創作

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昔話をしてあげる
遠い昔のものがたり
君がそうなるすべてのはじまり
今ただこのときを生きている、君が君になる所以。

それは きっと最初の物語


 妹が出来ました? はいよかったね。

 そうあっさり返したら、後輩兼近所のガキはつまらなさそうにふてくされた。
 何を俺に期待したんだよ。
 いまさらそんなことに感激するよな年でなし。

 ――っていうかな。
 おまえに面と向かっていうほど俺の神経は太くないけど。

 判ってるんだろうな。

 家族ごっこの幸せに、ひたるのは別にかまわんが。
 最後の最後でおまえはその子に負担負わせず、その手を離してやれるのか?


【地球遊戯・昔話】
〜那由他〜



「おら、真理。今夜仕事だからな」
「げー!? 昨日の今日でですか!?」
「あったりまえだろうがボケッ!!」
 ずびし。
 さすがにほうきの柄でつつかれると、相当痛いものらしいけど。
 声を出す間もなくしゃがみこんだ真理を見て、攻撃した当の本人というと、涼しい顔して書類をぱたぱたさせるだけ。
 浮かぶは絶対零度の笑い。

「誰のせいで、昨日ぎりぎりまで追い詰めた獲物を逃がしたと思ってるんだ?」

 背後にどろどろしたもの背負い、迫ってみせれば後輩は、顔面蒼白にして後ずさる。

「……お、おれです」
「判ってるならぐだぐだ云うな」
「おれ……明日学校……宿題……」
「んなもん、境内の掃除終わらせてから速攻でやりゃいいだろうが」
「……遊ぶ時間……」

 ぶちっ。

「おまえのせいでアレ逃がしたんだからな! 捕まえるまで昼夜問わず追跡しようってところを夜だけで勘弁してやろうって云ってんだ!
 ちったぁありがたく思えっ!!」

 あぁ、なんだってなんだって。
 幾ら馴染みの夫婦の頼みとは云え。
 こんな、仕事の基礎の考え方すら出来てない、こどものお守りなぞせなばならんのか。
 考えてみれば、最初に真理と逢ってから。
 何かあるたびにぐるぐると、めぐってばかりのその思考。
 いやまぁ、そこは那由他が教育すればいいんだろうが。
 はっきり云って自分の性格、教師や指導者には向かないと、自覚だけはあるものだから。

「真理兄ちゃん、那由他兄ちゃん」

「……」

 ふよふよふよ。
 狛犬磨きをやらせてた、小さな式神の少女がまるで、ちょうちょでも思わせるような感じで舞い降りて。
 そのまま地面から数寸浮いて、やっぱりふよふよかわいらしく、ふたりのところにやってくる。
「狛犬、きれいになったよ」
「おーそうか、いいこいいこ」
 なでなでなで。
「……那由他さん、おれと榊とえらく扱い違いません?」
「俺は式神には優しいんだ」
 しれっと云って返してのけて、榊の手から、真っ黒に汚れた布を取る。
 そのまま足元に置いていた、水はったバケツに投げ込んで、
「勝手口の処に菓子があるからもってきな。そろそろ休憩するから」
「はーい」
 お菓子ということばに至極うれしそうに反応し、榊はふたたびふよふよと、宙に舞っていざ勝手口。
 やっと休憩が入るのか……
 ほっとした真理の視界にちらり、先輩の意地悪そうな笑みが見えた。

「あ、おまえは罰掃除なんだから休憩なしな」
「ひでーーーっっ!!! なんだよそれ横暴ー!!」
「悔しかったら、とっととあの異形捕まえられるように努力しやがれ」
「……おれ、こんな先輩持って不幸……」
「何を云うか、俺がわざわざ鍛えてやってるんだから感謝してほしいくらいだ。むしろしろ」
「ぜってぇ、ヤだ」

 けらけらと、笑いながら。
 落ち込んだ真理の背中を叩き、やってきた榊から菓子受け取って。
 ほら、と後輩に投げてやる。
 驚いて受け損ねたお菓子、ころころ地面に転がったけど、包装だから問題ないし。
 きょとんと目を丸くして、こちらを見ている真理がなんだかおかしくて。
 思わず榊と二人して、爆笑なんぞしてみたり。

 ……なんだかんだ云ってはみても。
 それなりに、楽しそうなある日の午後の物語。


   ――そして、夜の帳がおりるころ。
  白装束に身をつつみ、いざや異形の舞う場へと。
 
 二度と昨日の轍は踏むなと再三最四云い聞かせた甲斐が、もしかしたらばあったのか。
 いつにもまして緊張した表情の、真理にちらりと目をやって。
 その横でやっぱり浮かんでる、榊のほうも確認し。

「さ、行くか」

 盤の示すは東北東。
 真っ直ぐ伸びた銀の針、指すはそびえる小高い山に――



  やればできるじゃないか

  そう云う那由他のお褒めのことばが真理の耳に入るのは、今日という日が過ぎる、ちょっと前。


 妹が出来ました? はいよかったね。
 そういう那由他さんの顔が、ちょっと困ったように笑ったことに、気づかなかったわけじゃない。
 だけどもう、俺はこの子の手をとったから。
 伸ばされた手をとったなら、そのまま歩くしかないだろう?
 あとは俺がそのときに、笑って手を振ってやれるかどうかなんだろう。
 そのときには那由他さん、ちょっとくらいは愚痴云わせてくれるよな?

  ――たとえ、別れがすぐやってくると判っていても。


  おれたちは兄妹でいようねと。
  約束したんだよ、

 そう云ったら、那由他さんはにっこり笑っておれの頭をぐしゃぐしゃにした。


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意地悪な先輩と虐げられる後輩の関係は結構好きです(はい?)
シンデレラとか並の虐げじゃなくて、将来有望だから鍛えてやろうとか。
ちょっと厳しいかもしれないけどおまえならできるよなー♪ って笑顔の先輩とか。