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-フラットの味方の正体暴露-




 ――これは、城に捕えられたふたりの、知らぬままに終わるはずだった一幕。


 あの戦いから数日――
 またしても起こったすったもんだの騒動を片付けた彼らが、無色の派閥が儀式を行う場所に乗り込む前の、晩のこと。

 さんとまーさんって、どんな方なんですか?

 そんな質問が、カイナから出された。
 これが最後の夕食かも、なんて縁起の悪いことさえちょっぴり考えつつ、食事を終えたあとだった。
「私も知りたいな」
 少し遠慮深げに声を発するのは、ギブソンだ。
 ちょっぴり腰が引けてるのは、先日の負い目もあるんだろう。
 ……よりにもよって。
 ハヤトたちに魔王の力が眠ってるかもしれない、と、蒼の派閥の本部に報告してくれた彼のおかげで、彼らはえらい目に遭った。
 報告を受けた派閥のお偉いさん、グラムス・バーネットと名乗る男がやってきて、彼らを派閥本部に引っ張っていこうとしたのだ。
 魔王の力を抱くかもしれないハヤトたちと、その引き金となった無色の派閥の召喚師であるソルたちを。
 それも仕方ないか、と、ハヤトたちもソルたちも、最初は甘んじてそれを受け入れた。
 実際、街道の途中まではその気持ちでいたのだ。
 ……でも、ま。
 結局その後いろいろあって、彼らは、彼らの意志で動けることになった。
 詳しく思い出すと、少し恥ずかしいけど。
 だけどようやく本当に、みんな、ひとつになれた気がする。
 ソルたちもすべてを話してくれたし、自分たちも心全部暴露した。
 そして、意志は。
 グラムスが、思うようにやれ、と、猶予をくれた自分たちの望みは。
 ――オルドレイクを倒し、新しい魔王の召喚を止め、とまーちゃん救出して、バノッサとカノンをこっち側に引き戻す。
 あと、結界も張りなおす。

 そんな決意も強く、皆が揃っていた、そんな時間だった。

 小首を傾げて、アヤがカイナに視線を移す。
 クラレットと談笑していた彼女の手には、ほかほかのミルクが入ったコップがある。
ちゃんとまーちゃん、ですか?」
「あ、私も気になるわ」
 ていうかギブソン? あなた、いつまでも自己嫌悪してるんじゃないわよ。
 未だに反省モードの続くギブソンの頭を軽く叩いて、ミモザも会話に参加する。
 ふと気づけば、ラムダやセシル、スタウトにペルゴ、それからエルジンにエスガルド、カザミネ――
 たちがフラットを離れてからこちらにやってきた人たちが、一様にハヤトたちに注目していた。
「たしか、赤い髪の女の子だったわね?」
 まーちゃんの方は判らないけど。
 そう、セシルが云った。
「知っているのか?」
「ええ。あの暴動のとき、視線が合ったくらいだけど」
 私たちがタイミングを計ってる気配を感じたんでしょうね。きょろきょろしてて、そこで目が合ったの。
 繊手に紅茶のカップを持ちながらの、補足。
 ああ、あのときか。
 その暴動に図らずも巻き込まれたハヤトたち、そしてジンガが軽く頷く。
 ローカスだけが、少々苦い顔。
「声ヲ聞イタカギリデハ、オマエタチトソウ変ワラナイ年代ノヨウニ思エタガ……」
「うん、そうだよ。あたしたちと1つ2つ違うくらいかな?」
「どっちかっていうと、年下みたいな気がするけどさ」
 エスガルドのことばにはナツミが応じ、ハヤトが少々付け加える。
「とにかく、は剣に関しては騎士顔負けだな」
「どっちかというと、騎士よりは剣士って云ったほうがいいかもしれんぞ?」
「おう。俺っちみたいだもん、のアネゴ。1対1よか、乱戦飛び回る向き」
 レイド、エドス、ジンガ。
 女の子に対する評価にしちゃやけに漢らしい表現が多いのは、彼らが男性だからかしら。
 などとミモザあたりは思うが、それはまぎれもない事実の群れだったりする。
 カイナも少し呆気にとられた顔で、
「……たくましい方なんですね」
 などとのたまう始末。
 本人が聞いたら、たぶん泣くぞ。
「でも、優しい子なんですよ。わたしたちが困ってるとき、いつも助けに来てくれて」
「“とおりすがりのフラットの味方”か?」
 なるほど、この間もまさに助けにきてたよな。
 おかしそうに云うのは、ペルゴやローカスと、今日ぐらいはと酒をちびちびやってたスタウトだ。
 タバコはさすがに子供たちに毒だから、と、リプレにきつく止められているらしい。
 さすがのアキュートメンバーも、リプレママに逆らうことは出来ないようである。何気に麺棒でケルベロスをどついてたりする過去もあるし、やはりリプレ最強。
「そうだね。カシスたちの魔力が残ってたから、ってそれだけで、助けてくれるくらいお人好しだよ」
「――――」
 小さく笑うトウヤのことばに、だけど。
 ぴし、と音立てて、セルボルト兄弟が固まった。
 もう彼らは、家名が『セルボルト』であることを、フラットの人々に明かしている。
 父の名がオルドレイクであることも、事故を起こした儀式の直接の目的も――
 それでも選んだのは、こちらに在ること。
 すべて明かした。隠していたものは。
 ……だけど。

 忘れてた。そういえば。
 とまーちゃんの身元について、自分たちは、まだ大嘘をついていた……!

「「・・・・・・」」
 冷や汗たらたら。
 硬直したまま流すセルボルト兄弟に、いくつもの怪訝な視線が向けられる。
「どうしましたの?」
「きゅ?」
 モナティとガウムののほほんとした問いかけにも、彼らは応じない。
 というか、聞こえているのかいないのか。
 元々色白なキールなぞ、すでに顔面蒼白モード。
「……ごめんなさい」
 遠く明後日に視線を向けて、クラレットがつぶやいた。
「へ?」
「何が?」
 間の抜けた誰かの声に、ソルが応える。
「ウソなんだ、それ」
「なにが?」
 実に微妙な笑顔で、カシスが一同を見渡した。
「……それが」
「だから何が?」
 キールはやっぱり、顔面蒼白。
とまーくん」
さんとまーさんが、どうしたんですか?」
 セルボルト兄弟は顔を見合わせる。
 アヤたちが喚ばれた儀式に巻き込まれた。それが、彼らの知ってるとまーちゃんの真実。
 ソルたちの護衛獣。それが、他のみんなが知ってるとまーちゃんの経緯。
 二本絡まりあってる糸は、今まで何の違和感もなく、彼らの物語に併走してきた。
 でも。もう。
 自分たちは話した。あの儀式が、何のために行われたものだったか。
 つまり、とまーちゃんがいる理由を、いつまでも、護衛獣だからという嘘で塗り固める必要はなくなったわけだ。
 元々、儀式のことを自分たちが彼らに話せずにいたから、こんなややこしい理由をまーちゃんが考えてくれただけで。
 ……要するに。もう、嘘は要らないってこと。
 それに気づいてしまったら。
 スッキリしていた心に、どどんと湧いて出る後ろめたさ、当社比当倍。
 セルボルト兄弟は、生ぬるい笑みで一同を見渡した。

「実は、さ」
「……俺たちの」
「護衛獣じゃ」
「なかったのよね……」

 彼らに対する責任は、たしかに自分たちにあるんだけど、それとはまた別の次元っていうか。
 ハヤトたちと同類のものだ、っていうか。

「……」

 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・

「「は!?」」

 しばしの沈黙後。
 いつぞやの『は』現象が、その場の全員に再発した。初めての人間もいたが。


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