「どうぞ」
「いただきまーっす」
ふたりの前にちょこんと座ったカノンが、スプーンをの口の前に持ってくる。
雛鳥よろしく一口目を飲み込んだのを確認して、二口目。で、三口目、四口目……えんどれす。
当初はバルレルにも給仕しようとしてくれてたけど、こんなに高密度の霊気のなかでは、もはやバルレル、食事要らず。
勝手にそのへんのマナを吸収して、元気溌剌、エネルギーチャージ220%。
ふふ、と、カノンが口元をほころばせる。
「元気ですね、さん」
「そりゃあもう」
もうすぐ帰れると思うと嬉しくて嬉しくて! ……なんて云えないが。
にこにこ答えるを見て、カノンはやっぱり微笑みを浮かべる。
今にも泣き出しそうなそれを、笑みというのなら、だけど。
「……止めてくれないんですね」
「誰を?」
「バノッサさんを……」
「まだ云ってんのか、テメエは」
他力本願もいい加減にしやがれ。
ぷい、とバルレルがそっぽを向く。
「でも……」
「デモもストもあっか。いいじゃねーか、アイツの望みが叶うってんだろ。喜んでやれよ」
「でも……!」
カノンとて、魔王を身に降ろすということが何をもたらすのか、判っているわけではないんだろう。
けれど、この森に満ちる気配と霊気は、たとえどんなに健常な者でも数時間で精神が汚染されそうな雰囲気を漂わせている。
無色の派閥はともかく、望みに酔いしれるバノッサはともかく――ついでに、悪魔のバルレルはともかく。
ハーフとはいえ、その心は優しい少年でしかないカノンには、少しどころでなく辛いものなのかもしれない。
はどうだと云われても困るが、ま、原罪の風に当てられた経歴もあることですし。
ふ、と。
俯いて肩を震わせる少年を、明後日向いてたバルレルが、ため息ついて視界におさめた。
「あのな。ドッチかなんだよ。この場合は」
粘って粘って粘り尽くして、選ぶ両方手に入れたヤツもいるけど、ソイツだって何かをなくした。
「――――」
「どっちつかずでオロオロして、他力本願で恨みごと云ってねぇで、ちったぁ自分で何かしろ」
オレは、テメエみたいなのが一番、見ててイライラすんだ。
「まーちゃん」
云い過ぎ。
のつぶやきに、バルレルはそのまま口を閉ざして、さっきと同じようにそっぽを向いた。
ただ、カノンは俯いたりせず、食い入るように彼を見上げている。
瞠目したまま、無意識にか、その口からこぼれることば。
「……ボクは、どうすればいいんでしょう」
「知らねえよ」
バルレルの返事は、やっぱり突き放しまくったものだった。
しょうがないな、と苦笑して、は横から割って入る。
「えっとね。カノンさん。あなたのやりたいようにやっちゃいましょ?」
「……ボクのやりたいように?」
「うん。バノッサさんの願いの手伝いをしたいのか、それともバノッサさんをここで止めたいのか、カノンさんが決めるんです」
どちらかを選ばなくちゃ、きっと、カノンさんは動けませんから。
「このまま全部、黙ってついてっただけで終わるなんて、嫌じゃないですか?」
少なくとも、あたしは嫌です。
「…………ボクが」
「ついてくだけじゃ何も変わらないから、変えたいって思うなら動きましょう」
「それにだ」
ぶっきらぼうなバルレルのことばが、そこに降る。
「何がどう転んでも、オレたちが動く」
予定外、この物語の範疇外から来たオレたちが。
――それはつまり。
「最終的にテメエや他のヤツの思惑がどう転ぼうが、オレたちが動く以上、結末は決まったも同然なんだよ」
だから一々、オレやコイツの前に来てうだうだぬかすな。さっさと決めてさっさと動け。
いっそ傲慢な彼の口調に、けれどは何もつっこまない。
力を持つ故の。
明日を知る故の。
傲慢だ、とか。
慢心だ、とか。
云うなら云え。罵るなら罵れ。
あたしたちが欲しいのは、絶対の力でも世界の支配でもない。
ただ、訪れる明日が欲しいだけ。
その明日に帰りたいだけ。
――至る扉の鍵はもう、すぐ目の前に迫っているのだから。