創作 |
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だが。 震える両手で槍を握って、眼前の異形に狙いを定め。 父殺しの罪被ろうと、決意固めた修羅の目に。 映ったものは父でなく。さりとて界渡りでもなくて。 「……さかき」 一度出逢っただけだった。 遠い遠い昔の記憶。 薄紅色の気配まとった、小さな自分と同じくらいの年だった、小さな小さな女の子。 はじめまして 狐と狼に囲まれて、にっこり微笑ったその子の笑顔。 今でもしっかり覚えてる。 【地球遊戯】 躊躇いは刹那、後悔は永遠。 もはや目の前の界渡りから、父の気配は感じ取れず。 総毛立つほどの魂混じった混沌の、ただそれだけが、目の前のそれから感じる気配。 ゆぅらりと。 記憶のままの姿をとった、父を喰らった界渡り。修羅に優しく微笑みかけて、すいっとその手を差し伸べる。 「…強いのね、おまえの力」 声までも。記憶のままで。 「私に…頂戴」 その美しい薄紅の記憶も。まつわるすべての想いも、力も。 すでに凍りついたよう。 指一本も動かせず、修羅はただただ立ち尽くす。 両手に握った槍の先、ちょんっと指でつついて変えて。 にっこり笑う、幼い少女。 力を入れろ、この身の力、搾り出せ! ぎりぎりと。歯をくいしばり、力をどれだけ振り絞っても。 目の前の存在の触れる場所から、すべて吸われる、それは感覚。 そして、訪れる、 死? 「……美味しい」 阿修羅の王子の力を喰って。 「こいつらは、不味かったけど」 すでに霞となりはてた、阿修羅の一族の残骸に。否、自らよりも遥か、遥かに弱き同族と化したものたちに。 ちらりと一瞥くれてのち。 それはちょっと思案した。 「失敗しちゃったわ……おなか空いてたからって、全部食べちゃうなんて」 残念そうに、自分の身体を手のひらで撫で。 ふっとなにやら思いついたかのように、ぽんっと両手を打合せ。 「そうだわ」 この子は生かしておこう。 つぶやいて、優しく王子の髪を梳く。 お父さんは全部食べちゃったけど、この子は生かしておいてあげよう。 それはけして親切心でも同情でもなく。 「今でもこんなに美味しいんだもの…… 成長したらきっときっと、とてもきれいで美味しい力を持ってくれるわ」 そうしたら、美味しくいただきましょう。 美味しいものは後の楽しみにとっておかないとね。 「でも……」 小さな手のひらを頬に添え。 傍目慈しみのカオ浮かべ、もはや何も聞こえていない、阿修羅の王子に向け語る。 「親を殺された子どもは、仇を憎むものよね? 憎しみは力を汚すわ……記憶は封じてしまいましょうか……」 その血にめぐる、おまえの種族の記憶もすべて。 「そうね、おまえは小さな妖になりなさい」 そう云って、脳裏にいつぞや喰い潰した、小さな妖を思い描く。 目の前に横たわる少年に、その像を静かに流し込む。 魂が本来を思い出さぬよう、喰らった妖の魂さえも、わずかわずかに混ぜておく。 一瞬虚無がかすかに震え、阿修羅の王子の姿が消えた。 「……猫又、だったかしら? こういうのは」 名前、というものも必要だったわよね? 「夜。そう、夜にしましょう」 さぁ、お行き。 自分は混沌に溶けこんで、うっすら目を開けた猫又の、寝ぼけ眼のその背中。とんとつついて歩かせて。 後ろ姿を見送って。 くつくつくつくつ、笑う声は猫又の耳には届かずに。 虚無に吸われて溶け消える。 きれいな記憶。薄紅の。 世界と世界の狭間を揺らす、優しいきれいな力の記憶。 目の前の、子から読んだ薄紅の、それに思わず感化され、擬態をとってしまうほど。 惹き寄せられたきれいな記憶。それは優しい薄紅の。 なんて美味しそうに育ってくれたのかしら。 あぁだけど、魔天楼なんてところにいるのでは、ちょっと手を出せそうにないわね? ……だって玖狼は怖いから…… では、どうすればいいかしら 玖狼は魔天楼から出れないけれど、あの薄紅まとった子は出れるから それじゃあ…… ふぅわり自分の喰ったそれらから、とある種族を思い起こす。 純粋に、純粋に。その魂だけを分離させ。 「乾闥婆」 惟莢、だったっけ? そうして仮初めの記憶を与え、姿を与え。仮初めの任務を思いと刻み。 「お行き」 くつくつ、くつくつ。 今度こそ虚無へと溶け込んで、響くはもはや笑う声のかすかな残滓。 ふぅ、と小さく息ついて。 かすかに残る残滓から、王子以外の記憶も読んで。 すべてを悟った賢者の少女、険しい顔で虚空を見やる。 「……貴方は、誰ですか?」 すべてを語った阿修羅の王子、ようやく落ち着き取り戻し。抱いていた賢者の腕から抜けて、真正面から向き合って。 「アルだよ」 最初と同じその解に、だけど修羅は微笑めた。 たった一言のそのなかに、たくさんのものを読み取るだけの。余裕を取り戻した、それは証。 朱金の瞳に緑の髪。 生まれて初めて見る色彩の。少女の魂がほの見える。 界渡りの好みそうな、きれいなきれいな朱金の魂。 だけど。きっと界渡りなど寄せ付けぬ、透き通った剛さも持った。 ――あぁ。 この人の周りの空間は、だからこんなにも澄んでいる。 混沌とした、何も無い、虚無の空に在ってさえ。 「純粋な界渡りだな……変容しただけの奴なら、阿修羅を喰えるほどの器はないし…… ……やっぱりあいつか……」 唇に指を当てながら、考え込んだ賢者から、ぽつりぽつりとこぼれたことば。 「あいつ?」 心当たりでもあるのだろうか。 はじまりの魂を抱くと云う、この人は。 自分たち以上にもしかして、界渡りというものの、本質を知っているのだろうけど。 問えば、にっこり朱金の瞳が笑んで。 「混沌は存在を望む。だけど同時に消滅も望む」 在りつづけるために存在を望むのがわたしたちのようなものだとするならば 「すべてを喰らい、そして糧にせず。消滅を常に選択するのが界渡り。 混沌から生まれた純粋なそれだ」 それら。対極に位置するものふたつ。 生み出したのが、混沌である。 「界渡りは何も生まない。何を糧にすることもない。 在りながら、ただ消滅のみを望み――わたしたちにもそれを望むだけの存在だけど」 だけど、ただひとつ。 もうすでに。驚くことなど今以上、ないと思っていたけれど。 告げられたひとつの真実に、幼き阿修羅の表情は、驚きの色に染められる。 だけど。 「だけど、そんなことは今はどうでもいいことだろう?」 この真実を暴く事が、今の君の望みではないだろう? ゆっくりと。笑みを絶やすことなしに。 朱金の少女は王子に告げる。 「君の望みは? 願いは?」 問いに。 今度こそは、はっきりと。修羅のことばがつむがれる。 大切な人たちをまもること。 大事な彼らと共に在ること。 これ以上は何も、奪わせないこと―― 望みも願いも、ただ。 そうして虚空の彼方に消えた、阿修羅の王子を見送って。 うっすら微笑む賢者の横に、霞がふっと生まれ出る。 「ルシア」 長くたなびく緑の髪を、混沌の闇にひたしつつ。星を見つけた少年が、ただその場所に立っていた。 「どう廻ると思う?」 問いかけて。さて返ってきたものは、眉をしかめたルシアの表情。 まったくせっかく迎えに来たのに、どうしてこんなことを訊くのかと。 ことばにせずとも伝わるものが。 「……アル。俺は、環の番人であって管理人じゃないの」 莫迦者。 云って軽く頭をこづき。 賢者は蛇に笑って云った。 「おまえは、どうなると思う?」 彼らは彼らの望む未来に。 果たして近づいているのかと。 再度問われた環の番人、首を小さく振ることで、問いへの解を示してみせた。 |
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そうしてまた、ひとつの昔話がつむがれて。目指すは先へと続く道。 過去と今とが入れ替わり、立ち替わり。語られていくものがたり。 ・・・・・・判りにくいでしょうかもしかして(汗) このあともう少しで、長い昔話に突入予定だったりします。 |