創作 |
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昔話をしてあげる ゆらり、ゆらゆら。ゆら、ゆらり。 柔らかな薄紅に包まれて、少女は桜色の夢を見る。 優しい光に包まれて、少女は禁忌のちからを預託する。 それは薄紅、異能のちから。 世界と世界の狭間を壊す、薄紅まといしはじまりの、魂の抱いたそのちから。 大きすぎる強大すぎる、それに畏れも抱くことなしに。 ―だいじょうぶ 器壊されそれでもなお、笑って手を貸してくれる存在が、少女の心を凪に保つ。 ―だいじょうぶ 【地球遊戯・昔話】 「だいじょうぶっすか?」 その場にぺたりと座り込み、精神集中始めた那由他へと、問えば返ってくるのはきつい視線。 「うっせぇ」 「こらこら、邪魔しちゃ駄目でしょ」 くすくすと、笑いながら、狐が真理を那由他から離す。 「術のために集中してる相手の気を乱すようなことは、しちゃ駄目」 基本中の、基本の礼作だよ? そう云われ、自分がほんとに何も知らなかったことに、多少ショックを受けてしまう。 教えなかった先輩にも、非はあるのだろうけど。 考えてみたら、真理が術を使うとき、那由他はアドバイスのための発言はするけれど、雑用で話しかけられたことはない。 知ろうとしてなかったんだな、と。 小さく息をつきそして、改めて狐に視線を向ける。 「俺はどうすればいいわけ?」 「俺と一緒に戦ってくれればいいわけ」 ごーん。 頭の奥で、でっかい銅鑼が鳴り響く。 当たってほしくない予想が、一気に当たった狐の発言。 まじっすか? まじです。 ひきつった視線で再度問えば、微笑とともに返る答え。 「でも俺、術同士の戦闘って慣れてないけど」 先輩である那由他なら、戦っている最中にだって、術のために集中できるのだろうけど。 いかんせん、自分が不慣れなのは百も千も承知なもので。 「足手まといになるかもしれないけど」 「くるよ」 真理のことばを遮って、狐がひとこと、そう漏らす。 そのことばの厳しさは、真理にそれ以上の言を赦さない。 真っ直ぐ真理を見つめてる、緑の瞳、かすかに細めて狐は云った。 「結界、次の合図で」 視線は真理、けれどことばは那由他に向けて。 そうしてそれと同時に、 ―ゆぅ、らり。 と。 ―ゆぅ、るり。 と。 音もなく光もなく それは入り込んできた。 ―刹那。 パァン! まるで鏡が割れるような音を立て、今までそこを覆ってた、黒いものが弾け飛ぶ。 ざぁっと、夜の空気が頬をなでた。 いやに懐かしく思うのは、今これまでの状況に、緊張していたせいかもしれず。 「榊!?」 心配して叫んでみれば、霧散した、黒い欠片の舞う影に、ぼんやり浮かぶ桜色。 それにほっと安心し、真理は入り込んできたそれを、身体ごとその向きを変え見やる。 ひかり。だった。 金、白金、銀。 赤、蒼、朱、緑。 あらゆる色を混合し、なのに不和と感じさせずに。 一種の神々しささえも、備えて輝くひかりの姿。 これがすべての元凶なのに、そうと信じられなくなるほどの、まばゆいひかり。その存在。 「張って!」 張り詰めた、狐の声が飛んだ。 応え、那由他の口が呪をつむぐ。 覆っていたものが砕け散った瞬間、肌をなでた夜の風。再び、感じられなくなって。 だけど先ほどまでと違い、視界に入るのは闇じゃない。 空き地。塀。家。電柱。そして月のない夜空。 けれども、何かに包まれていることは感じとれる。 那由他の結界。 先刻の狐の注文どおり、内側で起こる何もかも、外へ漏らさないための。 中にいるのは真理と狐。それからたった今やってきた、黒いものを散らした輝くひかり。 結界を保つそのために、那由他は外に位置してる。 同時に榊を巻き込まないようにとの配慮やも、薄紅の光も那由他の傍だ。 そうして。 「おまえはなに?」 ふぅわりと。 浮かぶまばゆい光に向けて、狐が問いをつむぎだす。 「おまえはなに?」 繰り返す。 「なに?」 繰り返す。 光に問いなど投げかけて、果たして解など得られるのかと、怪訝に思い。 それでも見つめる真理の前で、ひかりの姿がふゎりと揺らぐ。 徐々に光は凝縮されて、現れたるはひとつの影。 白磁の肌に、長くたなびく金の髪。 薄手の布に覆われた、背中から生えるは純白の。 羽。 「……てんし?」 「悪趣味。」 ぼんやりと、つぶやいた真理の感想打ち消して、うんざりしきった狐の声。 「だって、判っているのだろ?」 応えてこぼれる、目の前の、天使の姿のそれの声。 その姿形に相応しく、まるで鈴の音の鳴るような、とてもきれいなそれの声。 けれど、それを耳にした瞬間。 背中を氷の手でなでられたような、強い、強い不快感。寒気。 「なに、こいつ」 本能が告げる、なによりも、明確にはっきりと。 これは敵。 これは自分たちを滅ぼすもの。 狐が告げる。 「界渡り」 初めて聞いたはずのその名にさえも、嫌悪感を覚えてた。 これは相容れないものだ。 これは敵対するものだ。 常に対極に在るものだ。 自然と、身体が構えをとった。 ちらりとでも隙を見せたらば、瞬時にとって喰われそうな、そんな危機感が真理を襲う。 だのに、何故か攻撃に移ることはできなくて。 目の前の、天使の姿したそれは、ふぅわりと、ゆぅらりと、いかにも無防備だというに。 「後ろの」 びくり。 『天使』が細い指を持ち上げて、示すは狐と真理の背後。 淡やかにひかる、桜色。 「それを、欲しいと思う」 渡しておくれ。 「他のすべては喰らったのだけど、いちばん欲しいのはそれと思う」 この手におくれ。 「やだ」 刹那の間さえ置きもせず、きっぱりはっきり狐が云った。 しゅっ、と空を裂く音させて、その腕が、ことばと同時に横に凪がれる。 『天使』は、けれど動揺もせず、ふぃっと半歩横へと動く。 火花まとった雷が、『天使』の羽を掠めていった。 場に散らされる、淡雪のような白いもの。 「つッ!」 それが、真理の頬を掠めると同時、火傷のような痛みが襲う。 あわてて『天使』から距離をとり、震える指で頬に触れれば、じくりと爛れて熱持った、まるで溶かされたような感覚で。 狐はこれを知っていたから、外部にけして影響を出すなと、そういう結界を望んだのか。 「界渡りはね」 傍へやってきた狐、視線は『天使』に向けたまま、真理に向けてことばを寄越す。 「全部をなくそうとするためだけに、今、在るの」 この個々として存在する者を、物を、ものを。 境界を。 「なにもかもぶち壊して、たったひとつのものに再構成するために、在るの」 だから。 「あのちからを望んでる」 世界と世界の狭間を壊す、世界と世界を融和させる、唯一の、薄紅のちからを望んでる。 ふっと『天使』に目をやると、さきほどと変わらず無防備に、構えもとらず立っている。 じり、と、対して改めて構えをとり、 「ごめん」 親切に説明してくれた、狐に向かって真理は告げた。 「話のスケールがでっかすぎてよくわかんねぇ」 「……そう」 他に、返答のしようがなかったのか、かなりの間を空けたのち、ぽつりと狐がつぶやいて。 なんとなくその目が遠くを見ている気がするが、そこはそれ、気のせいということにしておこう。 「いや、だってさ」 何もしてくる気配のない、『天使』に向けて印を組む。 「世界がどーの云われても、しかも始原の時代みたいな話までされても」 つむぐ、呪と呪の合間にことばを発す。 「俺、そういう崇高な目的でココに居るの決めたわけじゃないし」 そう。 世界がどうの始原がどうの、そんなこと本音はどうでもいい。那由他には殴られそうだけど。 今自分が此処にいつのは、ただ透胡が死んだ原因を、作った奴への怒り故。 自分の気持ちを救ってくれた、式神の型に潜り込んだ小さな少女を守るため。 「俺は偉くないから、動く理由なんてそれくらいでちょうどいいんだ!」 最後の印を組むと同時、真理の合わせた手のひらに、生まれるは白い光の刃。 それをすかさず投げつける。 けれど『天使』はあっさり避けて、そうして衝撃でまたしても、白き羽根が舞い散って。 「うーん、堂々巡り」 むやみに近寄ったりしたら、間違いなしに溶かされる。 白い羽根の濃度は、『天使』に近い場所ほどより高い。 だからといって、真理や狐がさっきした、遠距離からの攻撃では、あっさり避けられるのが関の山。 狐と顔を見合わせて、どうしようかと云いかけたらば、 『真理!』 「うわ!?」 いつも懐に持ち歩いてる、式神の型が那由他の声でいきなり叫ぶ。 結界の外からは声が届かないからと、型代通じて呼んだのだろうが、さすがにいきなりではびっくりだ。 「なななななな!!?」 『羽根が結界溶かしてんだとっとと片つけろ!』 「げ」 「あちゃー」 云われて周囲に目をやれば、場を覆う透明な、膜のそこかしこに白い羽根。 ぴたりと吸い付いて離れずに、じんわりと侵蝕始めてた。 「さすがだ界渡り。なんでもかんでも壊すって云われるだけはある」 むしろ感心したように、狐が半眼でのたまって。 「叶わぬこと、判ったであろ?」 にっこりと。 笑んで『天使』が問いかける。 「はい」と。思わずそう答えそうになり、真理は代わりに唾を飲む。 自分たちが何を仕掛けても、相手は変わらずゆぅらりと、ただただそこに在るだけで。 最初こそ、無防備に見えたその立ち姿、よくよく見れば奥のない、捕え様のない嫌な感じ。 だけどもこうしている間にも、『天使』の羽根は結界を、じわじわと侵蝕しているわけで。 結界を張っている那由他に攻撃しないのは、当然結界のせいもあろうけど、もしかして、それは今慌てなくとも、時間が経てば自然と破れるからだと云いたいのやもしれなくて。 だとしたら、このまま膠着状態続けるならば、結局榊を奪われる。 だとしても、早期決着に持ち込むためには、決め手というものがない。 「……ピンチってやつ?」 『天使』と真理と狐が対峙しているその場、不意に何かが揺れたよな、奇妙な感覚、那由他は覚え。 だけれども。 かなり溶かされだしている、結界のためにそれ以上、気をそらすことは許されない。 羽根が触れているその場所に、『気』を送り込んで補強する。 あちらこちらにこびりつく、場所という場所にその作業。 しかもそれだけではなくて。 先ほどからほとばしる、狐と真理の攻撃の、余波を受けたところにも。 あの羽根ほどではないけれど、どんな微量のダメージだって、蓄積されるをほうっておけば、それこそ目も当てられまい。 「荷が重いっつの……」 額に汗の粒浮かべ、印を組む手を片時も止めず、那由他はぼそりとつぶやいた。 だけどもし、今この結界が破れたら。 瞬時に『天使』は榊に手を出すだろし、狐と真理の攻撃が、傍の民家に被害を出す。 ―加賀屋さんがいてくれたらなぁ 自分の師である青年を、思い浮かべてすぐに消す。 今このときこの場所で、動いているのは自分たち。 もしも、の話なんてしたとこで、意味なんてありはしないから。 じくり。 「ツッ!?」 右腕に走る激痛が、那由他の動作を瞬間止めた。 慌てて印を再開させて、見やれば張り付いた白い羽根。 「しまった……!」 那由他の力が不足したか、相手の力が大きすぎたか。 おそらく後者を因として、結界のその一部分、羽根に喰らいつくされて。 出来ている、手のひらほどの、それは綻び、それは穴。 きゅぃ、と『天使』が口を吊り上げた。 ぶわぁ、と、狭いその穴潜り抜け、無数の羽根が那由他に迫る。 「解いて!」 切羽詰った狐の声に、反応できたのは奇跡だろうか。 目の前に、まるで純白の、雪のように舞い散りおりるその光景に、目を奪われていたのは事実。 「―!!」 両手を離し、結界の印を解除して、手早く数個の印を組む。 那由他の前に広がった、不可視の盾に阻まれて、舞い下りる羽根たちは動きを止める。 じゅわぁぁ、と、嫌な音がした。 「ほうら。ね」 口を吊り上げたそのままで。 『天使』が断罪するかのような口調で告げた。 「那由他さん―」 「無理」 真理の云いかけたことばを察し、先輩はあっさり切り捨てた。 いつもなら喰ってかかろうものだけど、さすがに今は出来ようはずもないのであって。 もう一度結界を張ろうにも、那由他の周りを牽制するように、舞い踊る羽根がそれをさせてはくれないだろう。 じり、と動きを見せただけで、羽根がじんわり包囲をせばめる。 ちらりと横の狐を見やる。 悔しそうだろうと思いつつ― 予想は見事に外されて。 まだ。 狐は微笑ってた。 「発見ー!!」 今回は運がいいぞ自分! がばりとかなり勢いよく、座っていた場所から立ち上がる、それは緑の髪した番人。 「玖狼!」 何もない空間に、向かって狼の名を呼ばわれば。 瞬時に応え、魔天楼との道が開く。 「君のこどもたち見つけたよ!」 今まさに、番人と狼の、遠い遠いきょうだいと、対峙している狐の綺羅と。 今まさに、番人と狼の、遠い遠いきょうだいの、ちからを抱いている榊。 空間を無理矢理ねじまげて、つなげたこの場と魔天楼。 楼閣の、屋根の上でゆぅらりと、扇子弄んでた狼は、番人のことばにうっすらと、会心の笑みを浮かべて応じ。 「道つなげても問題ないな?」 問いに、番人は感覚を黄金の環に走らせる。 瞬時に意識はあらゆる世界を走査して、多少ねじまげてみたとこで、その世界の安定が、壊れないこと感じとる。 「問題なし!」 びっ! と親指を立ててみせ、それが狼への返事。 そうして再び狼が、扇子を翻すと同時、こちらとあちらの道は閉じ、 あちらとあちらの道が開く。 狐が一歩、『天使』に向かって踏み出した。 ちらりと羽根が蠢くものの、攻撃仕掛けるでもない狐の気配に、それ以上動くことはない。 「なに―「ありがと」 そのまま顔を天に向け、ことばに真摯な気持ちを乗せて、狐がひとことつぶやいた。 応えるように風が吹く。 いつかどこかで感じた気配に、真理もはっと空を仰いだ。 「鈴峰!?」 ―だいじょうぶ クラスメートの少女の声が、最後にそう云ったような、それは気のせいではないと信じたい。 ざわりと空気が揺らめいた。 那由他が先刻感じたものと、寸分違わぬその気配。 それは『天使』のすぐ目の前で。 それは那由他のすぐ後ろ。 それは真理たちの見守る前で。 薄紅色の空気が舞う。 いつの間に、本来の肉体へと還ったのだろう。 型代に入っていたときと、殆ど変わらぬなりなれど、それこそが少女のまことの器だと云うように。 黒い髪と黒い眼の。幼い少女がそこに在る。 薄紅色の夢から覚めた、魔天楼の小さなこども。 「「榊!」」 真理と狐の声が重なって、少女の小さな耳を打つ。 並ぶふたりに目をやって、不思議そうに首傾げ。 それから少し離れた場所の、『天使』を目にして嫌な顔。 「おまえがあれを壊したのね」 質問の形すらとらず、それは断定するかのように。 『天使』は口の端吊り上げたまま、小さく頭を傾けそれを解にした。 「そう」 肯定の仕草と受け止めて、きっ、と眉をしかめてそして。 「もう無理よ」 けして大きくない少女の声が、静まり返った場に響く。 『天使』はくすくす微笑いだす。 何を云っているのかと云うように。 今までの、この状況を見ていないからそういうことが、云えるのだろうと云うように。 未だに彼らの周りを囲む、触れれば侵される白い羽根。 力量の差も歴然と、『無理』というならばそれは真理たち側と。 「御前がそれを使えるとでも?」 薄紅の輝きは今たしかに、少女の内にて安定した、輝き放っていたけれど。 悠然と、笑んでいる『天使』だけでなく、真理にだって感じ取れる。 隣の狐だったらば、もしかしたら扱えたやもしれぬけど、現実に、それを得たのは幼い少女。 経験が足りず知識も足りず。 砕け散った黒いもの、薄紅を渡すだけがきっと、精一杯だったはず。 万が一暴走させでもしたら。 真理の視線に気がついて、那由他が小さく息をつき、その口から答えをよこす。 「少なくともここらへん一帯はパーだろ」 わざわざ両手を広げて見せてまでくれて、余裕なのかそれとも逆か。 とりあえず、心がさらに重くなり、訊かなきゃ良かったと後悔したり。 「うん、榊は使えない」 あっさり告げた少女のことばに、今度こそ、地面に撃沈したくなったりしたり。 「では、おくれ」 たおやかにその手を少女に向けて、促す『天使』のその姿。 本性を知らないときならば、どこぞの美術の絵画のようにも思えただろう。 つーか。まだピンチじゃん。 けれど、狐はまだ、笑んでいる。 「あげないよ」 「でも御前には使えない。持っていても意味なかろ?」 「うん。でもあげない」 「ならばそこな者たちとともに、御前も喰ろうて奪おうか?」 「誰も食べちゃダメ。榊も、痛いのはいや」 「ではおとなしく渡しておくれ、そうすれば痛みもなしに我がすべてを喰らおうから」 「いや。あげない」 嗚呼、なんて不毛な問答だろう。 「いい子だから、諦めて?」 聞き分けの無い、小さな妹に云うように。 自分の身体をその両腕で、包むように抱きしめて。 薄紅の魂を受け継いだ、魔天楼のこどもは云った。 「もう、お父さんがくる」 刹那。 世界と世界の狭間を無理矢理ねじまげて、魔天楼との道が開く。 感じたのは力の奔流。 目の前の、『天使』にも匹敵するような、否それよりも、もしかしたら大きい力。 「親父様!」 「お父さん!」 心から、うれしそうなこどもたちのその声に、返されるのは優しい笑顔。 そうして。 こどもたちとその友達を、食おうとしていた『天使』には、視線だけで射殺せそうな、強く恐ろしい意志込めて。 「消えろ」 たったひとことただひとこと。 けれどただその一言が、眼前の『天使』の表情を歪ませる。 「何、御前」 じりっ、と、狼から距離をとりながら、強張った声で『天使』が問う。 「玖狼」 けしてこちらの世界には、足を踏み出そうとはせずに。 繋げられた空間の、向こう側から告げられた、魔天楼の主の名。 それは、『天使』の喰らった魂の、きょうだいたる者のまことの名前。 「御前は嫌……」 ばさり。 背の羽をはためかせ、『天使』が大地から舞い上がる。 「御前は強い……御前は怖い……」 悔しそうに、目の前の榊を見据えながら。 「だけどまた。いつか」 それが『天使』の最後のことば。 ばさっ、と今までの比でない濃度の羽根が舞い、あたりを白く埋め尽くす。 そうしてはたと気がつけば、それまでの、張り詰めた空気はどこへやら― 月の無い、星も霞みだした白んだ空に、ちょっと冷たい夜の風。 どこかで犬が遠吠えかまし、一番鶏が鳴いていた。 体力も気力も使い果たし、その場にどさりとへたりこんだ、真理と那由他と、狐と榊。 空間を無理矢理ねじまげて、つないだ先からその光景を、おかしそうに眺めるは、魔天楼の主様。 とうとうその場に仰向けに、寝っ転がって真理は云った。 「那由他さん、俺さぁ、思うんだけど」 「ん?」 たしかに危機は去ったのだけど、どうにもしっくりこないこの感覚は。 「こどもの喧嘩に親が出る、って」 名言だよね、意外と。 「阿呆」 次の瞬間、はじけるように笑い出した狐と狼の声が響き、真理の脳天に那由他の拳骨が落とされたのは。 ―云うまでもあるまい。 |
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『天使』。そして、狐と薄紅、那由他と真理。 ...玖狼。 子供の喧嘩に親が出る。 親の喧嘩に子供がまき込まれる。 さて、このことばがどちらかというと――それは、今に戻ったときに。 もう少しだけ。ひとときの終焉を向かえましょうか。 |