創作 |
←BACK NEXT→ |
薄紅舞い散る世界を後に、飛び出してきたのは狐と少女。 どこまでも続く、いや続かない、虚無のなかを引き裂いて、光となって駆けていく。 ただひたすら真っ直ぐに、始めに感じた気配目指して。 ――駆けていく。 ――あ それに最初に気がついたのは、擬態を解いたその分だけ、榊より感覚するどくなった、狐の綺羅のほうだった。 虚無を駆ける速度を落とし、仕草で榊に注意を促す。 「……あ」 なんだなんだと視線を転じ、そうして榊もそれに気づいて。 「アルストリア」 ぽっかりと。 闇さえもない虚無のなか、点在している世界のなかで。 ひときわ強い光を抱いた、三千世界の只中の。 あの人が住んでいる世界。 ちょっとだけ、焦っていた彼らの心、再び凪いだ海になる。 ――ねぇ、寄っていかない? 「綺羅……榊たちは一刻を争うお使いなんだって、判ってる?」 ――判ってるよ、だから、ちょっとだけだって そんなことを云いながら、すでに綺羅は進路を変えて、かの世界へと向かってて。 榊は小さく息をつき、苦笑して綺羅の背にしがみつく。 きゅいん 世界と虚無の狭間において、ふと感じるは微細な違和感。 小さいといえば小さくて、だけど彼らが感じるくらい、アルストリアに変化が起きた。 そのことに、彼らの表情が少しだけ、厳しさ増して。 だけど、それでも。 あの人に、逢っていきたい。 もしかしたらあの人は、何か助言をくれるかも。 何か手がかりを持ってるかも。 そんな期待もないわけじゃなく。 あぁ、だけど。 ただほんとうに、逢っていきたいだけなのだけど。 それは、一度逢っただけの朱金の記憶。今も鮮明な美しさ。 【地球遊戯】 世界というのはたいていどこも、少なくとも綺羅と榊が知る限り、そんなに大差はないもので。 人がいて、動物がいて。神や妖精や異形(魔物)がいて。 神に傾いた世界、異形に傾いた世界、それらが天国だの地獄だの。呼ばれることを知っている。 そして榊のいた世界のように。 人間の勢力大きすぎ、『せんそう』で壊れてしまった世界もある。 ――そんななか。 アルストリアは、実に、実に。 微妙でそして美しい、バランス保って在りつづける、云うならば、それは三千世界の要。 そんな存在らしいのだ。 らしい、ですますにはわけがある。 玖狼はともかく綺羅、榊。 彼らがこの地を訪れたのは、玖狼に拾われたはじめのころに、彼の半身につれられて、挨拶にきたそのときくらい。 魔天楼の外へは出るな、出ても極力見える位置にいろ。 そう云う玖狼の教えを守り、ふたりは今のこのときまでは、虚無を旅したこともなかった。 世界に降りてほっとする。 虚無を飛ぶということが、こんなに心に重いだなんて、こんなに拒絶を感じるなんて、つくづく思い知ったとこだったから。 優しくふたりを迎えてくれた、世界という存在に、ただただほっと、安堵する。 「やぁ」 大陸の東のいちばん端に、小さな小さな村がある。 その村に、小さな小さな神殿があって、小さな神官さんが住んでいる。 綺羅と榊の来訪を、予知していたのかその人は、先んじて神殿の入り口に、風に吹かれて立っていて。 にっこり微笑って出迎えてくれた。 細められた朱金の瞳、風になびくは鮮やかな、翡翠の色の長い髪。 うっすらその身を覆う気配、榊と綺羅が覚えてた、朱金の気配と一致して。 あぁ、やっぱりとてもきれいだなと。 状況もわすれてうっとりと、こどもたちは思ったくらい。 「玖狼のこどもたち、だったよね? 何年ぶりかな」 当然の、ことなのだけど。れっきとした世界では、時の流れというものがある。 魔天楼でも流れはするが、それは多分に玖狼の意思が影響し、かなり気まぐれ、かなりいいかげん。 最初の邂逅のときにはまだ、幼子だった榊が今や、十とふたつを数えていても、この人にとってはどうだったのか。 はたして問うてみるならば、 「こっちじゃ70……72年位かな?」 との返事がかえってきて。 今さら時間のずれなんか、驚くふたりじゃないけれど。 目の前にいるこの神官さん、年をとらぬと知ってはいたが。 こうやって、そのこと初めて目の当たりにした狐と少女。 どちらともなく視線を合わせて、息つくことで動揺示した。 穏やかな、風に吹かれて神官さんと榊と綺羅は、神殿からちょっと歩いた場所にある、丘の上にやってきた。 神殿にいた、神官さんにお世話になってる蛇の化身のみどり君(本名は別にあるんだそうだ)。 留守番宣言仲間はずれはずるいよと、神官さんにくってかかっていたけれど。 ごめんね今はそれどこじゃなく。遊ぶ時間を捻出するのは、今はちょっと難しい。。 そしてこれから話すこと。 あんまり余人に知られたくないって。 榊と綺羅の気持ちを知ってる神官さん、うまく彼をなだめてくれた。 そのかわり、今のお使い終わったら、絶対遊びにおいでねと。みどり君と指きりげんまん。 アルストリアの、その外の異変とはつまり、世界と世界の狭間の異変。 「何があったのか想像はつくが……」 とっくに感じ取ってたらしい、神官さん。生物の気配が無いことたしかめて、表情ひきしめて問いかけてきた。 「どれくらいのものが、界渡りに変態したんだ?」 ものとは? エネルギー・力・熱量。 界渡りとは? 世界と世界の狭間に巣食い、あらゆる精気を吸い尽くす、 誰しもが、なる可能性のある存在。 応えて魔天楼のこどもたち、乾闥婆の青年から聞いたこと、彼女にそっくりそのまま伝え、そうしてじっと凝視する。 なんでもいいから手がかりがほしい。 三千世界のその狭間、暮らす者の一員として。 世界を変質させかねぬ、大きな異変を抑えこむ。 それは綺羅と榊に課せられた、魔天楼の住人の、棟梁の子としての義務・責任? ちがうよね ちがうんだ 綺羅と榊は知っている。 阿修羅の羅護王を知っている。 風を操る力をもった、阿修羅の4人の王の一。 今でもどこかで思ってる。 幼き彼らへ向け微笑んだ、あの人の笑顔を覚えてる。 絶対何かの間違いだろうと、思う心はだませない。 「……あれかな」 「え?」 不意につぶやいた神官さん。おうむ返しに綺羅が問う。 「いや…ちょっと前かな? みどりが、妙なことを云っててさ」 今ごろきっと神殿で、一人ぼっちでふててるだろう、蛇の化身のみどり君。 そんな彼のたまの趣味、それは星を見上げることで。 本来の彼の役目のせいか、ちょっとその気になりさえすれば、未来の予知もできるんだそう。 「星が、堕ちたんだそうだ」 同時に、何かの変換を感じたらしい。 それは神官さんも感じたもので。 「え?」 今度は榊が問い返す。 「天体観測は神官のしごとの一つだ。わたしもそれ聞いて見てみたんだが……」 一ヶ月前の星座盤、取り出して開いて見比べて。 そして結局判ったことは、何も変わっていないこと。 もちろん季節がめぐったぶん、現る星座も違うのだけど、それはしっかり考慮したから。 だから、なんとも思わずに。 星が堕ちたと感じたことは、きっと気のせいだったんだろうと。 そうして彼らは日常に戻り。 些細な変化は気づかぬうちに、日常の雑多に紛れてしまった。 「それかな?」 「だろうな」 綺羅と榊は顔見合わせて、自信があるようなないような、ちょっと不安な表情で。 顧みられた神官さん、こどもたちの視線にふっと、困ったように笑ってみせる。 「魔天楼の子たち。 わたしは、万能じゃない」 鮮やかな、朱金の気配身にまとい、云い放たれたひとことに、綺羅と榊は目をむいた。 「だって、賢者なんでしょ!?」 「最初の七つの魂の、一欠片なんだろ!?」 あいつだけは、敵にまわせないなと思ったもんさ。 もっとも、俺がいくら攻撃しても、あいつはへとも思わなかったに違いないがな。 誇らしげに語ってくれた、宵物語の玖狼のことば。 まぎれもなく、あいつは『最初の魂』だ。 この混沌だとか虚無だとか云われてる、何かがあってないところから、世界を生み出すきっかけになった、最初の魂の一欠けだ。 傍若無人、傲慢で、唯我独尊な父親が、唯一尊敬の念らしきものを、垣間見せた人だから。 だから、そう思ってたのに。 「……うーん」 綺羅と榊の途方に暮れた視線を受けて、神官さん、困ったように頭をかいた。 「たとえば君たちは、玖狼に逢うまで虚無の狭間を移動出来るってそのことを、知らなかっただろう?」 小さくうなずく榊と綺羅。 「同じことなんだ」 今の自分が体験しかり、教えてもらうことしかり、してないことは知るはずもない。 そっと朱金の目を伏せて、唇だけは微笑んで。 幼いこどもをなだめるように、神官さんは彼らに告げる。 「魂は輪廻する。今生きている君たちも、いずれは魂のみになり、混沌に還るときがくるだろう」 だけど 「次に生まれた君たちは、君たちであった記憶を持ってはいないだろう。 それは魂の内に刻まれてるけど、次の君たちが生きる間、その次の君たちが生きている間、けして自覚することはないだろう」 器から抜け、魂のみになったとき。そのときにだけこれまでを想う。 そして次の生へと移る。 生を営むその間、負った傷を癒すため、混沌へ還り、またいつか。 魂はそうして輪廻する。 「最初の魂って云ったって、他よりちょっと丈夫なだけさ」 ばっくり裂けて血を流すほど、肉体が負ったとするならば、とても生きてられない傷も。 真紅を流して止まらない、魂が負った気が狂うほどの傷も。 七つの最初の魂は、それを受け止めることできる。 混沌へ還ることもなく、各々の世界に留まったまま、輪廻繰り返すことできる。 「……骸王なら、知ってたんだろうけどな」 微笑み絶やさず淡々と、神官さんはふたりに告げる。 それは最初の魂の、神官さんの前の持ち主。 「骸王からわたしへ移るときに、別に転生でもなかろうに法則が利いたらしくてな。 実際、わたしは『アル』になる前の記憶も持たないし、それ以前に骸王であったときに知っていただろうことも知らないんだ」 「……」 綺羅と榊の大好きな、神官さんの朱金の気配。 今回ばかりはそれすらも、ふたりを慰む材料にならず。 ちょっとばかりの落胆を、隠せずにいた狐と少女へ、どんな思いを持ったのか。 神官さんは、ちょちょいと軽くふたりを手招きして云った。 耳を寄せたふたりから、見えなかったけどその表情は、楽しい悪戯見つけたときに、こどもが浮かべるものそのもので。 「羅護王がどこへ行ったかはちょっと判らないけどな、 星の堕ちていった方向なら、みどりが教えてくれると思うぞ」 そして再び虚無を駆ける、狐が一匹少女がひとり。 「結局、逢いにいっただけだったね」 「そだな」 何の収穫があったわけではないけれど。 みどり君の指差した、星の堕ちた方向へ、綺羅と榊は駆けていく。 「でも逢いに行ってよかったね」 「そだね」 君たちの旅路に祝福を。 そう云って、神官さんは榊の首の勾玉に、綺羅の額の蒼水晶に、朱金の力を注いでくれた。 虚無から感じていた拒絶。今はあんまり感じない。 すべて否定していた虚無に、何も生み出せずにいた混沌に、最初に触れた魂の。 知らないはずの記憶の欠片が、綺羅と榊を守るように。 ゆぅらりと、風に揺られて微笑んで。 彼らの飛び出した空を見上げる。 横に立っていた少年が、袖をつかんで引っ張って。 応えて彼女も笑ってみせた。 かの地にて ゆらりゆらりとたゆたう心 運命の 環の番人さえも見通せず ……果たして―― |
←BACK NEXT→ |
やっぱり、この世界にも出してしまいました。賢者様。 いえ、大元は同じですから、逢ってもおかしくはないんですけど。 この人が特別だって感じるのはこんなときです。 きっと、あと数回に渡って出てくるでしょう・・・同胞といっしょに。 |