まーちゃんは悪魔。サプレスの悪魔。
は人間。リィンバウムから事故でサプレスに行っちゃった、女の子。
そして、とまーちゃんは、最初の儀式で魔王が喚びだされるときに、巻き込まれて一緒にリィンバウムに来てしまった。
魔王の力共々。そして、今ははぐれとして周辺を騒がせている悪魔や精霊共々。
ごった煮状態でサプレスから召喚された存在。それが、ソルたちの知るとまーちゃんの真実。
いつかふたりから聞いた経緯をざっと説明したソルたちに、「おいおい」てな感じの視線が向けられる。
「……話せなかった理由は判るけど……」
「また、えらいとこにまで影響出てたんだな、その儀式」
ナツミとハヤトが呆然とつぶやくが、さらに唖然と頭を抱えているのがギブソンだ。
「魔王を喚び出すものだ、それくらいですんだのが、むしろ奇跡なのかもしれない」
「たしかに……すごいの一言だわ」
あまつさえ、先ほどはギブソンをたしなめたミモザまでもがこめかみを押さえている。
「ちょっと待ってくれ」
トウヤが挙手。
「僕たちが目覚めたとき、あの場に彼らはいなかった気がするが?」
「そういえば……」
「えっと、じゃあキールたちは見てた?」
「……いや。見てない」
「え? それってちょっと変――」
そこに零れ落ちるのは、誰のとも知れぬ、囁きひとつ。
――一緒に喚ばれてはぐれになった悪魔達だって、いなかった。
「そうだよ。一緒に引っ張り出されたっていう悪魔達も、その場にはいなかっただろ?」
ぽん、と手を叩いてハヤトが云った。
「……あ、そうですね」
たしかに、わたしたちが確認したのはハヤトたちだけでした。
同じように手のひらを打ち合わせて、クラレット。
「暴走したんでしょ、その儀式っていうの」
モナティの帽子の上に顎乗っけて、エルカが云う。
彼女の体重がかかってるモナティは、手にしたミルクを落とさないように手一杯だ。
誰かテーブルに置くよう云ってやれ。
「じゃ、何が起こっても不思議じゃないじゃない。ミニスみたいなことだってあったんだし」
「そうね。あれ、すごかった」
みつあみにまとめた緑の髪を紫のリボンで結ったフィズが、なつかしそうに頷く。
ラミが、ぬいぐるみの向こうで同じくこっくり。
そこに、アルバが身を乗り出す。
「じゃあさじゃあさ? 姉ちゃんたちって、なんでオレたちのとこにきたんだ?」
やっぱりいきなり喚びだされて、心細かったから?
「……そんなこともないと思うが」
「ソルたち、何も聞いてないの?」
「いや」、
リプレの問いに、けれどソルはかぶりを振る。
「互いに隠し事していて、腹の探りあい状態だったからな……何も、これといっては」
「サプレスに帰る手段を探したかった、とか?」
はともかく、まーちゃんはありそうだけど。
「それなら素直に云うだろう? アヤたちの存在を知ってたんだから、話しても不思議じゃないはずなのに」
……
うーん。
唐突に降ってわいた疑問に、一同頭を抱え込んだ。
どうしてあのとき、無理矢理にでも煙の中に突っ込んでたちを引きずってこなかったのか、今ごろになって悔やまれる。
もっとも、立てつづけに蒼の派閥騒動が起こったおかげで、思い返すヒマもなかったのが正直なところだけど。
「ま、いいんじゃないの? 彼らには彼らの事情があるんでしょ」
後からやってきた私たちが、白々しく云えることじゃないかもしれないけどね。
そのまま思考ループに陥りそうになった一行を引き上げたのは、ミモザの打ち鳴らした手のひらと、声。
まさか1年後の自分がまさに『彼らの事情』を引き起こすことになるなど、予想もしてないに違いない。
ていうか、当時だって気づいてたわけもないけれど。
とはいえ、とにかくそこで、たちの事情推測はお開きになったのであった。
考えても無駄だろうし、彼らを救出してから訊いてみればいい、と。
――ただ。
いみじくも、いつかがバノッサに告げたように。
もう彼女と腰落ち着けて話す機会などないことを、この場の誰も、今はまだ知らずにいたのだけれど――
――父の狙いは判っている。
屋根の上、月明かりを浴びながらキールが云った。
「……狙い?」
夜もふけたころ。
誰が云いだしたわけでもなく、前もって打ち合わせたわけでもないのに、彼らは自然に屋根の上に集まっていた。
世界は結界がほころび切羽詰っているというのに、月明かりは変わらず優しく、彼らを照らし出している。
「もまーちゃんも、たぶん、新しい儀式の器候補だ」
俺たちみたいにな。
少し自嘲気味に、ソル。
「策は、たくさん弄すことに意味があるんだって、あの人の口癖」
「今は魔王召喚に、組織の総力を注いでますけどね」
それでも、無色の派閥の人間は世界中で暗躍している。
誰に気づかれることもなく、闇の合間を縫って動くそれらを数えるなら、まさに無数。
「……一度世界を壊して、自分の思い通りのものを創り上げる、ってか」
「なんかの暴走の果てとかじゃなくて、真面目にやってるからタチ悪いんだろうね」
ハヤトがぼやき、ナツミが頷く。
そしてふと、思いついたように、
「キールたちもそうだったの?」
「ナツミちゃん……っ」
すべて話してくれたとは云っても、彼らは、形として父親を裏切ったのだ。
それがたとえ大局的に正当なものだったとしても、生まれる罪悪感は避けてとおれるものでもない。
アヤがあわてたのも、当然だった。
が、ソルがそれを制する。
「いいんだ、アヤ。――そうだな、たまに、これでいいのかって思うこともあったけど、結局俺たちは父の云うとおり、あの儀式に臨んだんだから」
「……でもね」
本当はいつも――そしてあのときも。あのあとも。
いつも、いつも。
俺たちは、
「恐ろしかった……」
自分がなくなるのが。
わたしたちは、
「……怖かった」
こうして全部を話したあと、あなたたちに拒否されるのが。
4人と4人。
8人分の視線が、そこで交差する。
「――とまーちゃんが知っててくれて、それは少し楽だった」
ゆっくりとカシスが微笑んだ。
「でも、いつかキミたちに話すこと考えると怖くて怖くて……」
ねえ。
あたしも、訊いていいかな?
どうしてキミたちは、誰もかれもが、そんなに強くて優しいの――?