創作

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昔話をしてあげる
遠い昔のものがたり
君がそうなるすべてのはじまり
今ただこのときを生きている、君が君になる所以。

それは きっと最初の物語


 それはきっと、気づかなければそのままに、変わることなき日々だろう。
 いつもの風景いつもの教室。
 居眠りには寛大だけど、遅刻には厳しい担任の先生。
 仲良しのクラスメイトたちと、わいわい騒ぐ休み時間。
 給食が終わった直後の掃除、眠くなって、さてついつい、あくびの連発なぞしてしまう。

 変わらないからこそ飽きもする。
 刺激が欲しいと思ってしまう。

 だけど。

 そんな日常こそ本当に、幸せなのだと思ってる。

【地球遊戯・昔話】
〜日常〜


「え?」
「だから、久々原んち。何かいるでしょ、今」
 ある日の放課後の教室で。
 HRも無事終り、さぁ家に帰ろうと、下駄箱まで行ったのはいいけれど。
 宿題忘れてきたことに、気づいて教室に戻ってみれば。
 なにやら机を片してたらしい、クラスの女子がそこにいた。

 女の子用の赤い色のランドセル、背負った彼女の名は透胡。苗字から云うなら鈴峰透胡。
 女子のなかでは比較的、よく話してた気さくな子。
 たしか明日引越してしまうのだと云って、今日は5・6限目を放り出し、お別れ会をしたのだった。

 じわりと背中に冷や汗伝う。
「何か……ってなんだよ?」
「あのさぁ、久々原。あたし、見えちゃうんだけどなぁ」
「え」
 同じことばを繰り返し、動きを止めて固まった、真理をじっと凝視して。
 透胡は長い髪揺らしくすくすと、笑ってその場の空気を散らす。

「だからー。馴染まない気配があんたからしてるのよ。残り香っぽくて薄いけど」

「……どんな?」

「んー。遠い、感じ?」

 一見意味不明のそのことばだが、真理はぴくりと身を震わせた。
 小学生やって早6年。
 自分の内緒の仕事のことは、その間ずっと誰にも云わず・話さずに。
 このまま卒業するのだろうと思っていたら、まさか、こんなすぐ傍に。
 こいつはまさか、もしかして。
 真理と同じものと場所、見るコト出来ているんだろうか。

 黙ってしまった真理を不安に思ったか、ちょっとだけ眉根を下げた少女がふぃっと覗き込んできた。

「あ、いや別に、悪いのが憑いてるってわけじゃないんだよ?」
 ただ、その辺にいるようなさびしい奴らって感じもしないし、むしろ、

「なんか世界の外みたいな遠い感じがするからさぁ」

 ちょっと心配になって、何かあったのかと思ったわけよ。

 からから笑う少女をまじまじ凝視して。
 ことばはちょいと置いておき、とりあえず疑問を片付けようと。

「……ていうか鈴峰」
「あん?」
「おまえも、見えたりすんの?」
「あ、やっぱり久々原もか」

「あ」

 自分からばらすか

 自分のあまりの間抜けさに、自己嫌悪に陥りかけた、真理を無理矢理ひきずり起こし。
 透胡がにやりと笑ってみせる。

「なんてゆーの? 類は友を呼ぶ? なーんか久々原って見えてそうな感じがしてたんだよね」

 俺はおまえにそんなもん全然感じなかったけど

「女子のほうが観察眼あるもん」

 まぁ小学生の時分なら、一般的にも男子より、女子のほうが成長早く。
 だけど何か納得できず。

「まぁ正直に云うなら、気づいたのは今朝ですけどね」
「?」

「あんた、異端の気配がする」

「……?」

 くりっとした茶色の目が、笑いを消して真理を見つめる。
 その瞳の在り様に、真理もわずかに見覚えがあった。
 那由他がときどきそういう方面を見るために、意識集中させるとき。
 覗き込めば呑まれそうな、深いものをたゆたえた。

「だから残り香だってばー。何、あんた自覚なかったの?」
「ねぇよそんなもん……」

 思わず服の袖をつかんで匂いをかいでみるけど。
 そんな物理的なもんじゃないよと突っ込まれ。

「まぁ、何を拾ったのか知らないけどさー。妖怪の好きそうな匂いよね」
「おまえそんなのわかるの?」
 ふふんと偉そうに胸そらし、
「まぁね、あたしは見るより感じるほうが感覚強いのよ」

 そして再び真面目なカオに立ち戻る。

「匂いのもとが何なのか知らないけどさ、気をつけなさいよ」
「……」
「そんな怖い顔しないでよ、だから匂いのもとに悪いものは感じないんだってば」
「当たり前だろっ」
 つい強い調子で返してしまっても、透胡は別に怯えた様子の欠片も見せず。
 むしろ少女の視線に込められた、力は却って強まって。

「透胡、まだなのー?」

 不意に。
 廊下から聞こえた呼びかけに、瞬時に空気が霧散した。

「あ、お母さん待ってて、もうすぐだからーっ!」

 ぱっと視線を真理からそらし、透胡が彼方に向かって叫ぶ。
 それからふっと目を戻し、
「ゴキブリホイホイの原理くらい、あんた知ってるでしょ?」
「待てコラ」
「じゃあね! 元気でやりなさいよ!」
 話を一方的に打ち切って。真理の返事さえ待たず、母親のもとへ駆けてった、少女を呆然と見送って。

「……なんなんだよ……」

 唐突に始まった会話も場も、すべて欠片も残さず霧散した、いつもの放課後の教室で。


「帰ろ。」

 まぁいいやと気をとりなおし、真理もくるりと身を翻す。

 それだけならばそれはただ、変わらぬ日常の一コマだった。

 変わらないからこそ飽きもする。
 刺激が欲しいと思ってしまう。

 だけど。




 向かい合って食事をするのも、一日目こそ照れたけど、三日目になるともう慣れた。
 箸を扱いなれてない、榊の面倒みながらだけど、夕食を勧めていたところ。不意に鳴り響く電話の音。
「はい、久々原です」
『真理か!?』
「どうしたんだよ田中、夜に。明日なんかあったっけ?」

  ――次のニュースです

 横で電話を不思議そうに眺めてる、榊の頭を撫でながら。
 背中から聞こえるテレビのニュースをBGMに、クラスメイトのことばを待った。

『鈴峰が!』
「鈴峰が?」
 放課後に、なぞのことばを残して去った、少女の顔を思い出す。
 妙に真剣な顔だったなと、思って口の端が緩む。

  ――本日未明、S県A市にお住まいの鈴峰さん一家が、何者かに惨殺されました

『殺されたんだ!』

「      え?     」


 どこか遠くで乱暴に、インターホンが連続で、鳴り響いてる音がした。




 変わらないからこそ飽きもする。
 刺激が欲しいと思ってしまう。

   だけど。

  それまで築いた日常が、すべて壊れてしまうなら

  そんな刺激なんてごめんだろう!?


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なんだってこんなへびーな展開になりますかわたし。
榊と真理が出会ってから、まだ三日目です。
本来なら、あれやこれや平和な日常を書く予定でしたのに。
綺羅が早く榊に逢いたいとせがむのが悪いのか(人のせいにすな)
榊と綺羅と、真理の昔話はもう少し、つづきます。