創作 |
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昔話をしてあげる おまえはだぁれ? ずぅっと向こうの闇の果てから、自分目指してやってくる、大きな大きな黒いもの。 ――ううん。 浮かんだそれを、榊はすぐに否定する。 大きいのはきっと、溢れ出そうな零れ出そうな、もはや己に留めておけない膨大な力のそれは具現。 黒いのはきっと、異端たるものに己の在り様歪められたせい。 それでも尚、いちばんの想いを願いを果たすため、それは榊のもとへくるのだろう。 お兄ちゃんたちが、倒すと云ってたのはおまえのことだね そしておまえは、それを知ってるね ゆっくりと、天の星々数えながら、心のうちで呼びかける。 それは黒いものにとっての目印になり、故に、それは勢いを強め。ただただ榊だけを求め目指して。 「どうしてかな?」 声に出す。そうすればもっとあの黒いもの、呼び寄せられるというように。 「榊はおまえを知ってるような気がするの」 強い強い、強い願い。 強い強い、強い想い。 願いと想いが力になる。 強い強い、強いちから。 ――強い。魂。 誰よりも強い、 「玖狼父さんと同じものだったからだよ」 少女の記憶を覆い包んでいたはずの、黄金はそのとき霧散する。 【地球遊戯・昔話】 亜麻色の髪がふわりとなびき、榊の頬をくすぐった。 優しい優しい、懐かしいもの。 初めて出逢ってからずっと、あのときまで常に自分の傍にいた、優しい優しい狐のそれだ。 あぁ。 どうして忘れていたんだろ。 「きぃ」 差し伸べられた手に、しがみつく。 そうしてはっと思い出し、こちらを見守っているだろう、ふたりのお兄さんを声高に。 呼ぶ。 呼ばれた。 「真理お兄ちゃん、那由他お兄ちゃん!」 今までのようにふわふわと、夢と現を行き来していた、つかみどころのない声音でなくて。 しっかりはっきり自分を持った、それが本来のあの子の声か。 名前を呼ばれた真理と那由他、どうやら狐は例のものではないと察し、壁から全身覗かせる。 「かくれんぼ?」 大事に大事にふぅわりと、少女をその腕でもって包みながら、亜麻色の、長い髪の少年が。 髪の間から狐の耳を覗かせて、尻尾をぱたぱた振る少年が。 真理と那由他に問いかけた。 対するふたりの反応は、性格あらわしたそれぞれで。 真理は地面に沈没し、那由他はぶはっと噴き出した。 「みたいなもん」 笑いながら那由他が答え、沈んだままの真理の背中を一発蹴って、強制的に引き起こす。 「おまえさんはその子の身内?」 「みたいなもん」 那由他の口調を真似る狐は、なんともお茶目に笑ってみせて。 それまで張り詰めていた空気、ちょっとどころか随分かなり、弛緩したのがみてとれた。 「へぇ? 他所の世界ってのがあって、そこから迷子になったんだ、こいつ」 「そうだよ。身体と魂ばらばらになって飛んでいっちゃったからさ、もー焦った焦った」 とりあえず、身体の方を先に保護して、魂のほうを捜してたわけなんだけどさ。 「まさか器に入ってると思わなかった。どうりで榊の感じが見つけにくかったわけだよ」 今は真理の作った式神を依り代にそこにある、少女の額を小さくこづき。 こづかれた少女は額を押さえ、口では痛いと云いながら、だけどもすごく嬉しそう。 「あ、それこいつのせい。みーんなこいつのせい」 「那由他さん〜〜」 真理が怠け癖発揮して、ずぼらな呪文を行使したこと。 ちょうどそこに飛ばされてきた榊の目の前に、空の型代があったこと。 おかげで自己防衛本能に従って、少女の魂はそれを用いて実体得たこと。 面白おかしく節までつけてばらされて、真理はもはやぐうの音も出ない状態で。 だけど狐が楽しそうに聞いているからなおのこと、つっこみなんて出来るはずもないのであって。 だからしょうがなく仕方なく。 隣でことあるごとに誇張しかける先輩を、小声で制しようと試みる。 無駄な労力と人は云う。 「だけどさ」 おまえのせいだろーが神妙に拝聴しやがれ! そう云いながら真理とどつき漫才を演じだした、那由他に向かって狐が笑う。 「おかげで、榊の魂が傷つかないで済んだんだから」 だから、 ありがとう。 それはそれは嬉しそうに微笑まれ、思わず黙る、こちらの世界の代表ふたり。 そうして。 「って和んでる場合じゃないって!」 我に返った真理の叫びにようやっと、こんなところで『かくれんぼ』してた、本意をどうにか思い出す。 「何? あれ目当てなわけ?」 来る途中から感じてた、黒い気配かと狐が訊けば、そうだと那由他が頷いて。 これこれしかじか、榊を餌に釣るんだと。 云った瞬間、少女をそれは大事にしてる、目の前の狐の反応を。恐れて、真理は思わず首をすくめたけれど。 返って来たのはさっきと違わぬ笑みを含んだ調子の声で。 「俺も一枚かませて」 きょとんと目を開け狐を見れば、やっぱりにっこり笑ってる。 「散らすつもりなんでしょ?」 「早い話が、そう」 もうかなり、彼らに近づいているはずの。 黒い黒い、その塊。 透胡の器を壊したように、おそらく榊を器と求め、宿ろうとするその瞬間に。 ありったけの、力ぶつけて存在自体消すつもりだった。 けれど。 「あぁ、それはたぶん……無理じゃないかなぁ」 困ったように狐が告げる。 「なんで!? そりゃ俺はまだまだだけどっ、やってみなきゃわかんねーじゃん!?」 今の自分のこの力、過信したことはないけれど。 こうまであっさりきっぱりと、云われてしまうと悔しくて。 だけど、気持ちうっすら眉ひそめ、真理と那由他を見つめてる、狐の瞳に嘘は無い。 「だってもう、そいつ、来てるよ」 ―君たちまだ、準備終わってなかったでしょ?― 「そういうことは早く云えー!」 狐のことばは最後まで紡がれることはなく、叫んだ那由他に遮られ。 「なんで感じられなかったんだよ! 那由他さ……」 思わず叫んだ真理が、酸素を求めて大きく息を吸ったとき。 取り込んだのは空気だけではけしてなく、自身を圧迫するような、大きな大きな黒いもの。―気配。 「げほっ」 瞬時に身体中を巡る、おぞましい異物感への拒否反応。 しゃがみこんだ真理と那由他を狐が見やり、ついっとその手を動かした。 とたんふたりの周りに走る、それは蒼く、艶やな光輝。 描くは五芒。周囲に円。そして数言の文字を仕上げに。 「…五芒…二重印…?」 それが出来たとほぼ同時、ふたりの呼吸も楽になる。 未だに胸を押さえたままで、ぽつりとつぶやいたのは那由他。 まるでふたりを守るよう、中空に輝く淡い五芒。 あまりなじみの無い西洋の、それは何かの紋様だった。 「――あ」 榊の声に、重い身体を動かして。見上げたそこは、月の無い夜。 普段は月に霞む星々が、その存在を主張していた、新月の夜。 それらをすべて覆い隠した、大きな大きな黒いもの。 「……っだよ、これ……!?」 うめくような那由他の声に、はっと周りを見渡してみる。 何もない。 何も。誰も。 先ほどあんなに輝いていた、狐の五芒印でさえ。 かろうじて、声が聞こえたのが救い? 景色も光も何も無く。 傍にいたはずの那由他の気配も感じ取れず。 周囲には闇。 「榊っ……!?」 同じく姿の見えぬ、幼い少女を不安に思い。自覚なくその名を口にする。 口にした。刹那。 ……ぽぅ、と。 闇の中。ぽつりと灯る。 桜色。 そして。 声が。聞こえた。 ―受け入れて ―受け入れて ―受け入れて がんがんと、頭割るほどに強く強く請われる願い。 ただひたすらにそれだけを、願うは彼らを包む黒。 透胡を死なせた、憎むべきはずの、それの『声』。ただ哀しくて。哀しくて。哀しくて。 「……泣いてる」 気づけばそれに同調し、真理の頬が涙で濡れる。 恐怖も怒りも押し流す、切に胸打つそれの願い。 ―受け入れて 留めておけなくなる前に すべてを壊すを願いつづける、あれに奪われるより前に 受け入れて これをあなたが受け取って これは 世界と世界の狭間を壊す、唯一の。 これは薄紅。その力。 「ありがと」 不意に横から声がした。 視線を無理矢理、桜の光からひきはがし、見やればそこには予想通りの声の主。 両手に大事に捧げ持つのは、榊と同じ顔をした、榊と同じ姿を持った、おそらくあの子のほんとの器。 「君があの子の魂を、式に喚び込んでくれていて、ほんとうによかった」 「……どういうことだよ」 いつの間にか真理の隣に立っていた、那由他が眉をしかめて問うた。 対して狐はにっこり笑う。 ひらひらと、白い紙を振りながら。 「今のこのときまで、榊の魂が傷つかずにすんだから。榊が榊のままでいられたから」 「それ……!?」 あの日あの時あの瞬間。 自分が使った型代と。寸分違わぬ、いやそのもので―― 「榊は!?」 「あそこにいるよ」 怒声交じりの真理の問いを、にこにこ笑んだままでかわし、狐は桜色の光を指した。 そうしてそのまま、質問への解を投げ寄越す。 寄越された、それはとうていあっさりと、信じられるものではなかったけれど。 「実際この場になって判ったけど、あれが榊を求めるのってけっこう当然のことなんだ。 「あれと、榊の義理のお父さんはもともとが同じものでね。 「だから仲間を求めるように、榊の魂にまとってた、お父さんの匂いにひかれたんだと思う。 透胡のことは。 「榊にいちばん最初に接した、君に匂いが移ったのが最初。 「男より女の方が、魂から芳るのが強いんだ。 「たぶん、それから君にいちばん近く接触したのがその子じゃないかな。 「同じ香りが近くにある――手近なところを性急に求めた結果が、 そんな結果を招いたんだと思う。 「だからって、残念なことだった、の一言で済ませるつもりはないよね」 告げるつもりだったそれを、狐が先手を打って云う。 「榊は心配しなくていい。あの子は君の友達みたいなことにはならない」 不思議と、信じたくなる声と。 不思議と、落ち着かせてくれる緑の瞳。 応えて真理は頷いて。 「済ませるつもりなんかない」 だって。 「あれをあんなにぼろぼろにした、そもそもの奴がいるんだろう?」 「うん」 頭の回転は悪くないね。 すべてを包んで隠していた、黒いものの向こうから、突き刺すような痛みが届く。 今ならわかる、今なら知ってる。 薄紅の光を受け取るために、器から抜けた無防備な、幼い少女を隠すため。 この場を覆い、夜さえ覆ったこのものを。 突き抜けて譲渡を察したそれが、近づいてくるからこその、それがきっとこの痛み。 「榊があれを預かるまでに、もうちょっと時間がかかるみたいだけど。それまでに追いつかれそうだから」 口の端きゅぃっと持ち上げて、狐がふたりに手を差し伸べる。 「幕を下ろそう。こんなふざけた茶番を引き起こした、本当の奴を退場させて」 異界の者の手をとるのは、人生これで二度目だな、と。 そんなことをふと考えて。 ことがこの場に及んでも、なおそんなことを思ってしまう、自分に不意に可笑しみ覚え。 「さっき榊の周りにあった、結界を張ったのは君?」 問われ那由他が頷いた。 「どれくらい広いのが張れる? この空き地だったとこを覆うくらい、張れる?」 「それくらいでいいなら。種類によるけど」 「音も光も振動さえも、何も外界に漏らさない、すべての接触を絶つ奴を。張れる?」 「俺程度のじゃ、今からくる奴は突き抜けて入ってくるんじゃないか?」 もう、場所も察知されてるみたいだし、 そういう那由他のことばのとおり、刻々と、近づいてくる強い気配。 「そうじゃなくて」 小首傾げて狐が笑う。 真理も那由他も緊張しきって、表情を、動かすのさえままならぬのに。 変わらぬその在り様に、ちょっとだけ。ちょっとだけど、安心覚えて。 「中のすべてが外界に察されないように」 あれがここにやってきた、その瞬間に。 「出来る?」 難しい顔で、那由他が少し考え込んだ。 術の浚いをするように、指で空間に図形を描く素振りを見せて。 「……かなり危ないと思う」 「あんたが張るんじゃ駄目なわけ?」 横から云ってきた真理の声に、狐と那由他双方が、同時に真理に目を向けた。 思わずそれにどぎまぎしつつ、だって、と続きを口にする。 「だって、あんたの方が、那由他さんより力ありそう」 「真理あとでしばく」 がーん、と、岩の書き文字を頭に乗せて崩折れた、真理を笑いながら立たせてやって。 狐が問いへの解をよこす。 「ここは君たちの世界だから」 それはそうだと頷いて。 だから? 「俺は、余所者だから」 だから、世界は君たちを優先する。 「願えばいい。いつも世界にそうするように。ただそれだけを、願えばいい」 想いは願い。願いはちから。 ちからが願いを叶えるのなら。 三人が三人を等しく見やり、しばしの沈黙訪れて。 「了解」 那由他がこくりと頷いて、その場にどっかと腰下ろす。 「そうなると俺は戦力外確定だからな?」 「だいじょうぶ。もうひとりいるから」 狐の人差し指の先が、真っ直ぐ向いたのは予想通りか当然か、そこに立っていた真理。 「俺に何が出来るって?」 自分で云うのも情けないが、初歩の術すら苦手にしてる劣等生が。 なにやら予想以上に凄そうな、モノを前にして、何の役に立つんだか。 そう云ってみたけれど、やっぱり返ってくるのは狐の笑顔。 それからいつもと変わらずに、『自分で云うな』と那由他の拳骨。 「だいじょうぶ」 薄紅の光球に目をやって。 やっぱり狐は微笑んで。 「だって、君も榊を好きでしょう?」 |
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真理と那由他、でもって綺羅。やっと邂逅しました。 那由他みたいな神経の太い人は楽しいです。 そうして、榊は桜色のちからを受け取ります。 そうして、『それ』もやってきて…さて、戦いの始まりです。 |