創作

■目次■

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 くるり、くるくる、環がまわる。
 闇に溶ける黄金が、輝きながら降り積もる。

 くるり、くるくる、環はまわる。
 降り積もる黄金吸収し、際限もなく、広がりつづけ。

 くるり、くるくる――果てしなく。

 膨張を続けるその金の環に、限りは果たしてあるのだろうか。


【地球遊戯】
〜眠る黄金〜



 それを何かと問われたら、ただ『懐かしい』とだけ答えただろう。
 現実には誰もそれを訊かず、だから答える機会はなかったけれど。

「――あれ……」

 闇を飛び、世界と世界の横を抜け、進みつづけて幾星霜。
 自分たちの住処から、離れてどれほどの時が過ぎたのか、どれほどの距離を離れたのか。
 最初のうちは数えたそれは、今ではとっくに匙投げ出した。
 いつぞや3人頭寄せ合い、話してた嫌な予感があって、おそらくそれが正解なのだと、確信している部分があって。
 だけどそれでもとりあえず。
 今は、ただただ後を追おうと。
 そう決めて、再び飛び出し幾星霜。
 今や自分たちがいるのはドコか、判らなくなってしまったけれど、まあいいやと苦笑して。
 ただ。
 進みつづけてた、ある瞬間。

 白い狐に姿を変えた、綺羅に乗ってた榊がふっと顔を上げ、一行の足をそこで止め。
 一行といっても相変わらず、榊と綺羅と修羅のみだけど。

「・・・あれ?」

 ほんの刹那の間を置いて、狐も小さく首傾げ、背中から下りた榊を見やる。
 ふたりがふたり、同じよに、怪訝な表情浮かべて顔を見合わせて、同時に視線を転じた先は、もうひとりの同行者。
「なつかしい感じしない?」
「におい、判らなくなってない?」
 そうして。
 いきなりふたりに見つめられたのはいいけれど、阿修羅の王子からすれば、心の準備など出来てなく。
「え? えぇと・・・」
 気弱げにそっとつぶやいて、仕方なく首を横に振る。
 けれど、その次。その瞬間。
 修羅の足元から背中、ざわりとのぼったその感覚。
 自分はそれを知っている。
 自分はそれを感じてた。
 自分は、それにすべてを奪われた。


 それは、
   父を喰らった異形の気配――


「・・・あいつ・・・」

 そうつぶやいたと同時、修羅の眼を、白き光が灼いた。
 だけども慌てすらせずに、光の放たれたそこに視線を移す。
 ほうら、やっぱり。

 大きな九つの尾をもった、白い狐は消え失せて。
 代わりにそこに立ち居るは、亜麻色のくせ毛に緑の眼、黒い衣服に黒い手甲を備えた少年ただひとり。
 白き九尾の狐だと、誰がそれを見て思うだろう。
 ひとつの世界のひとつの大陸、一度は壊滅に追い込みかけた、九つの尾を持つ狐に連なる者と、誰がそれを見て思うだろう。

「ちょっと待ってね――」

 そう云って、綺羅は足場に手をつける。
 何もない、虚空に手のひらを押しつける。

 まだまだ父についたまま、いろいろ習わなければならなかった阿修羅の幼い王子より、
 まだまだ身中の薄紅を、もてあましてしまう榊より。
 この3人のなかでなら、おそらく綺羅がいちばん得意。
 気配を読んでにおいを感じ、捜し物を見つけ出す。
 狐ならばこそ持ち得てる、生来の勘の鋭さだけでも充分だけど。
 こんなふう、気配もにおいも消えたなら、養父に叩き込まれまくった、術の方に頼るべく。
 それには人の姿が適してたから。



 とん、とん、ととん とん、とん、ととん

 軽く、軽く、軽やかに。
 世界と世界の狭間を往くは、緑の髪をなびかせて、深い緑の瞳を持った、金色の環の番人ひとり。
 姿形は人なれど、元来蛇として生まれ、鬼の子として育てられ、星の欠片の魂を、抱いた彼からしてみれば。
 生身の存在が恐れるはずの、虚空さえむしろ心地好く。
 ならばいっそこちらに住めばいいのにと、いつか賢者は云ったけど。
 あの人があそこにいるのなら、自分もあそこで時を刻むと。
 決めたそれは思慕じゃなく、いつか救われた恩じゃなく。ただただ、傍にいたいから。

 だって知らない。
 恋も愛もたぶん、星にはきっと意味がない。
 たぶんおそらくなのだけど、件の狼の化身とて、『愛人』の意味、常のひととは違うはず。

 ただその代わりとでもいうように。
 『大切』な範囲は、とても広い。

 人形だからとアルは笑う。
 狼だからと玖狼は笑う。
 蛇だからとルシアは笑う。

 ――だからね、と、遠く混沌の果ての向こう、海の蒼と夜明けの金と冷たき銀も、ただ笑ってた。

 ひとと生まれたとしても、きっと同じようなコト云った。

 久しぶりに世界と世界の狭間を渡り、徒然にいろいろ考えながら、蛇は入り口のひとつへ進む。
 直接訪れるのなんて、いったいどれくらいぶりだろう。
 しんしんと、ただ降り積もる金色が輝いている、遠い近いあの場所に。
 誰も知らない。誰か知る。

 そこかしこ、気づけばきっと、すぐ傍に。金色への道はあることを。
 ただし何かのきっかけがなくば、生涯かけても気づくまい。
 そもそも金色の環の存在を、気づく者さえいないのに。


 だけど、おまえは知ってしまった


 とん、とん、ととん とん、とん、ととん

 軽やかに、蛇は何もない場所を往く。

 もてあましてる。その存在を。
 消滅のみを願うはずの、けれど蛇たちの同胞としての側面さえもたしかに抱いた、異形の異形、その存在を。
 彼の望み。
 すべてを壊し、ひとつに戻し、その意志さえも消え失せて。
 個はなくなりて。
 全となり。
 多くはなくなり。
 ひとつとなり。

 そうしたら。金色の環に降り積もる、それぞれの欠片はなくなって。
 それでも広がりつづけるために金色は、環は、何を降らせようとする?
 全となり。ひとつとなり。
 そうしてそれでも分離された存在が、ひとつだけ。
 広がりつづける金色だけは、世界すべてから切り離されている、そのままに。
 眠りつづけるはじまりを守り、ただただすべてを記憶しようと。
 意志もないまま意図もないまま。
 欠片を欲する金色は、自らを身食いと気づかぬままに、それを刺激するだろう。
 降り積もる欠片を得るために。
 個の降らす、金色を欲する故に。


 ――ああ――そうか

 眠りつづけるはじまりの、あれを起こすのがおまえの望み?

 争い故に哀しんで、争い故に眠りについた、自分たちの母なるモノに。
 再び逢いたい、そういうの?
 争いのない世界を見せたい、そういうの?
 元通り、ひとつとなった【それ】を見せて、そう云うの?


 とん、とん、ととん とん、とん、ととん

「ま、聞いてみないと判らないか」

 ずっともてあましていたね。
 個の存在を望むモノ、個の消滅を願うモノ。
 互いは互いの願いを知って、相反すると判ってて、それでも何もしなかったのは。


 とん、とん、ととん とん、とん・・・

 つと、そこで思考を打ち切って、蛇はぴたりと足止めて。
 何もないはずのその場に立って、くるりと視線をめぐらせた。
「ココがいちばん行き易いかな」
 ぽつりつぶやき、目を閉じる。
「本当は、アルがいちばん適任なんだけど――人生経験深いしさ……」
 自分より、はるかに長い時間を生きた、大先輩に少しだけ、ぼやきにも似たコトつぶやいて。

 蛇の身体は、虚空から消えた。



 手のひら押しつけ待つことしばし。
 それはけっこう長い時間と思ったけれど、ほんとはどれほどだったのだろか。
 もはや時間の感覚など、あってなきがごとしだし。
 とにかく待っていたふたりの前で、やっと綺羅が立ち上がる。
「きんいろの、道だ」
「……金色?」
 初めて聞いたそのことば、修羅が首を傾げてみせた。
「うん。なんていうのかな、大っきな金色の環が、世界でも虚空でもない場所でもない場所にあってね」
 そう綺羅が説明しかけ、榊がぽん、と手を打った。
「もしかして、そこって、昔榊が落ちたトコ?」
「そう。魔天楼の外で遊んでた榊が、足滑らせて落ちたトコ」
 よけいなコトまで云わなくてよろしい、そうぼやいて榊が腐る。
 ごめんねと、頭をなでて謝って、綺羅はも一度修羅を見た。
「ちょっと特別なトコロなんだ。親父殿も昔、あんまり関るなって云ってたんだけど・・・」

 だけど、においはココで途切れてしまった。
 それに、気配もココで消えている。

 ならば導かれる答え、もはやひとつしか残らない。

 ことばにしないその声を、修羅も榊もたしかにとらえ、そうしてふたりは頷いた。




 くるり、くるくる、環がまわる。
 闇に溶ける黄金が、輝きながら降り積もる。

 くるり、くるくる、環はまわる。
 降り積もる黄金吸収し、際限もなく広がりつづけ。

 くるり、くるくる――果てしなく。

 たったひとつのはじまりが、眠りつづける限り、果てしなく。
 降り積もる、黄金の欠片たち。
 時折それを捕えて喰らい、ただ待ちつづける存在ひとつ。
 先に開いた入り口に、一度は微笑みを浮かべたものの、すぐに表情は苦くなる。
「・・・どうしてくるの・・・?」
 嫌い嫌い。あいつは嫌い。
 わたしの同類。わたしの敵。
 わたしの敵。わたしの同胞。
 嫌い嫌い。大嫌い。嫌い嫌い。嫌い嫌い嫌い好き嫌い嫌い嫌い――

 消滅のみを、ただ望む。
 それは純粋故でなく、自身も矛盾を抱えるからと、気づかぬただそれこそが。
 星を抱き在る界渡りの、歪みなのかもしれないと。

 すべて溶かすのひとつにするの
 そのために薄紅まとうちからがいるの
 すべて溶かすのひとつにするの
 そのためにあの子をここに呼んだの
 すべて溶かすのひとつにするの
 そうしてはじまりとひとつになるの

 すべて溶かしてひとつにして――それがはじまりの存在の望みだと。

 けれど個となったその瞬間、それとそれは別物になったそのことに、気づかぬただそれこそが。
 星を喰らった界渡りが、個である証明なのかもしれないのだけど。


 くるり、くるくる、環はまわる。
 矛盾を抱えて眠るそれは、まだ金色にまどろみつづける。

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■目次■

みどり君も動きます。
榊と綺羅と修羅も動きます。
そうして、すべての元凶だけがそこに留まっています。

眠る黄金、母親のところに。