創作

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昔話をしてあげる
遠い昔のものがたり
君がそうなるすべてのはじまり
今ただこのときを生きている、君が君になる所以。

それは きっと最初の物語


 ――闇。
 どこまでも、そう、どこまでも。
 ただ、拡がりつづける、それは闇。
 存在しているものすべて、飲み込んでしまいそうなほどの深遠さを持った闇。
 ただ立っているだけで、存在さえも稀薄になってしまいそうな――

 虚無。

 そんな、闇の只中に、ぽつりと浮かぶは魔天楼。
 妖たちの、棲まう街。

【地球遊戯・昔話】
〜かりそめの終焉〜


 ひらり、ひらひら。ひら、ひらり。
 視界すべてを薄紅に、染め変えてしまいそうなほど降りそそぐ、たくさんの桜の花びらに包まれて。
 道のそこかしこ、建物のあちらこちらに在るのはすべて、異形と呼ばれるものたちだった。
 そしてそんな風景の中、妙に馴染まない人影ふたつ。
 ――人影。
 真理と那由他。
「あのさぁ……さっきから妙に視線を感じるんだけどー……」
 おかっぱ頭の座敷童子が持ってきた、ほうじ茶をずずっとすすりつつ。
 蓬饅頭をぱくついている、那由他に向けて真理が云う。
 落ち着かない、素振りの真理と正反対に、那由他は堂々としたもので。
「人間が珍しいんだろうよ」
 たった一言云ってのけ、饅頭ぱくりともう一口。
「でもさぁ……なんかどっかで見たよーな奴らもいるんだけどー……」
 俺たちが、あっちで捕まえた奴とか。
 真理がこっそり指した先には、まさについ先日に、榊と出逢うちょっと前。とっ捕まえて、成仏させた地縛霊。
 だけれどあのときとは違い、怨念にこりかたまっていた表情が、此処ではすっかり和らいで。
 青白かった顔にも血色戻り(霊に対して適当かどうかは置いといて)、着物も明るい春の色。
「いいことじゃねーか」
 真理たちに気づかないのか、その霊はふゎりと薄紅に紛れ込み、瞬きする間に姿を消して。
「……そっスね」
 じんわりと、優しい笑みを浮かべた那由他をじっと見て、それから真理も頷いた。
「ねぇ」
「うぁ!!?」
 いつの間に傍に来てたのか、真理の背後から声かけた、それは聞き慣れた、少女のもので。
「あ、やっぱり久々原」
 そうして至極嬉しそうに、にっこりにっこり微笑んで、立っていたのは、
「鈴峰……」
 吃驚した。
 掛け値なしに驚いた。
「何よ、ちゃんとあたし、此処に行くって云ってったじゃない」
 どうせあんたのことだから、夢うつつで聞いてて憶えてなかったんでしょうけど。
 全然記憶にありません。
 とはさすがに云うのははばかられ、真理はあやふやに頷いて。
 とりあえず那由他と透胡を互いに紹介させたのち、改めて3人向かい合う。
「鈴峰……」
「あ、あたしにもお茶くださーい。水出し玉露希望ー!」
「をい。」
 真理の視線もなんのその、透胡はさらに、みたらし団子も追加で頼む。
「此処のお菓子美味しいのよねー。あぁ幸せ」
 しごく、しごく嬉しそうに、団子をほおばる姿を見ているうちに、真理の身体から力が抜けた。

 ――いろいろと。
 訊こうとほんとは思ってた。
 怖かっただろう、とか。
 痛かったか、とか。
 辛くなかったか、とか。
 あの場所で助けてくれてありがとう、とか。

 たくさん、たくさん、ことばが頭の中でうずまいてたけど。

「美味い?」
 口に出来たのはただそれだけ。

「美味しい」
 ほんとうに、ほんとうに幸せそうに少女は笑うから。

「あっそ」

 真理も笑って、自分の茶菓子に手を伸ばす。
 あの黒いものに求められ、恐怖を感じなかったわけがない。
 肉体を千々に引き裂かれ、痛くなかったわけがない。
 ほんの十歳とそこらの年でこうなって、辛いと思わなかったわけがない。
 でも。
 ――いいや。
 こいつ、笑ってるし。

「そういえば」
 三本目の団子を食べきったところで、透胡がふっと問いかける。
「なんでココにいるの?」
「なんでだと思う?」
 ずずっとお茶を飲み干して。真理が答えるより先に、応じた那由他の笑みは意地悪だ。
 そうね、あたしの予想では、と透胡は人差し指を立ててみせ、
「魔天楼に招待された」
「見りゃ判るつーの」
 思わずつっこみ入れてしまう、真理の頭を透胡はスパンと一発どつく。
「じゃなくって。招待されたならココの主様――
 玖狼様のトコにいるはずじゃないの?」
「まぁ、本来ならそうだわなぁ」
 ふっと遠い目をした那由他、素直に真実を語りだす。

 あの直後。『天使』を払いのけたその直後。
 色々話でもしようと云いだしたのは、他でもない玖狼さま。
 だけどもあの空き地にいつまでも、居るわけにはいかないし。
 おまけに当の玖狼さま、魔天楼から出れないんだと、しれっとのたまってくださって。
 だったら魔天楼で話そうか、と。なるのはもはや、当然の帰結。
 開けっ放しだった穴くぐり、最初に踏みしめた魔天楼は地面でなくて。
 玖狼が居た場所であり、すなわちそこは楼閣の、立派な黒い屋根の上。
 そのまま座敷にでも行ってれば、那由他と真理、街のほうまで繰り出して、茶などすすらずとも良かったのだが。

「掃除すっからそこらへんぶらついてろ、ってさ」
 口調まで真似て教えると、透胡がおかしそうに笑う。
 それにつられ、真理と那由他も笑い出す。
 それからそれから、ころころと、笑い声がもうひとつ、重なるように降ってきた。
 なんだと視線を転じれば、座る透胡のすぐ後ろ、豪奢な金の髪を結い上げて、艶やかな着物に身を包み、珠のよに、笑う女性が立っていた。
 それを見て、透胡の顔が緊張見せる。
「獅悠様」
「すまぬの、客人たちを玖狼殿がお呼び故」
「鈴峰は呼ばれてないのか?」
 問えば、透胡は此処で出会って初めて、ちょっと困った顔をして、
「あたしはもう、ココの住人だもん」
 あんたたちとは在り様が違うの。
 そう云う透胡のすぐそばで、獅悠と呼ばれた女性のほうも、ちょっとだけ眉根を下げていて。
「玖狼殿は此処の主などやっておるだけあって、力がすさまじいのでな。
 肉の身まとうならともかくも、妖ならともかくも、霊体になったばかりの人の子では、要らぬ影響を受けるやもしれぬよ」
 あの粗忽者は力を抑えるのが苦手であるしの、と渋面で付け加えてる。
「そゆこと。だからあたしは、ココでお別れね」
 ひらひらと、透胡は手を振り笑う。
 それを見る、なんともいえない気持ちが真理を動かした。
 一歩。
 少女の方へ進み出て。
「いつか俺も此処にくるから、それまで待ってろよ?」
 丸っこい、目をもっと丸くして。透胡の動きがぴたりと止まる。
 見返してくる、それをさらに見返しながら。
「絶対、今度は招待じゃなくて正式にばっちり誰にも文句つけさせないで自分の力でここに来るから」
 だから。

「――やってらんね。」
 妙に輝いてみえる、後輩とその友達を眺めながら、那由他がぼそりとつぶやいたのは、幸いふたりには届かなかった。


 またいつか。
 そうして最後にことばを交わし、茶店を立って大通り、一路先の楼閣へ。
 道すがら、話しかける先手はだぁれ?
「あの、貴方は?」
 問うた真理の脳天に、先に自分から名乗れ馬鹿、と拳骨見舞うはおなじみ那由他。
 それに気を悪くした様子もなしに、ふたりを案内する女性、またもころころ笑ってみせて。
「妾の名は獅悠。
 此処の皆と同じく、この魔天楼の世話になっておる身よ」
「俺は真理っていいます。で、こっちの拳骨食らわせたのが」
「たわけ後輩が失礼しました。那由他です」
「たわけってなんですかー!」
「真実だろ」
「真顔で云わないでください!」
「だってほんとのことだし」
「そーじゃなくてー!」
 ころころころ。
 なおも云い募ろうとした、真理のことばを遮るように、獅悠さん、可笑しそうに笑いをこぼす。
「かわいらしい御子たちだの」
 気勢を殺がれた真理と那由他、思わず顔を見合わせそして、つられるようにふきだした。

 真新しい、畳の匂い。
 深い緑のそのうえに、ちらほら積もる桜色。
 部屋の外を巡る廊下との、境の御簾も取り払われて。
 楼閣の下に広がる街並が、降りそそぐ薄紅に覆われて、えもいわれぬ絶景で。
 急遽に用意したとは思えない、かなり豪華な料理の山。
 海の幸山の幸、世界の狭間のはずのこの街で、いったいどこから持ってきたのか。
 だけれどなにより。なによりも。
 特筆すべきはその料理、乗っけているのが真理も那由他も見慣れまくった純和風のちゃぶ台(しかも特大)だ、とゆーことで。
 激しい落差にあっけにとられ、部屋に一歩踏み込んだところで固まったのも、無理からぬことだと云えるかも。
「どうした?」
 こいこいと、気さくな狼に手招きされて、ようやくふたりは我に返り、開いた場所へと腰下ろす。
 玖狼の右手に榊がいて、その隣に真理が座る。左手には綺羅がいて、その隣に那由他が座る。
 それを見届けた狼が、表情をふいと改めて、

「まずは」
 す、と頭を下げてみせ、
「うちのこどもと一応の親戚が、世話と迷惑かけた」

 唐突な謝罪のことばと動作に、むしろふたりが慌ててしまう。
「いえ、貴方が謝られることではないと思います」
 静かに答える那由他の態度に、こういうときは頼りになるなと素直に思う、経験不足の真理がいたり。
「榊の魂を喚びこんだのは、ひとえにこいつのいい加減な呪のせいですし」
 じとり、と睨まれ思わず真理は前言撤回。
 それを見て、くすくす笑う少女と狐のその声は、とりあえず故意に無視しよう。
 自分の精神安定のためにも。うん。
「えらいもんと相対させられましたけど、結局俺たちはこうして無事でいられる」
 だから。
「頭を下げるべきと思うなら、それは俺たちじゃなくて、こいつの友達にだと思います」
「……うん」
 瞳をゆっくり細めて微笑い、狼が小さく頷いた。
「実はさ」
「はい?」
「あの子どもがここにきたときにさ、俺、謝ったんだけどさ」
 生身で逢っちゃやばいから、礼儀反してると思ったんだけど映像で。
「そしたら」
 ここだけの話というように、小声で顔よせてひそひそと、

「ぶはって飲んでたお茶噴出して、『なにいってるんですかー!』ってけらけら笑って、映像の俺の背中をどつこうとしてすり抜けて顔面から地面に滑り込みしてまわりの奴らに大笑いされてた」

 おいおいおいおい。
 主様に何してんだヨ。

 思わず遠くを見つめ、真理と那由他はたそがれモードに入り込んだのであった。


 ふたりが我に返ったあとは、とりあえず食事をしようということになり。
 さてものんきにわいわいと、食べるわ飲むわと賑やかに。
 そうしてちゃぶ台の上に山盛りだった、料理も殆ど腹の中。
 玖狼は大の字になって寝転んで、彼を崇拝するものが見たら泣き崩れるんじゃなかろうか。
 綺羅と那由他は、将棋好きの趣味が合ったのがうれしいらしく、道具一式持ち込んで、ふたりでぱちぱちやっている。
 そうなると。
 必然的に、真理の傍には榊がちょこんといるわけで。
 いやいや別に玖狼の傍に、いてもいいんじゃないだろか、とは思うけど。
 現に榊は真理の傍にいるわけで。
 しかも、真理の服の袖をぎゅっとつかみ、先ほどから何かを云いたそうに繰り返し、口を開いては閉じている。
 なんとなく。
 なんとなく、何を云いたいのかは判ってる。
 判ってるけど、自分から水を向ける気にはなれなくて、真理は黙って座ってた。
「お兄ちゃん」
 風にもてあそばれる薄紅が、床にその身を横たえる。一連の、それが流れたその直後。
 榊のことばが真理に届く。
「んー?」
 視線は少女に向けぬまま、真理はことばの先をうながす。

「榊を拾ってくれて、ありがとう」
「うん」
「ちょっとの間だけど、いっしょにいてくれてありがとう」
「うん」
「それから」
「……うん」

「これからもよろしくお願いします」


「…………………  は?」

 完全に、完膚無きまでに予想外のそのひとことに、思わず少女を見返すと。
 にこにこと、返ってくるのは笑い顔。
「榊、真理お兄ちゃんの妹で、式神だもん」
 だから。
「喚んでくれたら、いつだって、絶対に、お兄ちゃんの処に行くから」
 だから。

 考えてもなかった展開に、慌てて周囲を見渡してみても。
 那由他と綺羅は判っていたとでもいうように、こちらを見ることさえもせず、将棋に熱中しているし。
 では玖狼はどうかと云うと、上身を起こして真理の反応を待っていた。
 ちなみに。それはそれは、楽しそうな顔、していたと明記しておこう。




「ひっかけられたよなぁ、つくづく」
「どうしてよぅ」
 ローソク6本、つけてもらったケーキを抱いて、夜道を家へと歩いてく、真理の傍にはふよふよと、変わらず浮かぶ少女の姿。
 そうしてその足元を軽やかに、跳ねるよに歩く白い狐。
「なぁ、綺羅?」
 なにやら含んだその声にも、狐は瞳を細めるだけ。
「俺はあのとき、これ以上ないくらい、真剣に悩んだね」
 いくらすぐ来るからって云っても、まさか俺が商売続ける間ずっと喚んでこいつの人生それに費やさせていいのかって。
 それなのに。
 ふわふわと、自分の肩よりちょっと下、浮かぶ榊の頭をなでて。
 ああ、それなのに。
 ――まぁ、いいけど。
 ことばの代わりに白い息、吐いて真理は足速め。
「とっとと帰ってあったまろうぜ。榊の誕生パーティすんだろ?」
 ちらりと腕の時計を見れば、そろそろ那由他も来る時間。
「今日は榊のパーティで、明日は真理のパーティ。ご馳走三昧〜」
 嬉しそうに、狐がうたう。
 うたって、それからふっと真理を見、
「何歳になるんだっけ?」
「覚えとけ、それくらい」
 笑って真理はそれに答える。
「22歳」

 ――彼らの家まで、あともう少し。


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■目次■

時の流れが違うのです。魔天楼と真理の世界。
変わる子供と変わらぬ子供。だけど一緒に歩くことを選んで。
ひとまずは薄紅の昔話もひと段落。
さて、ようやく時間はその場に戻り。