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-黒幕登場一歩前-




 本来なら領主が座っているはずのそこに、今腰かけていたのはバノッサだった。
 贅を尽くした周辺の調度に相応しく、玉座も、辺境にしてはかなり手のこんだものらしい。
 そうして、常ならば家臣たちが立ち並び、かしずくだろうその場は――

 いまや、戦場と化していた。

 迎え撃つはバノッサ、そして、控えていたカノン、悪魔兵。
 魅魔の宝玉で無秩序に喚びだされた悪魔達は、理性を向こうにおいたまま、ただ喚びだしたバノッサの命令に従って、ハヤトたちに刃を向ける。
「悪魔どもは、私たちが引き受けます!」
 勇ましく叫ぶのは、エルゴの試練の折、鬼神の谷にて同行を決めたカイナという少女。
 おおよそ争いごとなど似つかわしくなさそうな少女だが、ハヤトたちが訪れるまでその谷で鬼たちと共に、シルターンのエルゴの守護者を務めていた。
 紅白の袴も色鮮やかに、鈴を片手に紙四手を片手に。
 ひらりひらりと舞うたびに、鬼神将が刀を揮い、悪魔達を強制送還してのける。
 その横、銃を連射している少年も、カイナと同じくエルゴの試練をえにしとして、ハヤトたちと一緒に戦うことを決めた人物だ。
 名前はエルジン・ノイラーム。彼の隣でドリルを揮う、赤い機械兵士はエスガルド。
 ともに、ロレイラルのエルゴの守護者。
「こっちは任せて、お兄さんたちはあの人を!」
「かざみね殿、悪魔ガ――」
「心得てござるッ!」
 エスガルドの声に、少し離れた場所にいたサムライが剣を横薙ぎに払った。
 生み出された裂帛の気合いが、近づこうとしていた悪魔の胴体を、腹の部分から真っ二つ。
 致死をもたらすその一撃で、この悪魔も強制送還。
 カザミネと呼ばれたこの男も、エルゴの試練巡りのときに出逢った。
 さすがに彼まで守護者ということはないが、メイトルパのエルゴの守護者である剣竜を倒すために修行していて、ならばと挑戦の折に助力してくれたのだ。
 ……まあ、そのあたりの細かい事情は、今あえて語ることでもあるまい。
 単にが、これ以上のことを知らないだけだったりするんだけど。
(落ち着いてから、ていうかあっちに帰ってからでも詳しく聞いてみよっか)
(好きにしろ)
 玉座の天井裏で、こっそりふたりは会話する。
 ふたりとは――云うまでもなく、とバルレルだ。
 埃にまみれ、ときどき逃げ損ねたネズミに横切られながらも、気配を消して眼下をうかがう。
(……ていうか……さ)
(ん?)
(捕まえてくれたオルドレイクに、感謝……?)
(……10分の1くれぇは、な)
 眼下――そう。ハヤトたち、そしてカイナたち。
 結局脱出したのにも関らず、どうしてふたりがこんなにこそこそしているかというと――
 実は、カイナがいたからなのだ。
 エルジンはいい。エスガルドもいい。カザミネは微妙だけど、あの人妙に天然だから誤魔化せるだろう。
 でも、カイナ。彼女は巫女だ。
 たちはどちらかというと姉であるケイナの方との付き合いが長いが、彼女もそうだったように、巫女というのは総じて感受性が鋭い。
 例えばネスティあたりは理路整然と状況をとらえ、そこから結論を導き出すが、ケイナやカイナたちは直感と呼ばれるものに重点を置く。
 もはや彼女たちの場合、第六感だか超能力だかに達しててもおかしくない気がする。ましてカイナはエルゴの守護者だし。
 ……もう、彼らの前には出て行けなさそうだ。
「バノッサ! とまーくんをどこへやった!?」
 トウヤの詰問が、天井を越えてたちのところまで届く。
 投げかけられたバノッサの返答はというと、
「知りたきゃまず、オレ様に勝ってみやがれ!」
 ――と、実にとりつくしまもない。
 ごめんねトウヤさん、あたしらここにいるんです。
 横で、
(まだ“まーくん”呼ばわりしてたんか、あンのヤロ……)
 ずぶずぶと撃沈してるバルレルはさておいて、心の中で手を合わせた。
「バノッサ! もうやめろッ!」
 エドスの声が響く。
 けれど、応じるのはすでにことばではなく、魅魔の宝玉による強制召喚。
 無理矢理引きずり出されたブラックラックが、エドスに攻撃を仕掛けようとした直前、そこにキールが割り込んだ。
「――くっ……!」
「キール!!」
 エドスの代わりにブラックラックの攻撃を受け、キールはその場に膝をつく。
「だいじょうぶ……」
 対魔力の防御なら慣れてる、エドスがくらうよりマシだと踏んだだけだ。
 駆け寄ろうとした兄弟たちを、片手を上げて制し、彼は、少しよろめきながらも立ち上がった。
 斜め後ろで、ソルの手から光が迸る。
 紫のそれではなく、鋼色――ロレイラルの召喚術。
「嘆きいだきし亡霊の依り代、交わした誓約によって、ここにおまえの力を望む!」
 喚び声に応えて顕現するは、亡霊を背に負った一体の機械兵。
 獲物は、体長ほどもあろうかという大きな銃。
 ――どごおッ!
 そこから噴出されたエネルギーの塊が、悪魔数対を吹き飛ばし、玉座まで一直線の道をつくる。
「走れッ!!」
「おう!」
 声に応えて、ハヤトたちが床を蹴った。
「チィ!」
 それまで宝玉を掲げていたバノッサも、それをカノンに放り投げると、腰の二刀を抜き放つ。
 カノンもまた、武器を持っていた。
 本来は両手で扱う大剣を、彼はその腕力故か、片手で無造作に携えている。
 空いた手で宝玉を受け取り、足の位置を微妙に変えた。
 義兄のように前に前にと進む攻撃型ではなく、迫る相手を迎えうつための姿勢だ。

 ハヤトたちが迫る。
 バノッサの足が床から離れる。
 カノンの剣を握る手に力がこもる。

 ――あと一刹那。

「そこまでだ……!」

 声と、打ち込まれた魔力が遅ければ、彼らの攻防は展開されていただろう。


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