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-愛と恋を語る魔王-




 ――ブツッ。

「うわヤベ」
「うわーうわーうわわー」

 唐突に回線ぶった切ったバルレルの横で、は赤面、ほかほか茹でダコ。
 おどろおどろと効果音の生まれそうな、澱んだ森の奥深く、何故かそこだけ春の気配。
 遠巻きに見張りをしていた派閥兵が、の奇態に、怪しげなものを見る目を向けている。
 彼らが何をしていたか知ってれば、そんなこともなかったろうが。
 生憎、バルレルの遠見は、傍にいる限定の共有だ。
「……いいムードだったねぇ」
 あそこから恋が生まれるのかなあ……
 両手を胸の前で組み合わせ、、ちょっぴり夢心地。
 ところで君、今までに何度かそういうムードに自分もなってなかったか?
 と、問うたところで自分における恋愛など、自覚するよーな人間ではないのだが。
 養い親が親バカなら、養い子は子供バカ、ってなもんである。
 そんなことを考えて、バルレルはふと遠い目になった。
 ニブイにもホドがあるだろう、と。
 そうしてその原因の一端は、当然養い親たるあの男にもあるんだろうが、絶対あの金髪槍遣いが慣らし“すぎた”せいだ、とも。
「どしたの?」
「いんや別に」
 自分の召喚主の兄、つまりマグナの奮戦ぶりを見ていただけに、似合いもしない同情心などわいてみたり。
「てかよ」
 わいたついでに、脳までわいたか。
 バルレルはふと、を見下ろした。
「テメエ、ニンゲンのアイとかコイとか興味ねェのか?」
「……へ?」
 だめだこりゃ。
 思いっきり虚を突かれました、ってな感じのの表情に、バルレルは遠い目になる。
 それでも、なんとなく、つづくことばを頭の中で形作ってみたりして。
 どうせ口以外動かせないせいで、こんなくだらない会話ぐらいしかすることがない。
 で、それは誰のせいか?
 ふたりを縛る鎖の主を、バルレルはちろりと横目で見る。
 ――びくぅッ!
 鎖の主ことパラ・ダリオが、その視線に気づいて小さく震えた。

 ――解キマスカ? 解キマショウカ?
 ――ッテイウカ解イテモイイデスカ!?

 がたがた震えつつ、周囲に漂うサプレスの霊気を介して、そんな感情を飛ばしてくる。
 オルドレイクに誓約で縛られているはずだが、バルレルに対するこの従順っぷりはどうだ。
 ――いや、いい。てゆーか、テメエをどーこーする気はねェんだから、いちいち怯えんな。
 苦笑の混じった意思を送れば、ちょっぴり安堵する気配。
 ――承知シマシタ、魔公子。
 そう。
 このパラ・ダリオ、バルレルの正体をきっちりかっちり察知してる。
 そもそもサプレスの住人なら、相手を見ればその階級や力ぐらい、ある程度は推察できるのだ。
 ぱっと見には判らないだろうが、かなり緩めに自分たちを縛る鎖をもう一度見て、バルレルはに目を戻した。
「だから。アイとかコイ。レンアイ。ニンゲンて年中発情してんだろ」
「……夢見る乙女に向かって、恋愛と発情を一緒くたにした発言をするな」
 ごす、と、頭突き。
「だーかーら」
 さっきと同じ接頭詞を使って、バルレルも頭突き。
 高い場所から落とした頭は、見事にの脳天にヒット。
「“ユメミルオトメ”を名乗るわりに、なんでテメエは自分でそーいうのに興味示さねえかな」
「……あたしが? 恋? 愛? ろまんてっく?」
 しばしの間。
「ぶふげふっ」
 手が使えないながらに止めようとした笑いの衝動は、だが、奇声を発して咳き込む結果になったらしい。
 げほげほ云いつつ咳き込むを、バルレルはやっぱり生ぬるい眼差しで見下ろした。
「それのドコが“ユメミルオトメ”だ」
「だってー。実際自分がどうのこうのー、なんて考えたことないよー」
 夢見るっていうのは、つまり、そういうのに漠然と憧れてるだけってことです。
 咳ダメージをやわらげるために、は、一度深呼吸。
 それから、ふと表情を改めてバルレルを見上げた。
「それに」
「それに?」
「……なんか……怖いな、って」
「コワイ?」
 悪魔王にずんどこ特攻仕掛けた神経ナイロンザイルのテメエが、“怖い”だ?
 少し突っついてやる程度のつもりだったけれど、意に反して、はこっくり頷いた。
「うん、そう。怖い。……ああいう、世界巻き込みかねないくらいに、強く一人を想いつづけるのは――すごいし羨ましいって想うけど、同じくらい、怖い」
「……アイツの場合は、別次元だろ」
「そうかも。でも、そういう強い気持ちを持って周りが見えなくなっちゃうのはさ、やっぱりちょっと怖いよ」
 こんなこと云ってるから、まだまだ子供なのかもしれないんだけど。
「ああ、ガキだな」
「……うー」
「ま、自覚してんならいいんじゃねーの?」
 そもそもテメエの場合、最初に見た例がキョーレツすぎたってのもあるんだろーし。
 付け加えて、そういえば、と、彼は頭上を振り仰ぐ。
 鬱蒼と繁りまくった木々は霊気に当てられ奇怪にねじれ、闇に浮かび上がる奇妙なオブジェと化している。
 くだんの森を思い起こさせるその有様と、そうして、今の時間を考えた。
 ……そういえばアイツ、今はまだデグレアでコイツ相手に萌え狂ってんだよな……?
「オマエ、あんな環境でよくまぁねじくれずに育ったよな」
 親バカと元敵と機械兵士と、悪魔王と悪魔3匹。
「あのさあ、それ、誉めてるんだよね?」
「さァな」
「うっわー、なんか腹立つー」

「……お姉さん」

「はい?」
 腹立ちを表現しようと、じたばた足をばたつかせてるの耳に、少年の声。
 同時に、鼻孔をつくいいにおい。
 いやいや、生贄相手の食事なんて簡素質素を通り越していっそ貧弱なんだけど、食べられるモノなら問題なし。
 そんな食事を抱えてやってきたのは、この儀式場に移送されてからこっち、たちの身の回りをみてくれているカノンだった。


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