創作 |
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昔話をしてあげる 繰り返し繰り返し。 最後のことばを思い出す。 「気をつけなさいね」 何に? ――誰に? 榊? 拾ったばかりの小さな少女の顔が浮かぶ。 嫌な考え浮かんだ自分へ自己嫌悪を覚えてしまう。 『だから違うって云ってるじゃないのよ』 だけど他に何がある 匂いのもとに気をつけろ、とあの子だって云っていた 『あんたそれだから、先生の話を聞いてないって怒られるのよ』 『ゴキブリホイホイ知らないわけじゃないでしょ?』 ますますわけがわからない。 なんであそこでそういうのの話になったのか、まったく見えていないと云うのに。 『考えなさいそれくらい。ま、あんたの先輩ならわかるでしょ』 って…… 鈴峰? いるの? 『もうすぐ行くけどね』 くすくす、かわいらしく笑う声。これは真理の記憶じゃない。 鈴峰! 呼びかける声はことばにならず。 ふと気がついて見てみれば、そこはどこまでも広がる闇で。 自分の身体さえもなく。 透胡の姿も見えなくて。 『じゃあね久々原』 鈴峰! 『また友達になれるといいね』 『それから、最後にお願いがあるんだけど――』 ※ 「鈴峰!!」 「うるせぇっ!!」 ごちんと落ちてきた拳骨は、渾身の力込められたもので。 目の前星が飛び回り、危うくまたも意識を手放しかけた、真理の眼に映ったものは闇ではなくて。 泣きそうな顔で真理の手を握り締める、式に宿った幼い少女。 濡れたタオルを片手にもって、ちょっぴり赤くなった拳骨を、さすってこちらを見る先輩。 【地球遊戯・昔話】 付けっぱなしのテレビでは、未だに近所の惨殺事件を報道してる。 地元ローカルテレビだから、大きく取り上げられるのも、無理がないとは思うけど。 実際に殺された彼らと知り合いだった人々は、どんな思いでこれを見るのか。 もっと昔にふと思った疑問への、答えをこんな形で手に入れて。真理は小さくため息こぼす。 「……ていうか那由他さん、どうして家に?」 鍵はかけてたはずなんですけど。 云うと、那由他はちらりと榊を見やり、 「緊急事態」 一言で云ってのけてくれた。 「あのね」 それを補おうというのだろう、テーブルの向こうから乗り出す榊。 「音がしたから行ったら、那由他お兄ちゃんの声がしたから、鍵開けてくれって云われたから、それで……」 「とまぁそういうわけだ」 「……最初っからそう説明してくださいよ」 思わず半眼で睨みつけ、しかしするっとかわされて。 「さて真理。大仕事」 身体が強張ったのが判る。 空気が瞬時に変化した。 「厄介なのが出た」 たった一言、簡潔に。 告げられたことばに重みを感じる。 「鈴峰を殺した奴ですか?」 「……知り合いか」 「クラスメートです」 淡々と交わされる、それはやりとり。 胸のずっと奥底に、冷たい炎が燃えている。 怒りとか、悲しみとか、そんなものではきっとない。 身体さえも凍えそうになったとき、 ふ、と 暖かい気配を横に覚えた。 「榊」 「……」 ひどく辛そうに。ひどく哀しそうに。 ただ真理の腕を握り、ただただ真理を見上げる榊。 知っている、目。 何かを失うことを知っている目だと。不意に真理はそう思う。 なんだかとてもやるせなくなって、ぎゅぅっと榊を抱きしめた。 「で、だな?」 大きなため息ひとつつき、那由他が真理の頭をどつく。 ――ごん、と。いい音。 「那由他さん……」 「るせぇ。仕事の話するぞ」 「はい」 いつもと同じようなやりとりに、榊がくすくす笑い出す。 つかの間戻ってきた昨日までの日常に、ほんわかと、心が和んだような。 「ゴキブリホイホイ決行予定」 「え?」 それは透胡も使ったことば。 目を丸くする後輩を見て、先輩またもため息ひとつ。 「何かを探しているようなんだわ、対象。 で、あぁいう奴らは比較的目立つ力の奴に惹かれて寄っていく可能性が高い」 案の定、おまえの知り合いだったその子の家は、そういう血筋だったらしいな。 「……そうです」 「なんだ、知ってたのか?」 「今日、話したんで」 「そうか」 ぽんぽんと。那由他が真理の頭をはたく。 軽く、軽く。まるで慰めているように。 驚いて、動きの止まった真理を怪訝そうに眺め、那由他は再び資料に目を落とす。 情報源は自分たちのネットワーク。 何か異変があればすぐ、誰かしらの使い魔なりと式神なりとそのものなりと、報告にやってくることになっている。 試しに問うてみれば今回は、那由他の師匠からのものだという。 「……で、目立つ力の持ち主ならここにも居るわけだ」 「「?」」 不意に那由他が指差したのは、先ほどから宙に漂いふよふよと、ふたりの話を聞いていた、幼い少女の式神だった。 「なんで榊が!?」 驚いて立ち上がる、真理をなだめて座らせながら、那由他は榊を手招いて。 「なんでこいつを普通だなんて思える?」 真理に反論は浮かばない。 それはそうだと思うだけ。 だって、どう考えても不自然なのだ。 あの日あのときあの瞬間。いかにもいいかげんな自分の呪。 それに応じるものがいるとは、行使した本人でさえ、全然考えていなかったのに。 そうして榊のその姿。 おそらく生前、否そもそもの器の姿。 自分たちが喚ぶ式神は、そんな器用なことをするほど、自我が確立していない。 むしろ自我があればあるほど、式として喚ばれることはめったにない。 自我持ちの、姿持ちの式神を使役できるほど、今の自分たちには力はない。 自ずから。 榊は器を求めていたとしか思えない。 そうして仮の器さえ、自分の姿に似せさせて。 それほどまでのことの出来るこの存在を、普通の枠には入れられない。 「それに」 にやりと那由他が笑ってみせた。 「おまえ・こいつ結構好きだろう?」 「え?」 「餌には最適」 「那由他さん!!」 青ざめて叫ぶ真理を眺め、那由他が笑みを深くする。 それにまた、抗議しようとした瞬間。 一気に視線が鋭さを増し、 「いい加減、自覚を持ってほしいんだが」 瞬時。 本気で殺されるかと思ったほどの。強い意志と。 真摯な。言霊。 「おまえには素質があって、それを引き出す環境がある。それを必要とする奴らがいる」 むざと放棄したままでいるな。 それは、それを望んでも得られない奴らを足蹴にしてんのと同じだぞ。 「だっておれは・全然……」 なおも云い募ろうとして、口が鉛のように重くなる。 榊を呼んだあの夜も。 いや、ずっとその前からも。 たった一度、ただ一度さえ、自分のすべての力というもの、望んだことはあっただろうか。 術が苦手なんだと云って、死に物狂いになってまで、修練したことあっただろうか。 ―否 「まぁたしかに、式神の型代がずたずたになっても、この榊の魂自体には影響ないが」 意地悪な笑みを浮かべ、真理から視線をそらさずに。 「無防備に漂ってる魂なんざ、本気で、そこらの異形のいい餌だな」 だからこそ、この子も器を求めていたのだ。 他に入るもののない、無造作にさらされた、真理の型代ならば好条件と。 この幼いこどもがそこまで、考えたとは思えないけど。 「いずれにせよ、だ。十中八九、今でなくとも。いつかそいつは、榊を狙うぞ」 覚悟なんて決められる、そんな心の余裕もなく。 ただ最後通牒のように告げられた、ことばがずしりと胸に響いた。 繰り返し繰り返し。 最後のことばが浮き上がる。 記憶している真理にさえも、意識させるかさせないか、微妙な場所まで浮き上がっては、再び片隅に沈み落ちる。 『お願いがあるんだけど。怒らないであげてほしいの』 鈴峰? 『追われて傷ついて、さまよって。混乱して。ただ、欲してるだけみたい。 そんなつもりはなかったの、あたし、判ってるからさ』 だから 『どうか、出来るなら受け入れてあげてね』 とらえようのない、一連のそのことば。 たてつづけの出来事に、真理自身が頭の片隅に置いてしまった、クラスメートのそのことば。 『そう、あの子に云ってほしいんだ』 『求められているのは、あの子だから』 それから。 『きっと、だいじょうぶだから』 |
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強い子です、鈴峰さん。 わりと、こう。 潔く、あっけらかんと。そんなしなやかな心は気持ちいいと思います。 |