menu


名もなき話

:

 緑の髪の子は、少年をひきずって草原を行く。
 時折話しかけるのは、少年が意識を失うことを危惧しているのか。
 ただ、会話の内容は、いささか、穏当とは云えないものだった。
「わたし、あの子たちを殺したよね」
「――はぁ?」
 喉笛ぶち抜いて殺しときながら、何今さら云うとんねん。そんなツッコミこめて応じる少年。
 会話は、必ずその子の質問から始まっていた。
 どれも突拍子のないものばかりで、その子が意図していなくても、少年の意識は呆れとか驚きとかで揺り起こされる。
「ラウディが云ってた。困ってる人を見かけたら助けなさい、って」
 だから、おまえ――じゃない、君が困ってるみたいだったから、助けてみたんだけど。
「そのために、わたしは、さっきの子たちを殺した。……それ、本当に、よかった?」
 人間としては、それは良いのかダメなのか。
 真顔で訊かれて、これで呆れるなというほうが無理である。
 そもそもラウディとは何者だ――さっきから数回、何かのたびに引き合いに出されてるようだが。
「知らんわ」
 そうしようと思ってるわけではないけど、無愛想に少年は答える。
 意識がはっきりしてる分、痛みが脳内を占める割合は大きい。
 こらえようとして腹に力を入れると、それで痛みが余計に増す。
 だからといって、意識して力を抜けるほど、精神的な修練など積んでない。
 ……つか、オレ、よく死なんな……
 噛み千切られ喰い付かれ、かなりの血と肉を失ったと思ったのだけど。
「ていうか――」
 そこに思い至って。
 無愛想の分をフォローするように、少年はその子に話しかけた。
「なに?」
 自分から話しかけることのなかった彼が、そうしてくれたのが嬉しいのか。
 その子の声は、少しはずんでいる。
「オレ、重いやろ? ムリせんで、そのへんに投げていき?」
「どうして?」
「ちょっと致命傷ぽかったし、すんげ痛ぇし。……オレ、たぶんそろそろ死ぬわ」
 小さな子は、死ぬか生きるかの境さえ、まだ判らないかもしれないから。
 出来るだけ優しく、なんでもないことみたいにしてことばにする。
 だけど、
「死なないよ」
 その子は、足を止めてそう云った。
「――」
「君は死なない」
 少年が口を開くより先に、その子はそう畳みかける。
 とっくの昔に魔物の領土から抜けてしまったらしいけれど、見える光景としてはそう大差なく、静かに風の吹く草原のうえ、ゆっくりと少年を横たえて。
 その拍子に、自分たちの歩いてきた跡が少年の目に映った。
 引きずる子供、そして引きずられた少年によって押しつぶされた草が、緑色の道をつくっている。
 緑の髪の子の腰ほどもある丈の草の海のなか、そこだけが平らに均されて。
「……ん?」
 感じた小さな違和感。

 赤は、どこ行った?

 だけどそれが明確な輪郭を持つ前に、その子の声が耳を打つ。
「わたしの傍は、そういう場所なんだって、ラウディが云った」
 だから、ラウディって誰やねん。
 草のなかに寝転がった少年の鼻孔を、青いにおいがくすぐる。

 赤いにおいは、どこ行った?

 疑問はやっぱり、形にならない。
 形になる前に、少年の脳は、それ以上の回転を放棄している。
 思考以外のことに労力を使うから、そっちにまわす余裕がないとばかりに。

 赤はどこ行った?
 血はどこ行った?

 ……傷は、痛みは、どこ行った?

 感覚がぼやける。
 思考ができない。
 理由のない、だけど大きな安堵が少年を包んだ。
「わたしは――」
 閉じたまぶたの向こうから、太陽が、淡い光を届けて寄越す。
 そんなあえかな光とともに、声という形の音が耳を打つ。
「そういう存在なんだって――」

 ――それより。
 と、少年は問いたかった。口を動かす体力さえ捻出出来なかったけれど、きっと、出来ていたら、こう問うていた。

 ラウディってのは誰なんだっつーの。


 /menu/