はい、それでは再度気を取り直し、いい加減本題に入りましょう。
――そう、誰かが云ったかどうかは定かではないが、林のなかで大人数、わらわらたむろって長話というのも、どこかの悪魔のセリフじゃないが「何が哀しくて」だ。
だもので、落ち着く云々はさておいて、とりあえず一息つける場所に、と、一行が移動したのは集いの泉。
巫女であるケイナは、そこにいささか感じるものがあったらしい。泉で一行を待ちぼうけていたメイメイに、数言何やら問うていた。
ちなみにメイメイの姿が変わってないことについて、島の人々は誰もツッコミ入れなかった。入れるだけ無駄だと、今までのうちで知ったか何かしたんだろう。
で。メイメイとケイナ、彼女らの内緒話めいたやりとりの傍らでは、
「もうー! さん遅すぎますよ、ちゃんと案内してきていただかないと、こちらも困っちゃうんですからね!?」
「人ほっぽりだしてさっさと移動した人が何云ってますか!」
――と、ふれんどりぃな責任の押し付け合い合戦が行なわれている。
「……」
「こりゃあ、本題まだまだ先かなー」
頭を抱えるフレイズを、師匠がからから笑って慰めた。追い打ちをかけているように見えなくもない。
そんなやりとり、とうの昔に見慣れている聖王都の面々は、聞こえる喧騒そっちのけ、ケイナほどでなくても泉の神性に感じるものがあるのか、感入った様子で周囲を見渡している。
つまるところ、誰も責任押し付け合戦に介入する様子は見せなかったのだが、
「ね、ねえ。」
おそるおそる。尋常に合戦中であるの肩を、イスラがつつく。
「なに。今忙しいんだけど!」
「ああうん、それは判ってるから、ひとつ教えて」
図太くなったなあこの人。
ちょっぴり感慨深く目を丸くしたの仕草を、容認だととったのだろう。イスラは、合戦の相手であるところの女性を手で示し、首を傾げて問いひとつ。
「……彼女。もしかして」
「あら」、問いの途中で、にぱっ、と笑う合戦相手。「あらやだどうもすみません〜! 私ったら、すっかりさんとのフレンドリィコミュニケーションに夢中になっちゃってっ!」
「あ、い、いえ」
「「「「…………」」」」
イスラと同じく、彼女をどこか不思議そうに見ていたマルティーニきょうだいも絶句してるようだ。
そんな彼らを、くふふ、と、楽しそうに笑って見渡す、の合戦相手――もといパッフェル。ぶっちゃけ元ヘイゼル。紅き手袋の暗殺者にして、二十年前この島へ攻め込んできた無色の派閥の手勢を率いていた当人でもある。
とかいう事情を知らない聖王都側の一行も、それまでに増して賑やかしくなった合戦場を、どうしたんだと振り返る。
充分以上の注目が集まったころ、パッフェルは再び、「ふふ」と微笑んだ。豊かな胸元に手を添えて、片方の手はエプロンのあたり――驚いたことに事ここに至ってもなおケーキ屋アルバイターの恰好なのだ彼女――に添えて、軽く頭を下げる。
「お久しぶりです。その節は、大変お世話になりまして……」
云いつつ、両手を持ち上げる。
髪を束ねていた紐がそうして解かれると、赤みがかった茶色の髪が、ふわあっ、と背中に広がった。
「あ」
一番最初に声をあげたのは、ウィルだった。
「あ――」
次は、と視線をめぐらすより先に、「あ」「え」「ええっ!?」と、堰を切ったように、そこかしこから驚愕の声。
しまいには、それらの音だけでどよめきだした島の面々を、聖王都の面々は不思議そうに見るばかり。除く。
「あなた……!」云いかけたウィルが、はっ、と、そんな聖王都側を見やって口をつぐんだ。「……まさか?」
一息おいて、改めた彼の問いに、パッフェルは微笑む。
「――はい。そのとおりです」
「「!!」」
どよどよどよどよ。
ウィルの仕草、その意図をきちんと判っているらしく、どよめく一同からは具体的な主語が出てこない。
彼女が、とか、うそ!? とか、なんであのあたりって不思議年齢ばっかなんだ、とか。時間まったりな島の君らが云うなよ――と、これはの感想。
「今度はなんだよ……あいつらも感動の再会か?」
ちょっとげんなりした顔で、リューグがつぶやいた。
「そうみたい、ね?」
「わりと因縁があるんですね」
アメルとロッカが顔を見合わせ、なんとも形容し難い笑みを浮かべている。
そんななか、「へー」「すごいね」とただ感心しているマグナとトリス、似たり寄ったりで「ほう」と頷いたきりのルヴァイドあたりは、なんというか大物。
「……おまえが……」
「ええ」他に比べれば小さな声だったアズリアのつぶやきを、パッフェルは敏感に拾っていた。「水に流せとは申せませんが、こちらの皆様、ほんとうに良い方ばかりですので……その」、
微笑み絶やさず、だが真摯なそれに、アズリアは口の端を持ち上げた。
「過ぎたことだ」
云い切る彼女の笑みに、苦味がないとは云えない。けれど、パッフェルを見つめるまなざしは、凛と強く澄んでいる。
確執や諍い、そういったものの欠片も見せぬまま、アズリアは軽く首を傾げ、傍らのギャレオを振り返る。
「おまえもそうだろう?」
「……そうですな」
似たり寄ったり、苦笑いする副官と、促した上司を交互に見やり、パッフェルは、
「――ありがとうございます」
深々と、頭を下げてそれに応えた。
そうして、やっと落ち着いて会話が出来そうな雰囲気が生まれた。
正直集いの泉にさえ入りきらぬ人数があるわけなのだが、そこはそれ、地べたに座るは当然として、囲いにそのまま腰かけたり、ガタイのいい数名によじ登ったり、面積を節約した結果、わりとゆったりとした空間を確保して、場の全員がそこで向かい合うことに成功。
その体勢を保ったまま、島に暮らす人々は、聖王国からの客人たちが話す出来事を静聴していた。
――原罪の風。
その発端は、季節のめぐりを遥かな数、遡ったところから始まる。
調律者の一族、クレスメント。
融機人の一族、ライル。
豊饒の天使アルミネ。
「……」フレイズが、人々の間で語られているという話に、少し複雑な表情になっていた。
機械兵器。機械遺跡。
守護者。
大悪魔。
――そして、聖女の目覚め。
これに関りのある誓約者らの事件については、とある事故によって霊界サプレスの力が増幅した、と、簡略説明。ほうぼうに触れてまわれるものではないのだ。
デグレアの行動、大悪魔の陰謀、それぞれの始動。
錯綜するそれぞれの道。
明らかになっていった真実。
そして訪れた決戦。
――大悪魔。
――守護者。
聖なる大樹。
今はそう呼ばれる、アルミネスの森、奥深くにて息吹く一本の樹。
「…………」
島の人々は、一様に沈黙していた。
無理もない。
日々平穏に暮らしていたところに、そんな話持ち込まれれば、まず誰だって耳を疑う。
にせよこちらの面々にせよ、実際自分たちで体験していなかったら、何の奇想天外冒険活劇だ、とか思ったかもしれないし。
だもので、島の人々が飲み込むまで待とう、と。一帯は、静寂に包まれた。
――ややあって、
「つまり……」
さすがは年の功と云うのか、いや云ったら雷かまされそうだが、ミスミが顎に添えていた指を離して一行を見渡す。
「その大悪魔とやらが放った風が、アズリアやナップらの云ったいつぞやの混乱の原因であると?」
「そうなります。程度の是非など問えませんが、命の奪い合いさえ引き起こした地もあったそうです」
それを考えれば大事にならずによかった、と、安堵をほんのりにじませて、ネスティが答える。
「なんとまあ」
鬼姫、呆れ顔。
「――恋慕の果てに世界を壊すか。実にはた迷惑な悪魔じゃな」
「……」
すっげぇピンポイントなご理解をありがとーございます。
りんりん。
なんかささやかに憤ってらっしゃるらしい銀の音の空耳聞きながら、はこっそり涙した。
「弁護するわけではないが」、
努めて表情を崩さぬルヴァイドが云った。
「そのレイム――いや悪魔としてはメルギトスか。奴も、長い時間を過ごすうちに目的を履き違えつつあったようだな」
「…………そう……ですね」
こらイオス。
その間と遠い目はなんだ。
まあたぶん、懐かしきデグレアでの日々――繰り返された奇行の数々が、脳裏をよぎっているんだろうが。
「ハッ。要するにただの色ボケバカってとこだな」
盛大に肩をすくめて、バルレルが云った。
彼もまた、群を抜いてレイムとの因縁が長いせいか、どことなく以上に投げやり。……そうして、ほんの少しの気安さ。
「それで、その後始末にまわってるの?」
「そう。――まさかこの島までそーいうことになってるなんて、思いもしませんでした」
大変なんだなあ、と、ちょっと呆気にとられたイスラの問いに、はしみじみ頷いた。
「でも、別に、こっち変なこととか――」
頭の後ろで腕を組んだスバルが、「あったっけ?」 と周囲を見渡すと、島に暮らす人々は、それぞれ、近況を思い出すように腕を組む。
だが彼らが何か云うより先に、
「いやいやそれが」
と、メイメイが割って入ってきた。
「到着してはっきりしたわ。原罪の残滓、たしかに島にあるのよ」
――やっぱり、具体的な位置までは難しいんだけど……実はかなり凄腕の占い師をして悩ませる原罪、さすが厄介さではピカイチというか。
そんなメイメイを見たアメルも、「そうなんですよね」と苦い顔。
「この島は不思議なんです。なんだか、いろいろ。混じっているようなそうでないような……」
「単に怪しいってんなら、島の北側なんだがなァ」
便乗してつぶやくバルレル。
だが、何の気なしに云ったのだろうそのセリフに、ぴくりと、数名が反応した。
「……北?」
それは、主に島側の一行。
唐突な反応に、調査隊の面々は、きょとんと彼らを見渡した。
「どうしたの? 北に何かあるの?」
「なにか、曰くでもあるのかしら?」
ミニスとケルマの問う声に、
「「曰くどころか――」」
疲れた顔して、数名が、異口同音に応じる。その中に、ちゃっかりも混じっていた。
なにしろ、ほら、あれだ。
にとっちゃ数日前、彼らにとっちゃ二十年前の大事件。その発端にして終着点、元凶とか大元とかとも云い換えられる、喚起の門が存在する方向なのだ、北ってのは。
「――うっし」
こん、と、は両のこぶしを突きつける。
「とりあえず、そこ調べよう。何かあるって云ったら、やっぱり、あそこくらいだし」
云って振り返ると、調査隊の面々も、大きく頷いた。
そしてそこに入り込む人影。
「オレらも手伝おうか?」
「へ? ナップくん?」
「――ナップでいいよ。この年になって“くん”なんて変だろ」
思わず目を丸くしたと向かい合い、ナップはちょっと的外れなところに着目したらしく拗ねた顔。
「ぷ!」
ぴょいっ、との頭に飛び乗るプニムも、きっと彼と似たようなことを云っているに違いない。
――というか、あー、懐かしいやこの重み。
久しぶりの簡易トーテムポールを満喫しているを余所に、調査隊と島のひとたちは、顔を突き合わせ話し合い。
「僕たちも、この島を任されている身ですから――異常が起こっているのなら、それは見過ごせないんです」
「任されている?」
「――誰から?」
帝国じゃないわよね、と、トリス。
この島が絶海の孤島であり、自由航路からも外れた、現状としては三国不干渉の地であることを、ちゃんと覚えていたらしい。
たしかそのあたり、ネスティに叩き込まれてたんだっけ。マグナといっしょに。
「はいはい! マルルゥがご説明しますー!」
マルルゥが、元気良く飛び回りながらそれに答えた。
「小先生さんたちは、先生さんたちにお願いされてるのですよー!」
――――はッ。
ビキッ、とは石化した。
バキッ、と一瞬でそれを砕く。
「そ――――だったあぁぁぁっっ!!」
そして絶叫。