創作

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昔話をしてあげる
遠い昔のものがたり
君がそうなるすべてのはじまり
今ただこのときを生きている、君が君になる所以。
それは きっと最初の物語


 妹が、いた。
 そういうと、たいていの人間は『どんな子だった?』って訊いてくる。
 俺としては、『普通の子だけど』って答える以外にないんだよな。
 顔だちは年相応に幼くて、丸っこい目で、よく笑う。
 紙は短めにそろえた、黒いくせっ毛。
 俺が学校から帰るまでは家でひとりで留守番してた。
 走って出迎えてくれてた。
 ……どこから見ても、普通の子。

 ただひとつ、彼女の魂の依り代に俺達みたいな肉の身ではなく、式に使う形代を用いていた、以外は。


【地球遊戯・昔話】
〜迷子〜



 「消えた?」
  うっすらと、気配に戸惑い浮かばせて。
  困った顔で見下ろしてくる、狼見上げて賢者は小さく息をつく。
 「ふたりともか?」
 「こっちは戻ってきたがな」
  ことば少なく告げられて、目の前に送りつけられるのは。
  鮮やかな緑色をした、丸い珠。
  猫目石にも似た。
 「こいつだけ、戻ってきやがった」
  苦笑交じりの狼のことば、反応したのか輝きを増す猫目石。
 「綺羅の目玉だけ」
  賢者はまた、ひとつ小さな息をつく。
  長いつきあいの狼が、こんな幼子みたいになって、泣きそうな雰囲気かもし出すのは初めて見たから。

  だから自分は動揺を見せない。
  彼が彼に戻るまで、あの子達を失ったその事実、冷徹に受け止める振りをする。
 「記録は?」
  身体の向こうを透かして見ながら、魔天楼の主に問うて。
  賢者はすっと腰を浮かせた。

 

 漆黒の。
 混沌とも虚無とも皆が呼ぶそれのなか。
 ゆぅらりと浮かぶ黄金を。
 目の前にして立ち尽くす、幼い少女の背中が見える。

 それは因果をつむぐもの。
 降りそそぐ黄金を吸収し、因果をつむぎ先へと拡がるこんじきの環。

「榊」

 視線の主が声をかけると、びくりと一度身を震わせて、安心したような顔になる。

「きぃ――」

 手を伸ばす。
 手が伸ばされる。

 指先が、あと数寸で触れ合う瞬間。

 反発したのか意図なるものか。
 降りそそいでいた黄金が、一部はじかれ少女に向かう。

「榊!!」



 そうして光がほとばしる。


   冗談じゃないぞと頭をかいて。
   脱力しかける身体を起こし、見据えるは狐の瞳の移す過去。


   昔話は終わらない。


 妹がいたんだ。
 さまよってたところを、俺が偶然喚んでしまった。
 そのときはずっと泣いていた。
 何も覚えていないって、自分で云うのに泣いていた。
 ぽっかりと、何もない感じがするって泣いていた。

 でも、けっこうすぐに笑ってくれた。

 それから名前を教えてくれた。

 妹がいた。
          名前は、 榊。


  昔話は終わらない。


  金色を映したみどりの瞳、賢者の手から飛び出して。
  持ち主のもとへもどるため。
  魔天楼の愛し児の、幼い少女を捜すため。
  金色の欠片にはじかれて、今はどこへ居るとも知れぬ、狐のもとへともどっていった。

  ひとつ息つき見送って、賢者は狼に向き直る。
 「綺羅の居場所は?」
 「さぁ」
  俺に記録を寄越す余裕はあるんだろうよ
  突き放した云いかたも、不安を隠すためのそれ。
 「不安?」
 「飛び出したくなるくらいには」
  それは重症。
  だけどそれくらい、こどもたちが大事なんだね。
 「だけど、あいつらの帰る場所がなくなるからなぁ」
  悔しそうに頭をかいて。
 「だから綺羅に任せる」
  云って微笑む狼に、もはや焦りの色はない。

 「おまえ、相変わらずだな」
 「ん?」
  触れれるはずなどないけれど、伸ばされた狼の右手がそっと、賢者の頭をなでる気配。
 「おまえと話してると楽になる」
 「魔天楼の主様がそんな弱音吐いてどうするよ」
  賢者は小さく笑い返し、そんな戯れ言つむいでみせて。
 「だっておまえは」
 「まぁ、わたしたちは」

 「「同類だからな」」


  こいつにだけは勝てないと。初めて賢者と出逢った狼は、畏れとともに思いました。
  宿る力持て余し、破壊にしか向けられなかった己の在り様見てもなお。
  微笑み賢者は云ったのです。

 「おまえとわたしは同類だもん」

  自分でさえ見透かせなかったその魂を、いともあっさり看破され。
  そのとき初めて狼は、自分の魂が如何なるものか、その力の源が、いったいどこからきていたものか。
  ようやく、知ることが出来たのでした。

 ――それもまた、ひとつの昔話。


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■目次■

昔話のはじまりです。榊が噂の『薄紅の力』を手に入れるくだり。
本当はこの話書くつもりなかったんですが…真理くんが出てきたもんで。
珍しく、現代ちっくなお話です。
つーか榊ももともとは現代ぽい世界にいたんだよね、戦争し放題の