創作

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昔話をしてあげる
遠い昔のものがたり
君がそうなるすべてのはじまり
今ただこのときを生きている、君が君になる所以。

それは きっと最初の物語


 いざや夜のとばりよ来たれ
 いざや闇の化身よ参れ

 いつも何かが手に入るとき、それまでの何かを失っている。
 たぶんそれはあまりにも、日常に過ぎて、きっと誰も気づかない。
 たとえば俺は、榊という式神兼妹を得たことで、あの日までの日常の、一部をなくしたことになるんだろう。

 いつも何かを失うときは、代わりに何かを得ていたと思う。
 たぶんそれはあまりにも、自然に行われることだから、誰も意識することはない。
 たとえば俺は、榊という大事な子をなくしたことで、自分の内に眠ってた、力を喚び出すことができたんだろう。


 いざや夜のとばりよ来たれ
 いざや闇の化身よ参れ

 すべての役者はここに揃った
 さぁ、忘れらるることのない、物語の幕を開けよう


 おまえを世界からなくすことで、世界は何を手に入れる?


【地球遊戯・昔話】
〜開幕〜



 それは、ひどく疲弊していた。
 何かに追われてでもいたかのように、じんわりと一箇所にとどまって、もはや動こうともしない。
 月のない今夜、闇と静寂に満ちた夜。
 そこだけが。そう、そこだけが。
 ひどくひどく、凝った黒だと気づける者は、ごく一部しかいなかった。
 ――だから。
 だから、それが何かを待っているのを気づく者も、彼らを除いてはきっと、いなかったに違いない。
 そしてそれは幸いなのだ。

「あーははははは」
 乾いた笑いをひきつった表情でもらしてみせて、那由他が真理に紙を放る。
 上質の和紙につづられた、筆書きの文章に目を走らせて。
 ぴきり、自分の顔がひきつる音を、真理もはっきり自覚した。
「なぁに? どうしたの?」
 ふよふよと、真理の目線と水平な高さまで浮いてきた、榊が紙を覗き込む。
「俺らの、本部……っていうのかな。そこからの手紙だよ」
 なんとか笑顔を浮かべてみせて、榊の疑問にまず一回答。
 もっとも、郵便屋さんが持ってきたというわけではなくて。
 いろいろと、準備をしていた彼らのもとに、飛び込んできたのは一羽の鶴。
 それは那由他の手に止まり、止まると同時にゆるゆると、姿を変えて質を変えて、本来のそれに、折り紙に。
 そうしてそれを開いてざっと、読んだ那由他が先刻の、乾いた笑いをあげたのだった。
「榊にも見せて?」
「いいけど……読める?」
 手にもって、榊の目の前でひらひらさせたその和紙には、見る人が見れば達筆だろう筆書きの文字。 
 かろうじて読める程度の真理にしてみればそれは、『みみずののたくったような』と表現したくなるものではあった。
 読めるよ、と、ぷぅっとまるでりんごのように。
 頬をかわいらしくふくらませ、榊が和紙をその手にとった。

 ――前略、
   ここ数日、そのへんの霊的濃度が異常な上昇をつづけていることについてこちらでも調べてみた。
   おまえらの報告のとおり、原因となった何かは間違いなく、おまえらの近辺にいる。
   健闘を祈る
                                 早々
  上原那由他、久々原真理殿
                         駿河 寿

「がんばれ、ってこと?」

「……援助期待すんなってこと」

 心なし、遠い目をして那由他がぽつりとつぶやいた。
 第一。この返事がくるもとになった手紙といえば、『自分たちだけでは心もとないので増援を頼みたい』と云ったむねのものであって。

「はくじょーな上司だ」

 半眼になって、真理がぶすっとつぶやいた。
 どうしてふたりが怒ってるのか、判らない榊はふよふよと。浮いたままで所在なさげに手紙を持って、真理と那由他を交互に見やる。
 それに気づいた那由他がふっと、表情緩めて幼い少女の頭を撫でた。
 だいじょうぶだから、心配するな、と云いたげに。
「ことぶきさん、ってどんな人?」
 心地好さそうに目を細め、榊はそれを受け入れる。
 発された質問に、答えるのは真理のほう。
「俺たちのしごとの面倒みてる人だよ」
「そうそう、すげぇ強い人でな。俺もあの人からだいたい教わったんだ」
 あとをひきつぐ那由他のことばに、榊は興味を示したらしく、瞳が輝きを増していた。
「つよい、の?」
「おう、すげぇ強い」
「いっぱい強いの?」
「たくさん強いよ」
「誰よりも?」
「うん、誰よりも」
「玖狼よりも?」
「誰それ?」

「……だれ?」

 少女自身、意図してつむいだわけではないらしい、玖狼というそれは名前。

 黄金に優しく包まれて、奥で眠っていた名前。


 それは、
 三千世界の禁忌の名



 ゆらり。榊の瞳が揺れた。


「きぃ」

 つぶやいたことばは音にはならず、瞬時にかすれ、溶け消える。

 それは、
 闇を跳び往く狐の名


「榊?」
 呼びかけた、真理のことばにやっと、榊の両眼が焦点結び。
「なぁに?」
 今までの発言知りません、といった感じで見上げられ、当の真理はことばをなくす。
 伸ばしかけた手を途中で止めて、どうしたものかと思っていると、ぼすっと投げられる護符の山。

「那由他さんー!?」

 ばらばらと、落ちる護符を必死ですくいあげながら、非難の声あげる少年に。
 先輩にあたる青年は、何かとても不機嫌らしく、じと目でひとことつぶやいた。

「準備不足で死にたくなかったらとっととしたくしろ」

「……はい」

「はーい」

 圧されてぼそりとつぶやく少年、元気に手をあげる幼い少女。
 ふたりに均等に視線を配し、那由他はふぅっと息をつき。
 窓の外、月のない夜空に目を向けた。



 空気が震えた。
 世界が震えた。
 あの子が自分の名前を呼んだ。

 それだけで、それまでまったく感じなかった、あの子の気配が手にとるようにはっきり判る。
 闇にうずくまってた狐、むくりとその身を持ち上げて、残った力をふりしぼり、あの子のもとへと駆け出した。




 いざや夜のとばりよ来たれ
 いざや闇の化身よ参れ

 すべての役者はここに揃う
 さぁ、忘れらるることのない、物語の幕を開けよう


 おまえを世界からなくすことで、世界は何を手に入れる?


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何かを手に入れるときに何かをなくす。
考えてみると、このことばって結構正論突いてると思うのです。
物を買うときだって、お金を渡して物をもらうでしょう?
だとしたら、何かを失わずして何かを得るというのは、ひどく我侭なコトなのかも。