そうして数日が過ぎた。
たまに無色の派閥の兵士と思われる、澱んだお目目の人が見回りに来る以外は、実に味気ない数日だった。
一度だけカノンも来た。食事の配膳のために。
生きていたのかと安堵した反面、こちらに視線を向けようとしない姿を見て、彼ももう引き返す気はないのだと知らされた。
でも。
食事を受け取るとき、ほんの一瞬たちを見たカノンの眼は、まだ、何かに揺れつづけてるみたいで――
バノッサがまだこちら側に留まっているのは、もしかしなくても、カノンがいるからなのだろうとも、思った。
それ以外は、至極単調な日々。
さして広くもない牢のなかで、とりあえず日中は身体がなまらないように、軽いストレッチや運動。
夜は夜で、バルレルのジャマをしないよう、静かに速やかにおねんね。することもないし。
そんなことを繰り返していたせいで、絶対そのうち身体がなまる、と、漠然とした不安が大きくなりだしたころ、それは起きた。
例によって例のごとく、身体慣らしと称して牢内を飛び回っていた、まだ正午にもならない時間。
「ん?」
パシ、と、繰り出したのこぶしを受け止めて、バルレルが首をかしげた。
牢に入れられるときの身体検査で、当然、武器は取り上げられている。
愛用の短剣は元いた時間のギブミモ邸に置いてるからいいんだけど、こちらに来てから買ったあの剣も、それなりに値が張ったものだったので、ちょっと悔しい。
もっとも、牢の中で剣なんか振り回したら、それはそれで危険ではあるが。
さて、そんな手合わせの最中。
バルレルが首を傾げた理由を捜して、は意識をめぐらせた。
まだそううまくは使えないものの、魔力だかなんだかの流れなら、ある程度感じることが出来る。
まあ、こういうのは悪魔や天使、巫女、召喚師とかいう職業の人なら朝飯前なことなんだろうだけど。
そうして見つける。
「……魔力、だ」
ぽつ、と、ともった小さな灯りのようなそれが、爆発的に拡大する。
なんだか暖かく――そして優しい。
それは喚ぶ声。
そして応じる声。
……召喚術。
ああ。なんだかとても懐かしい。
そうだ。
この力を知っている。
この力を使う人たちを、あたしたちは知っている。
「――誓約者」
界と誓約しやがったか、ヤツら――
バルレルの浮かべる笑みは、珍しく喜色に溢れていた。たぶん、自分はそれ以上だろう。
「やった……!」
思わず、腕を伸ばす。
やっぱり珍しく、バルレルがそれに応え、同じように腕を伸ばす。
がっちりクロス。
と、同時。
ぐらりと、ふたりの身体が傾いだ。
別に、腕クロスでバランスを崩したわけではない。……床が揺れたのだ。いや、塔全体。いやいや、もしかしたらこのへん全部。
――――どっ、
腹に響く重低音。そして震動。
「…………」
「喚ぶか、普通。こんなトコロで」
地響きの正体を悟り、が冷や汗を浮かべ、バルレルが半眼になってつぶやいた瞬間。
――――ごがっ、がっ、ががっ、どごがおごごごごおおぉぉぉぉ……!
サプレスにおいては魔臣将の名を冠する悪魔……ガルマザリアの起こす地震が、サイジェントの城門前で炸裂していた。
途端、城門前にたくさんの気配が移動していく。これはすぐ判った。
騒々しい足音や気配は、ちっとも隠れようとしてないから、これは軍人の領分で感じるものだ。
おそらく今のは宣戦布告か。……実にド派手な宣戦布告である。
誰が、誰に?
勿論。
ハヤトたちが、無色の派閥に。
「今まで幾つとれた?」
「14」
残り1つが交渉中だった。
一瞬だけ目を閉じ、バルレルが、手短にの問いへ答える。
「そのなかで、表に出ちゃった子は?」
「いねえ。裏っ側でおとなしくしてろって云ったしな。知性はあんだ、テキトーに機転きかせっだろ」
「そっか」
やっぱり手短に応じて、は、ふと窓から見える空に視線を向ける。
外からは、それまでの静寂が嘘のような喧騒が響いていた。
剣戟の音、召喚術の光。
それらがまるで、ここまでも届いてくるような錯覚。
横で、バルレルが無造作に魔力を揮う。
「あ、ストップ」
「あ?」
檻を破壊するために生まれた魔力塊は、けれどの制止で、狙いを外れて壁にぶつかった。
ごがっ、と鈍い音がして、壁の一部がボロボロ欠けた。
「なんで止めんだよ?」
ここから脱出しねーのか?
胡散臭げなバルレルのまなざしに、は、ぽりぽり頭をかいて。
「……うん、実はちょっとそれも考えたんだけど」
あたしたち、大人しくしてるってオルドレイクと約束しなかったっけ。
「・・・・・・・・・・・・」
あのなァ。
とでも云いたげなバルレルの視線。
視線っつーかガンつけ。
えへへと笑って、は、冷や汗を隠すために明後日の方向を見上げてみたのだった。