガの間に割り込んだ。そしてバルレルも。
「テメエのそーゆー性格が、この騒ぎになったんだろーが。ちったあ反省しろ」
他人のフリして見物してたあんたが何を云うか、バルーん。
だが、この場合、セリフはともあれ援護は嬉しい。
こくこく全力で頷くを、そして勇人とバルレルを、ジンガはまなじり下げて見るばかり。
「……ダメか?」
「だめ。」
が、そこで素直に諦めるようなら、ここまで賭け試合なんぞして旅をつづけてはこれなかったわけで。
ずい、とジンガはさらにに詰め寄った。
「でも、俺っち、たくさんの奴らと戦って強くなりたいんだっ!」
あんた強いし、一度でいい、戦っちゃくれねえか?
「で、でも……」
「でもっ!?」
ずりずり、がさがる。
ずいずい、ジンガが迫る。
間に入ってくれていた勇人を置き去りに、は、壁にべったり背をつけた。
「でも、ほら。戦い方の違いがありますし。あたしは剣だし、あなたは拳で」
「そんなの関係ないって! だって、いつどんな奴と戦うか判らないし、それこそいろんな武器の奴等と戦って損はないって、師匠云ってたんだぜ!」
それは判る。
だって、そういった理由で、剣だけじゃなく槍や銃も手習いしてたのだから。
「……のう、。こいつもここまで云っとるんだし、一度だけ手合わせしてやったらどうだ?」
「エドスさん!」
「それに、ほら」
なんとも気楽なことを云ってくれたエドスにつっかかろうとしたに、横からレイドの声。
振り向けば、彼の手が周囲を示していた。
……なにやらわくわくとした顔で、こちらを伺っている街のお子様たちを。
ひょっこり見えてる、茶色と緑と金色頭の3人組には、もぉなんてコメントすりゃいいのやら。
はすっかり忘れていたが、ここは繁華街のど真ん中。
しかもさっきまで、人垣が出来ていた場所。
あまつさえ今までのやりとりを耳にしたのか、再び人垣が形成されようとしている場所――なのである。
「見料、お一人様10バームですよー」
「御代はこちらー」
「ちゃっかり商売するな、そこ――――ッ!!」
なんて生活力たくましいんだ、リプレさん。
そして一緒になってノってるカシスさん、あなたホントに使命遂行中ですか。
そうして、叫んだに、ふたりは輝かんばかりの笑顔を向けた。
「まあ、いいじゃない。別に命の心配はないんだし」
「そうそう。本人も、一回でいいって云ってるんだしさ」
……その笑顔の源は、単にこの状況を楽しんでいるからなのか、手にした器の中身のきらめきが反射しているからなのか、是非とも問い詰めてみたい。
で、視線を戻せば『きらきらきら』と効果音つきで覗き込んでくる格闘少年。
ちなみに背後には壁。
さすがに、壁を砕いて逃走するような、人外な真似は出来ない。
さらに、切羽詰ってないときのさんは、実は結構その場の状況に流されやすい性格なのであった。
「い、いっかいだけ、ですよ」
「おう!!」
日本風に云うならば、『押忍!』のポーズで元気に返事するジンガの向こうに、やっぱし腹抱えて笑ってるバルレルを見て、あっちにけしかけたろうかと思わなかったといえば、ウソになる。
ざわざわざわざわ。
さっきまでの、少し不安げな険悪なざわめきと違って、今、繁華街の広場を満たしているのは、好奇心だらけの野次馬さんたちの声。
どっちが勝つか、トトカルチョまで行われている始末……仕掛け人は云うまでもあるまい。
「剣、使わないのか?」
「ジンガさん、強そーですし。間違えて急所狙っちゃったら、えらいコトですから」
「へー。アンタ、そーいう方なんだな」
『そういう方』つまり、『人を殺す修練を積んでる方』。
あまり実践したことはないが、人体の急所なら一応知ってる。
考えたくはないけど、もし追い詰められてプッツンして、なりふり構わなくなった自分が、そうしないって保証はどこにもない。
キレた人間が何するのか、といういくつかの事例は、これまでの人生で経験済みだ。
そうして、さらっとそれを云ってのけたジンガに、少しだけ、の彼を見る目が変わる。
修業邁進一直線、格闘技熱血少年かと思っていたら、意外にそういうのも知ってるんだと。
ああ、でも。
そういう部分を知ってて、なおかつ真っ直ぐいれるっていうのは、なんだかとてもうらやましいかも。
強くなる、っていう、最大目標に向けて走りつづけられる、そういう生き方もいいなと思う。
って……今のあたしの目標って、なんだろう?
デグレアにいたころは、軍隊でがんばってがんばって、ルヴァイドの力になるのが夢だった。
あの事件のころは、ルヴァイドたちを取り戻したくて、そしてレイムに彼女を返したくて、殆ど何も考えずに走ってた。
……今は?
……あたし、いつまで、ゆるゆると、あったかいところにいるつもりだったんだろ……?
ルヴァイドとイオスは、シャムロックらとともに、自由騎士団のために尽力中だ。
国上層部との交渉事、それに人選。本拠の選定。
やるべきことはいっぱいあるけど、そうしてもいくらかは手伝ったけど。
騎士団が出来上がったら、あたし、そこに入るのかな……?
それは、なんだか、違う気がした。
ルヴァイドもイオスもシャムロックも、きっと快く迎えてくれるだろう。
でも、それは、が彼らの仲間で家族だから。
騎士として、ではない。
家族として。
身内として。
用意された、迎え入れてくれる場所に、あたしは何も考えずに飛び込んで、それで本当にいいのかな……?
「おーい、どした?」
「あ、いえ」
はっ、と顔をあげて、怪訝な表情のジンガに手を振ってみせる。
生じた思考は後日ゆっくり考えることにして、はとりあえず、手の保護も兼ねた武具の装着を終えた。
「……万一骨折ったりとかしたら、泣きますから」
「ゲッ。……ちゅ、注意するよ」
年頃の少年らしく、女が泣くのは苦手らしい。
心底困った顔になったジンガは、やけに幼く見えた。
思わず笑ってしまったところ、「何笑ってんだよー!」と抗議の声。
ごめんごめんと謝って、は大きく深呼吸。
つ、と重心を移動させ、腰を落とした。
「――よーし!」
それを見たジンガも、いつでも飛びかかれるような体勢をつくる。
否が応にも高まる雰囲気。
それが最高潮に達したとき、検分を任されたレイドが高々と手を振り上げ――
「始め!!」
――火蓋が、切って落とされた。