創作

■目次■

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 声が聴こえる、夢に現に。何度も何度も繰り返し。


 おまえたちの望みは生と存続。
 わたしの望みは消失と根絶。

 おまえたちの望みは個が個であること。
 わたしの望みは個が全にかえること。

 全であるならひとつであるなら すべてがすべてであるのなら

 通じ合いそして満たされて、争いなんてないでしょう?


 ・・・・・・だけど


  おまえたちはまだ 戦ってぶつかって血を流し
  個と個を主張しあってそして


 ほら、また黄金におまえたちの軌跡が積もる

 どうしてこちらを選ばない?
 どうして溶けて還らない?
  魂をずたずたにするような、傷を受けてもそれを忘れてしまったように、また世界へと戻る。

 たゆたうことを選ばない?
 この心地好い混沌の海に、とわに溶けていたいと思わない?

   傷つくこともなく、傷つけることもなく、変わることもなく、ただただすべてと溶け合って


【地球遊戯】
〜解糸〜



「榊が榊でなくなるのなら、それは嫌だよ」


「え?」
 阿修羅の王の御魂を喰らい、その子である阿修羅の王子の力を奪い。
 そしておそらく世界と世界の境界なくす、薄紅の力を欲してる。
 界渡りをただ求め。
 虚無を渡り、混沌を跳び。
 徐々に徐々に強くなる、阿修羅の香りに惹かれるように。

 とは、いえ。

 はじまりの魂の加護受けたとはいえ。
 さすがに疲れた三人が、ひっそりと身を休めていたときのこと。

 急につぶやいた榊に怪訝な目を向けて、同じくその身を横たえていた、綺羅が上身を起こして問いかける。
「どうしたの? 急に」
 榊の反対の隣から、同じように声が飛ぶ。
「榊、さっきからぼんやりして。どうかした?」
 長い黒髪ゆらめかせ、やっぱり突っ伏していた修羅が問う。
 ふたりの真ん中で仰向いていた、黒髪の少女の名。
 眠りに身を浸してたはずの、黒い瞳の少女の名。

「ん?」

 きょとん。
 綺羅と同じに上身を起こし、榊がふたりを交互に見やる。

「どうかした?」

 修羅と同じ問い紡ぐ。
 自覚のなさげなそのひとことに、狐と阿修羅も気を削がれ。
 なんでもないよとまた寝転んだ。

 しばしの間、誰も何も話さずに、静寂が三人の間を埋めて。

「……なんか、変だよね」

 ぽつり、つぶやいたのは綺羅。
 それにつられて身を起こし、狐に注目するふたり。

「俺たちは、修羅のお父さんが界渡りにされたってんで、飛び出してきたんだよね?」

「でもそれは」

 口にしかけて榊が黙る。
 制するように、綺羅が右手を上げたから。

 そのままその手で榊の頭を優しくなでて、綺羅はぽつりぽつりと語る。

「そう、それは――実際は、界渡りが修羅のお父さんを食べちゃったんだよね?」
 だから阿修羅の気配が強いけど、ほんとうはもう、羅護王の魂も肉体も、何処にも存在してなくて。


 賢者は阿修羅の王子に云った。
 阿修羅の軍を、襲った界渡りが今回の、騒動をすべて起こしたのだと。
 修羅の将来得るだろう、力を摂るため記憶を消して。
 偶然魔天楼に辿り着かば、何も知らずに猫又として、成長していただろう修羅の。
 力を欲したならばこそ。

 こくりと修羅が頷いた。
 それからさらりと髪ゆらし、沈痛な顔で俯いた。

「じゃあ、どうしてあの乾闥婆……惟莢さんは、俺たちに嘘ついたんだろう」


 ―界渡りに堕ちたのは、羅護阿修羅王


 賢者は修羅に告げなかった。
 阿修羅の王を喰らったそれが、薄紅の力を欲したことを。
 それが修羅の記憶から、薄紅の力の在り処を知った事実を。
 そうしてそれを得るために、乾闥婆の幻影を、魔天楼に寄越したことを。


 だってそれを知ったらきっと、この小さな王子様は、自分を責めると思ったから。
 そう思った故の、賢者のためらいがそれをことばにしなかった。


 そうして故意に隠された、真実の糸がほのみえる。

 それを引いて。一気に引いて。
 絡まったすべての糸を今解こう?



「……惟莢?」

 きょとん、と・さっきの榊とおんなじように、今度は修羅が目を丸くした。
「知り合い?」
「知らない」
 おうむ返しのよな返事。
「修羅の知らない人?」
 ひと、と云うのはこの場合、正しいかどうかは置いといて。
 怪訝な顔の榊の問いに、修羅は首を横に振る。
「俺より年上で、存命の乾闥婆なら全員知ってる。王になるなら他種族の者の名前も覚えておけって、父上がやらせたから」
 だからあの騒動の後に生まれた奴ら以外は全員、覚えてる。
「こんな記憶、あいつも食おうと思わなかったんだな」
 頭を振って苦笑する、修羅をふたりはじっと見て。
 それからおもむろに虚空を仰ぎ、いつか魔天楼で相対してた、乾闥婆を思い出す。
「年上だよね」
「お兄さんだよね」
 自分たちよりは、修羅よりは。
 それから容姿を口にする。
 髪はああだの瞳はこうだの、物腰がどうの口調がこうの。
 けれどもそれらの証言も、修羅の記憶に該当するものなかったらしく。
 これはどういうことだろうかと、考え込んだその刹那。

「惟莢?」

 なにやらの含みを抱いた口調で、修羅がも一度つぶやいた。

「やっぱり知ってるの?」

「知ってる……っていうか、思い出したっていうか」

 けど。

「そいつ、ずっとずーっと前に、界渡りに食われて死んだって」

 ――

 先ほどとは、質をまったく異にする、沈黙が場を包み込む。
 背筋に寒気が走るような、いやな感覚が三人を襲う。
 ふっと視線を交わしてそして、同じことを考えてるね、そう確信してしまう。

 目を背けるのは楽だ。
 このまま何もなかったように立ち上がり、また飛び出していけばいい。
 だけど、それを是としないこの性格は、いったい誰に似たものなのか。
 云いたくないけどしょうがないけど。
 不精不精の様におわせて、嫌々なんだと気取らせながら。
 苦虫噛み潰したよな顔で、綺羅がそれを口にした。

「もしかして、その界渡りって」

「今回の奴と一緒?」

 榊がそのあとを継いで云う。

 もう一度、嫌な沈黙が訪れる。
 なんとなし、ひきつった顔の狐と阿修羅と少女の三人。

「修羅が魔天楼にくるって判らなかったんだから、乾闥婆を寄越したことって、修羅とは無関係だよね」

「阿修羅の件はあるけど、あれだって他のを捏造してたかもしれないから、直接はおいといて」

「乾闥婆がきて、魔天楼の何が変わった?」

「綺羅と榊がこちらに出てきた」

 ずっとずっと魔天楼に護られて。玖狼の懐に隠されて。
 丸まっていた幼子が、魔天楼から飛び出した。


 ふ、と。
 いつかの昔を思い出す。
 狐の胸に去来する、はるか遠い昔の話。

 魔天楼から落っこちた、少女を追いかけてった先、薄紅のちからを手に入れた、遠い昔のその話。

 そのときすべての幕を開けたのも、

   ――界渡り。


「……最悪」

 一歩手前どころじゃない。
 これは最悪そのものだ。

 今度こそ、今度こそ。
 万感の思いをことばにこめて、どんよりと綺羅はつぶやいた。
 何かを察した狐の様子を感じ取り、説明を求める視線がふたつ。



  薄紅のちからは、世界と世界の狭間を壊す

  世界と世界を融和させ、寿命を迎えて砕けた世界の欠片たちをひっそりと、健全たる世界に溶かす。
  それは世界に力を与え、融和した世界はその分強く、長く生きることになる。

  では、それを。

   狭間を壊したそのままで、放置しておいたらば。
   砕けた世界の欠片はどうなる?

 「――行き所の無い欠片は、壊された狭間を通って、まだ生きている世界にぶつかる。破壊する」

   そうして世界は壊される。
   壊された世界は欠片となって、また別の世界を壊す。



「動くべきか動かざるべきか」
「悩むくらいなら動いたら?」
「だけど、阿修羅王レベルの熱量が一気にあっちに動かされたせいで、三千世界自体のバランスが……っていうか、中央担ってるここが、いちばんぐらついてるんだってば」
 ずず、とお茶をひとすすり。
 紫の髪の少年が、自信作だと云っていた、煎餅を口に放り込む。
「ん、おいしい」
「ありがとうございます」
 にっこり笑った少年が、お茶のお代わりを注ぐ。
 その背後から、ひょっこり伸びた一本の手が、煎餅一枚さらってく。
「焔朱!」
 ぺちりとその手をはたいて落とし、さっと取り返して睨む。
「おまえの分はそっちにあるだろ」
「隣の柿は美味しそうってことば、知らないの?」
「知らん」
 緊張感の欠片も無いそのやりとりに、急須をぱたりとテーブルに置き、ため息をつく少年ひとり。
 さきほどせんべいを誉めてくれた、朱金の瞳の少女を見やり、とりあえず話題を元に戻そうと。
「で、どうするんです」
「どうしよう……」
 ずっとずっと昔の話。
 この世界自体を糧にして、この世界自体を身体に持って、生まれたは朱金の瞳の賢者。
 玖狼ほどではないけれど、賢者もこの世界から、離れることは好まれない。
 世界がそれを嫌がるから、賢者の身体に死は訪れない。
 それは。
 こどもをずっと、いつまでも、手元においておきたがる、我侭な母親にも似てる。
 なにより平常なときならともかくも、不安定なこの時期に、世界が賢者を手放すなんて、当然あるわけないのであって。
「玖狼はまず駄目だろー」
 指折り数えて名前を挙げる。
 それは魂の兄弟の名。
「ジェスもリスティンも、もうすぐセラフィルーンが生まれなおすから、そっちにかかりきりだし」
「ていうか、あの御三方はそうそう連絡とれる場所にはいないでしょうに」
「……」
 じーっと。
 賢者と紫の少年と。
 さっきせんべいを横取った、紅い髪の少年が。
 一箇所に、集るは3人分の強い視線。
 その先には、環の番人。
 こちらの話など我関せずと、首都から送られてきた簡易刷りの雑誌をぺらぺらめくってた、緑の長い髪をした、ルシアという名の蛇の化身。
「……みどり」
 猫なで声でその名を呼ばれ、びくりと番人身を震わせた。
 賢者を見、紫紺を見、焔朱を見、最後にも一度賢者を見て。
 おずおずと指で自分を示し、
「……御指名……?」

 にっこりにっこりにこにこにこにこ

 有無を云わせぬその様に、蛇がよよよと泣き崩れたかはまた、別の話。



「近づいてる」
 くつくつと、黄金を見やり微笑みながら、それは嬉しそうに笑う。
 最近のうちでいちばん最後に喰らったその魂は、まだそれと溶けずに在った。
 けれど、もう大方呑み込み終わってしまい、殆ど同化した魂の、感じるものは直接に、それに伝わってしまうのだけど。
 もうそれを、感知することは出来ぬほど、魂は自我をなくしたけれど。
 それでもきっと、判るのだろう、ただそれだけは。
 己の血を受け継いだ、次代が近くに居ることだけは。
 感じることができるのだろう。
 そうして、それをただただ喜んで。
 そのことをそれが察してしまい、同様に嬉しく思うことすらも、もはや知ることさえできず。

「……おいで」

 恍惚と。うっとりと。
 黄金を見やり、ただただそれは待っている。

 すべての役者がこの舞台に揃う瞬間をただ、ただ待っている。

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そうして、解けた糸。
答えはすべて、この手のなかに。

たどり着く場所、迫る決断のとき。
......ねえ、だけど、本当にそれは君の意志?